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ずっと、そばで…

誤字報告ありがとうございます。

誤字を修正しました。

それは大好きな大好き大切なひと。

この半年、1日だって思い出さない日は無かったわ。

おじ様の声、おじ様の微笑み、おじ様の手の温もり。


だけど、おじ様、どうして?


探るように慎重に踏み出される爪先。

確認するように伸ばされる手。その指先が彷徨ってる。


どうして?! おじ様!


「おじ様ー!!」


大きな声で叫んでもまだ遠い。届かない。

あ? おじ様の足が止まった。聞こえた?

うううん、違う。あれは、お師匠さまの狼…!

やめてやめて! おじ様を傷つけないで!


おじ様は剣を抜いて応戦する。でもおじ様、狼は3匹いるわ。危ない、後ろ…!


おじ様は、(すんで)のところでぎりぎり躱す。

だけどその隙に別の1匹がおじ様の足に噛み付いた!


やめて!!


走って走って、やっと魔法の届く距離に来た。

怒りでみしりと空気が鳴ったわ。

怒気の篭った魔力の気配に、狼たちが逃げ出すほど私は怒っていた。

追いかけようとした私を遮るように風が走って私の足を止めたの。


「…………」


振り返ると、ほんの数メートル先におじ様がいる。

膝をついて、険しい表情で、気配を探っている。


じゃり、と私の足元で砂が音を立てた。


「っ!」

おじ様はこちらを向いて必死に耳を澄ましている。

「誰か、いるのか?」

「……!」

いるわ、おじ様。私はここに。

こんなに近くにいるのに…!


「ルナ…?」

膝をついたまま、首を傾げる。その首に駆け寄って抱きついた。

「おじ様…!」

「ルナ。やっぱりお前だった。良かった」

おじ様の腕は力強く私を抱きしめたの。

「おじ様、目が…?」

「…ああ」

私を映さない瞳が優しく細められる。

「これは、チャンスをもらったんだ」

「チャンス?」

どういうこと?


おじ様はよいしょと地面にあぐらをかいて、改めて私を抱き寄せた。


「お前のお師匠さんにな、頼んだんだ。お前に会わせて欲しいと。そうしたら、視力を失った状態でこの森を抜けることが出来たらお前に会わせてやる、と言ってな」

お師匠さまが、そんなことを?

だって、この森には至るところにイバラのツルが伸びているのよ。トゲだらけなのよ。

道だって、真っ直ぐでもなければ平坦でもないわ。

お師匠さまが飼っている魔物だってたくさんいる。狼ばかり何種類も。

そんなところを歩いてきたの? 見えないのに…?


おじ様、気付いてる? あっちこっち、傷だらけよ?

肩も腕も足も、引っ掻いたような傷でいっぱい。血だって出てる。

こんなにぼろぼろになって、それでも来てくれたの?


「っぅ。ひっく…」

「…泣くな。泣かせるために来たんじゃない。迎えに来たんだ。一緒に、帰ろう」

「おじ様…」

「帰ろう、ルナ。お師匠さんのところじゃなくて、俺のそばにいろ。ルナ、お前を愛してる」

…おじ様! おじ様、本当に?


胸が高鳴って、心が震えて、言葉が出ない。

愛してる。

そう言ってくれた唇に、そっと唇を重ねる。

愛してる。おじ様、私も愛してるわ。


おじ様の顔を見上げると、おじ様は()()()()()目を細めていた。

「おじ様…?」

おじ様の瞳に光が戻っていく。

ああ、おじ様!

おじ様が私を()()、笑ったわ。嬉しそうに。

「ルナ!」

嬉しかった。笑い返そうとしたのよ。だけど。

その瞬間、私の中でがちゃんと大きな音がしたの。

何かが壊れたような音が。

「う? あ、あ?」

どくんと心臓が強く打って全身に強烈な痛みが走った。

四肢を引きちぎられたように関節が痛む。まるで身体がバラバラにされたみたい。

痛い。痛い…!!

「ぐっ…、う!」

骨がぎしぎし鳴って、波に酔ったみたいに気持ちが悪い。冷や汗がだらだら流れて、寒気すら感じてきた。

「ルナ…!」

苦しみ出した私をおじ様が強く抱きしめて、頭を背中を、大きな手が優しくさする。


全身を襲うこの痛みには覚えがある…。

私を包むその胸にしがみついて、私は意識を手放した。




底無しの泥の沼から這い出るようにゆっくりと意識が浮上する。頭がぼんやりとして、何も考えられない。

声が、聞こえる…?


「その子がなんで魔女認定されないのか不思議かい?」

洞窟の中にいるみたいにわんわんと反響して聞こえる。何言ってるのかよく分からないけれど、お師匠さまの声かしら。


「ああ。魔力量も使える魔法も十分だろう?」

!!

おじ様の声!

おじ様の声だわ。すごく近くで聞こえる。そばにいる? 顔が見たい。私を見て欲しい。そしてもう一度抱きしめて。

目を開くと視界はぼんやりとしていた。

「そうだね。魔力量は十分過ぎるほどだよ。既存の魔女たちの中でも類を見ないほどにね。だけど圧倒的に不足しているものがある。魔法に関する基本的な知識と魔法研究に対する情熱だ」

「知識と情熱?」

「そう。どちらも意図して与えないようにしてきたものだ。その子の父親の望みでね。魔法を使えることはすごいことでもなんでもない。たまたま魔力が発現しただけのこと。魔法を使ってやるよりも使わずにやる方が時間も労力もかかる。それができる方がすごいのだと、何度も繰り返し教えてきた。戦うなら、魔法を使うよりも剣を使えとね。そうして、魔力をコントロールすることと、正しい魔法の使い方だけを叩き込んだのさ。だからその子は魔法を使う者が当たり前に知っていることを知らないし、独自の魔法を編み出そうともしない。魔法の研究をするよりも剣の稽古をした方が有意義だと思っているからね」

「魔法研究をすることが魔女の条件なのか?」

「そうだよ。独自の魔法を作り出すには膨大な知識が必要だ。その結果生み出された物が国にとって有益とは限らないだろう? だから国は魔法研究に熱を上げる者を国から切り離したのさ。好きに研究していろ、その代わり国に関わるな、とね。ああ、気がついたかい?」


世界が少しずつ焦点を結んでクリアになった。

何度か瞬きを繰り返して…。

はっ。

…これ、私が今枕にしてるもの。これってもしかしておじ様の太ももでは?

ってことは、俗に言う膝枕……。

「大丈夫か?」

おじ様の声が耳元で聞こえて、思わずがばっと起き上がった。

あ、れ?

「私…。元に…?」

私の手、子供の手じゃない。

と思った瞬間、ばさばさっと頭上から服が降ってきたの。あ、ワンピース可愛い。やだ、下着まであるじゃない。なんなの?


「君の分もコーヒーを入れてあげるよ。その間に身だしなみを整えてきなさい」

お師匠さまの言葉に自分の様子を確認して…。

「◯★*$&%!!!!」

言葉にならない声が出たわ。

だって、素っ裸に毛布をかけただけだったのだもの!

慌てて毛布を胸元で掻き合わせて。


見た? おじ様、見た???


「……………」

おじ様は、それはそれは紳士的に微笑んだわ。

「〜っ!!!」

絶対、見たわねっ?!


え〜ん。

私は逃げるように洗面所に駆け込んだの。


お師匠さまに言われた通り、なんとか身だしなみを整えたけれど、おじ様たちのもとに戻るのには、ちょっと、勇気がいったわ。

でもそれよりもなによりも、よ。

私どうして元の姿に戻れているのかしら。

何度も鏡で確認してしまうわ。うん。リサだわ。大人の私よ。


「コーヒーが冷めちゃうよ。早くお座り」

おじ様の隣におずおずと座ると、おじ様は暖かい視線を向けてくれた。

「おじ様は、私が、ルナだと…?」

「分かってる」

「驚かないのね…?」

「驚いたさ。最初に知ったときはな」

最初に? それは、いつ?

気になったけれど、もっと、気になることがあった。

「お師匠さま。私、どうして元の姿に戻ることが出来たの?」


お師匠さまはのんびりとソファの背に寄りかかってコーヒーを飲んでいるの。

そして言ったわ。

「君は『目には目を』って言葉を知っているかい?」

はい?

「たしか、どこか異国の法典ですよね? 罪を犯したら犯した罪と同じ罰を受けるっていう」

「そう。目には目を、歯には歯を。愛の証明には愛の証明を、さ」

…よく、分からないわ。

おじ様を見ると、おじ様は肩を竦めて見せるの。


「彼に、愛の証明の魔法をかけたんだよ。彼()愛する者からの口付けを得られれば失った視力が回復する。そしてそのときには、彼が愛する者も本来の姿を取り戻す」

「そんなことが…」

「出来るんだよ。同じ魔法をぶつけた場合、魔力の強い方が他方を凌駕すると、君も知っているだろう。魔女の弟子なんかに僕が負けると思うのかい?」

それは、思わないけれど…。

そんな方法、考えもしなかったわ。

そうか、あのとき私の中で響いた音は、私にかけられた魔法がお師匠さまの魔法に壊された音だったんだわ。


「君を元の姿に戻すことの出来る、唯一残された方法だったんじゃないかな。禁術の書に載った魔法を発動させるには限界がある。君にかけられたアレンジされた魔法も僕が使ったアレンジした魔法もすでに禁術の書に載ったよ。もう使えない」

上手くいって良かったね。

お師匠さまはそう言って、相変わらずの、ひとを小馬鹿にしたような笑みを浮かべたのよ。

偉そうに、っていつもならむくれるところだけれど、今日は許しちゃうわ。

ありがとう、お師匠さま。


今夜は休んで明日帰るといい。お師匠さまがそう言ってくれたので、おじ様を客室に案内した。

客室と言っても、滅多にお客様なんて来ないのよ。客室なんて必要ないんじゃないかと思っていたけれど、あって良かったわね。

さあ、どうぞ!


「待て」

はい? わっ!

なあに? 抱きしめられちゃった。

おじ様はしばらく私を抱きしめて、それから、大きくため息をついたわ。

「あんなに、俺から離れるなと言ったのに」

掠れた声が胸にちくりと刺さったわ。

初めて聞くもの。おじ様の恨み節。

「…ごめんなさい」

「探したんだぞ」

そう、よね?

「どうして、お師匠さまのことが分かったの?」

おじ様は私をベッドに座らせて、自分も隣に座ったわ。


「お前が、いなくなったあの日。ルイーズ先生からお前が授業に出ていないと連絡があって、手紙を見つけた。すぐに探したよ。騎士団が情報収集のために使っている妖精から、お前がアンソン邸に入ったのを見たと情報が入って、アンソン卿に会いにいったんだ。アンソン家は縁もあるし、第6師団に在籍している末の令嬢が休養中と聞いていたので見舞いを兼ねてな。そこで、探している少女こそが末の娘だと聞いたんだ。詳細は話してくれなかったが、黎狼と呼ばれる魔女のもとへ向かったと教えてもらった」

お父様が…。


「リサ。なんだか、不思議な感じだな。お前が小さい頃会ったことがあるのに、全く気がつかなかったよ」

「…今まで、ごめんなさい」

ずっと、騙していて。

おじ様はもう一度優しく抱きしめてくれたわ。

「もう、俺のそばを離れるな。いいな?」

ええ、おじ様。

ずっとそばにいるわ。もう離れない。邪魔になったって言ってももう遅いんだから!

それから。

「おじ様? 会いに来てくれて、ありがとう」

大変だったでしょう。どんなに苦労したか知れないわ。でも、来てくれた。

おじ様はただ、強く私を抱きしめたの。


翌日、お師匠さまにお礼とお暇の挨拶をしてイバラの森を出たわ。

「こんな風になっていたんだな」

おじ様がきょろきょろと周りを見回す。

「そうよ。見えない状態で森を抜けるなんて本当に無茶なことよ」

どうやって森を抜けたのか、不思議なくらいよ。

「お前が、薬を置いて行ってくれただろう? あれ、本当に良く効いたぞ。動けないような怪我をしたときはあれを飲んでた」

いやだ。さらりととんでもないことを言ったわ。

「動けないような怪我をしたの?!」

「見えなかったから良くは分からないが、高さのあるところから落ちたり、魔物に襲われたりしたからな」

「…………」

なんてことかしら…。

「そう言えば、今日は魔物が出ないな」

「あの狼たちは、私には敵わないと良く知ってるもの」

「戦ったのか」

「しょっちゅう取っ組み合ってたわ」

「…………」

おじ様はなんとも言えない表情で私を見たわ。


それから、アンソン邸に行ってお父様とお母様に会った。2人はとても喜んでくれたわ。もちろん、ジノも。

そうして、おじ様と一緒に騎士団に戻ったのだけれど。


騎士団で私は、こっぴどく叱られたわ。

人生でこんなに叱られることがあるのかと驚くほど、こんこんとお説教は続いたの。

そもそも、まずリサ・アンソンが入団した際に「魔法が使えるか」という調査に対して「NO」と答えているのよね。

そう言えばそうだったわ。虚偽申請だわよ。

そして、正体を隠してルナとして入団し、脱走したこと。加えて、リサが病気療養と申し出ていたのも嘘だったわけで…。


減給3ヶ月の処分となったわ。


そしてね、おじ様がどこからどう手を回しているのか本当に謎なのだけれど、復職後の配属先も騎馬隊だったの。てっきり魔法士として病院勤務になるとばかり思っていたから驚いたわ。ルナとしての最後の勤務も騎馬隊だったけれど、あれは私が子供の姿でおじ様が後見人だったってことが大きかったと思うのよね。


私、希少なはずの魔法士なのにね。


ちなみにおじ様も休職扱いになっていたそうよ。目が見えない状態では任務に差し障るから。

おじ様は、とくにお咎めなく隊長に復帰したわ。


寮のお部屋は新たにいただいたの。さすがにおじ様の部屋ってわけにはいかないもの。


そして、下っ端のお仕事は馬のお世話から。

今日も元気に厩舎のお掃除よ。

そうそう。私用の馬を用意してもらったのよ。まだ若い、やんちゃ盛りの雄馬なの。可愛いのよ。


せっせと馬たちの世話をしていたら、緊急出動のベルがなったの。

おじ様をはじめとした数人の隊員がかけてきたわ。

途端に空気が張り詰めた。

おじ様が私を見て言ったの。

「西のストノス地区に魔物が出た。討伐に出るぞ。リサもついて来い」

「はい!」

凛々しい背中を追いかけて、馬を駆る。

この背中について行けること、おじ様のそばにいられることの幸せを噛み締めて。


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[気になる点] おじ様がルナがリサだと知った時の話と リサが誰にこっぴどく叱られたのかが分からなかったです。 もし良ければ番外編お願いします。 m(*_ _)m
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