17話 突然変異種
朝起きるとアイカが床で装備の手入れをしていた。
手には大きく裂け目の入った皮のジャケットを持っている。
横から眺めていると脇の下から胸が見えた。
見えそうで見えない、いわゆる横はみ乳だ。
寝巻万歳。
まだ日の光が差していないし、アイカも忙しそうなので目を閉じる。
夜明け前から起きてられないよ。
少しくらい二度寝しても罰は当たらないでしょう。
横たわりながら昨日の出来事を思い返す。
禍々しい模様の入ったラビッドラビットを見つけてすぐに戦闘態勢に入った。
目の前を白い毛玉が高速で移動し、しなる木の反動を利用してスピードを上げていく。
もはや白い閃光だ。
スキル 高速移動 をラーニングしました。
時折日の光を反射するのは鋭い牙と爪。
ラビッドの名に負けず劣らず、興奮状態で攻撃的だ。
突進しながら攻撃が次々と繰り出された。
紙一重で躱したと思ったら爪が飛び出て切り裂いてきた。
無駄のないアイカの動きが仇になった。
突進を躱してもまだ爪の射程範囲内だからだ。
だからといって距離を取りすぎると、今度はこちらの攻撃が当たらない。
間合いの取り方が難しい相手だ。
幾度も噛みつかれ、引っ掻かれ、皮のジャケットが傷だらけになった。
アイカの動きが変わったのは俺がラビッドラビットの突進を喰らった後だ。
油断していた。
遠く離れた木に寄りかかり傍観していたので、自業自得だと言えばそれまでだが。
喰らったのはただの突進ではなく、爪を立てて回転を加え、貫通力を高めた突進だ。
木の陰に隠れていたのだが、それを爆砕して突っ込んできた。
見切るを使う間もなく吹っ飛ばされた。
吹っ飛ばされてから起き上がると、革のジャケットが少しだけ破れていた。
「ご主人様!大丈夫ですか!?」
「平気平気」
結界を使ったからダメージはゼロ。
アイカが血相を変えてラビッドラビットを見据えた。
「…このクソウサギ」
ぼそっと聞こえた。
ちょ、アイカさん?
ゴゴゴゴゴゴゴとか聞こえそうな雰囲気なんですけど。
俺本当に平気だからね?
ピンピンしてるよ?
アイカがラビッドラビットを睨みつける。
少したじろいだように見えたラビッドラビットがアイカ目掛けて動き出した。
地面を蹴り、木々の間を跳ね返り、軌道を稲妻のごとく変えながら突進してくる。
急旋回を繰り返し、鋭角的な動きから繰り出される不規則な攻撃をアイカが次々に躱す。
躱す。
華麗に躱す。
反撃を入れながら躱す。
スキル カウンター をラーニングしました。
一発当たった。
アイカの怒涛の追撃。
ラビッドラビットをはるか上空へと打ち上げた。
アイカが上段突きの構えを取り、体勢を崩したラビッドラビットに狙いを定めた。
突然、アイカのショートソードがあった場所からラビッドラビットが飛び出してきた。
空中で体を捻り、突きを躱すと同時にアイカを蹴とばし、俺目掛けて突進してきたのだ。
おお、すごい。
のほほんとそう思った瞬間、濡れた温もりを感じた。
そして目の前が真っ赤に染まった。
ぼたぼたっと兎の開きが地面に落ちた。
アイカが蹴とばされた直後に電光石火を発動して、ラビッドラビットと俺の間に回り込み、ショートソードを突き立てたのだ。
ラビッドラビットは己の速度が災いし、自分で自分を下ろしてしまったわけだ。
あちゃー、可哀そうに。
体当たりされても結界があるから平気なのに。
スキル 電光石火 をラーニングしました。
獣戦士のジョブを授かりました。
獣戦士の恩恵を授かりました。
あれ、獣戦士って獣人族の固有ジョブじゃなかったっけ。
良いのかな。
なんか悪いな。
いや、こういうのを悪いと思ってしまうのは日本人の悪い癖だ。
ここは異世界だ。日本じゃない。
堂々と盗m、もといラーニングしようじゃないか。
ラビッドラビットの尻尾と魔石を回収しようと思ったら合成音声が聞こえた。
レベルが上がりました。
レベルが上がりました。
レベルが上がりました。
アイカのレベルが上がりました。
アイカのレベルが上がりました。
アイカのレベルが上がりました。
アイカのレベルが上がりました。
ちょ、上がりすぎじゃね。
どういうことだよ。
「ご主人様っお怪我は!?」
アイテムボックスに尻尾と魔石を放り込み、ステータスを開こうと思ったらアイカが飛んできた。
「大丈夫、大丈夫。ただの打撲だよ」
「お手当をさせていただきます!」
そういうとアイカが皮のジャケットと服を引き裂き、胸を舐め始めた。
「ちょちょちょおい!?」
「いかがですか?痛くないですか?」
痛いわけがあるかーっ。
モンスターがひしめく森のど真ん中で何てことをしてくれやがりますのん。
「動かないでくださいっ。ご主人様の傷の手当は最優先事項ですっ」
「いやいやいや、やーめーてーったら」
力いっぱいアイカの顔を胸から引き剥がした。
嬉し恥ずかし、でも時と場所を考えなければ。
所構わずハッスルするわけにはいかない。
「もう大丈夫だから、本当に。ただの打撲だから」
「でも、血が」
俺の血じゃありませーん。
ラビッドラビットの血ですー。
「俺の血じゃないから!ほら、次行こう、次!」
「でも、防具が。ジャケットが裂けてしまっています」
確かに。でもこれ、キミが裂いたんだけどね。
「じゃあ今日は大事をとってお終い!もうお家に帰りましょう!」
「はいっかしこました!」
元気よく返事をしたと思ったらアイカがしゃがみ込んだ。
「え、なにしてるの」
「ご主人様は手負いです。さあ、背中に。おぶらせて頂きます」
おんぶで帰れってか。
むりむりむーりー。
「いやいやいや、止めてちょうだい。歩いて帰れるよ」
「でも」
「いいから帰る!」
で、帰ってきたのが昨日の昼前だ。
結局ギルドにも寄らせてもらえず、ベルモント亭に直帰だった。
そして一日中介抱してもらって今に至る。
怪我してるからって理由で俺は一切動かなかった。
怪我、してないんだけどね。
めっちゃ過保護だけど最高だったから許す。
対象変更でアイカに絶倫を使ったのもグッドアイデアだった。
この上装備の手入れまでしてくれるって。
至れり尽くせりだわ。
あ、そうだ。
俺鍛冶使えんじゃん。
「ねえ、アイカ。俺それ直せるけど」
「へ?」
素っ頓狂な返事が返ってきた。
装備を床に置き、鍛冶と念じたら選択ウィンドウが出てきた。
裂けている皮のジャケットを選択すると、「修理しますか」と別ウィンドウが表示された。
はい、と選択すると半透明の球体が現れジャケットを包み込んだ。
瞬く間に裂け目が消え、新品同様になった。
そのジャケットを持ち上げると、アイカが驚きの表情を見せた。
「こんなことまで。流石です、ご主人様。素晴らしいです」
無駄な事させてしまったな。
ごめんなさいのチュウ。
ごめんなさい、俺がしたかっただけです。
日が差し込んできたので、支度を済ませてギルドへ赴いた。
リイナのいるカウンターへ歩いていく。
「おはようございます。ラージラットとダンシングバニーの討伐、如何でしたか」
「問題ありませんでしたよ。換金をお願いします」
アイカのショルダーバッグに手を突っ込み、中でアイテムボックスを展開した。
兎と鼠の尻尾を取り出し、カウンターに置いた。
続いて魔石も取り出した。
「そういえば、最後に戦った兎が変だったんですが」
「変、とは?」
「ダンシングバニーみたいに茶色ではなく、真っ白で、さらに変な模様が渦巻いていました。かなり強かったです」
「真っ白な兎型モンスター…?変な模様?まさか」
ブツブツ何かを呟きながらリイナがタブレットを取り出した。
尻尾と魔石をまとめて置くと、鑑定装置を作動させた。
ラージラット
ラージラット
ダンシングバニー
ラビッドラビット*
「ラ、ラビッドラビットぉ〜!?しかも突然変異種!?」
うおぅ、なんだなんだ。
いきなり大声で叫ばれたらビックリするじゃんかよ。
ていうかこのタブレット、鑑定できるんだな。
ラーベンダも同じ要領で鑑定していたのか。
どういう仕組みなんだろう。
スマホとアプリみたいなものなのかな。
「な、なんですかいきなり」
「なんだも何もありませんよ!ラビッドラビットはBランクモンスターです!耐久力は低めですが極めて素早く、攻撃を当てにくいモンスターの代表格なんですよ!」
あー、確かに素早かった。
アイカの攻撃もあまり当たらなかったな。
「加えて凶暴で見境なく人を襲い、凄まじい速度で繁殖を繰り返します。食料を求めて人里を襲うことも珍しくありません。飢餓状態のラビッドラビットは人を喰い殺すこともあります」
恐ろしい兎だな。
「先日のギガントラットの件もあり、このあたりで高ランクモンスターが出て来るのは2回目です。2匹ともユウキさんに討伐して貰って事なきを得ましたが…どういうことでしょうか」
そんなこと聞かれても知らないよ。
「それにしても凄いですね、ユウキさん。Bランクモンスターなんて、普通はベテランパーティー数組で討伐に当たるモンスターなんですよ。それをお二人だけで」
「まぐれですよ。で、*って何なんですか」
「まぐれって…はぁ。*の付いているモンスターは突然変異種です」
質問に答えているようで答えていない。
突然変異種とはなんぞや。
首を傾げる俺を見てアイカが説明をしてくれた。
「通常、モンスターはみんな同じ性質を持っています。でもたまに、それに当てはまらない個体が出現します。種族的には同種族なのですが、突然変異で特異なスキルを持った個体なんです。この個体のことを突然変異種と呼びます。通常よりもはるかに強いんです」
ふーん。
確かに強かったけど、俺は何もしないで済んだからあまり実感が湧かない。
でも気になることがある。
リイナは「変な模様」というワードに反応していた。
一昨日は最低レベルの薬草採取の最中にCランクモンスターが出てきて、昨日はEランクとFランクモンスターを討伐してる最中にBランクモンスター、それも強い個体の突然変異種が出現した。
偶然にしては立て続けに起こりすぎてる。
偶然でも何度も続くと必然だ。
ちょっと嫌な予感がするぞ。




