イバラの森
誤字報告ありがとうございます。
誤字を修正しました。
親愛なるレオン・ベル様
はじめに 直接ご挨拶せずに出て行くことになってしまったこと、本当にごめんなさい。
私は、師匠である魔女のもとへ参ります。
この一年、ずっと面倒をみて下さってありがとうございました。おじ様のそばで過ごした時間はなにものにも変え難い大切な宝物になりました。
浜辺でバーベキューをしたこと、馬で遠乗りをしたこと、一緒に魔物の討伐をしたこと、ひとつひとつ、全てが忘れられない思い出です。
本当はこの先もおじ様のそばで、おじ様の役に立ちたかったのですが、それは叶いませんでした。
おそばにいることは出来ませんが、替わりに薬を置いていきます。調剤の魔法で作った薬です。飲めばどんな怪我も治ります。力不足でたくさんは作れませんでしたが、討伐任務の際に役立てて下さい。
師匠のもとで精進し、量産することが出来たら、こっそりおじ様に送りますね。
本当に今までありがとうございました。
おじ様のそばで過ごすことができて、幸せでした。
どうか、大きな怪我や病気をすることなく、元気にお過ごし下さい。おじ様の幸せを祈っています。
大好きなおじ様へ。 ルナ
おじ様の姿を見送って、時間が過ぎるのを少し待ったわ。
もしも何かの理由でおじ様が引き返して来たりしたら困っちゃうもの。
でも、大丈夫そうね?
なんでもない風を装って、騎士団の敷地を堂々と出る。
守衛さんが、
「おや、今日は授業はお休みかい?」
って声をかけてくれたから、
「そうなの。今日はお使いに行くのよ」
って笑顔で答えたわ。
こう、ぺろっと嘘が言えちゃうの、本当は良くないわよね。
街へ出て、アンソン邸に向かった。私の実家よ。歩いていくには遠いけれど、急ぐ必要もないわ。
のんびりとお散歩気分で歩き続けたの。
日差しは柔らかだけど空気はまだまだ冷たい。
そうだ。
途中、熱々のホットサンドとホットミルクを買って川原で休憩しながら食べよう。
美味しいものの予定が立つと気分が上がるわね。
ちょっとだけ足取りも軽くなって、頑張って歩いたから空がオレンジ色に変わる頃には屋敷に着いたの。
我が屋敷はそこそこ広い庭を持っているのよ。
その周りをゆっくりと2周して、屋敷の裏手に差し掛かったとき、小さい頃から私の世話をしてくれている執事(お父様にとっては秘書であり、私にとっては爺やでもある、とっても優秀なひとなの)が古くなった鉄門を開けて出てきたの。
懐かしい口髭が微笑みの形を作る。
また、髪が白くなったわね、ジノ?
「お帰りなさいませ、お嬢様」
ジノは優雅な仕草で私を裏口から招き入れ、こっそりお父様の書斎へと連れて行ってくれたわ。
やっぱりジノには私が私と分かるんだわ…。
ちょっと感慨深いわね。
お父様はすでに私の様子が耳に入っていたのか、ほんの少し目をまるくしたけれど、破顔一笑、私を抱きしめてくれたの。
「お帰り、リサ。ずいぶんと、大変な苦労をしたようだね」
「ええ。ごめんなさい、お父様。久しぶりに帰ってきたのにこんな姿で」
お父様は首を横に振ると、私にソファを勧めたわ。
「騎士団で幼い魔法士が活躍しているという話は聞いていたよ。あれは君だったんだね」
頷いて、ジノが出してくれたコーヒーに手を伸ばす。
美味しい…。なんだか、ホッとするわ。
「魔女の弟子に魔法をかけられてしまったの。魔法を解くには1年の制限があって、1年間頑張ったのだけれどダメだったの。だからお父様、本当に申し訳ないのだけれど、リサ・アンソンの退団の手続きをして下さる?」
お父様は神妙なお顔で静かに私を見つめていたけれどやがて頷いて言ったの。
「分かったよ。でも、君はこの後どうするつもりなんだい? その様子では騎士団を出てきたのだろう?」
「そうなの。私の姿はもう元に戻らないのだもの。この姿から成長出来ればいいのだけれど、それも出来ないの。ずっと幼い姿のままなんて変でしょう? だからもう騎士団にはいられないわ」
「でも、君はその姿でずいぶん活躍していたんだろう? 本当はリサ・アンソンだと打ち明け、魔法にかけられているから成長しないということを話すことは出来ないのかい?」
お父様の言葉に、少し考えて、結局首を横に振ったわ。
「…今までどうして黙っていたのか聞かれるでしょう? 魔法を解くために色々やっていたこと、そばにいてくれたひとたちはきっと気がつくわ。とても、良くしてくれてね、優しいひとたちなの。私が一生懸命やっていたこと、でも達成出来なかったこと、それを知ったら心を痛めてしまうと思うの」
お父様は優しく微笑んだわ。
「そうか。分かった」
「私は、お師匠さまのところに行くわ」
「…あいつな。分かった、連絡しておくよ」
「ありがとう、お父様」
「お母さんにも折を見てきちんと話をするよ。だから、君は気兼ねなくこの家に顔を見せにくると良い」
話すの? お母様に? 大丈夫?
お母様、卒倒しちゃうんじゃないかしら。
遅くならないうちにそろそろ、と立ち上がろうとしたら、ジノが小ぶりの旅行鞄を持ってきてくれたの。
それはなあに?
「お嬢様のお小さいときの服でございます。どうぞ、お師匠さまのもとでお召しになって下さい」
「まぁ、ジノ! ありがとう、助かるわ!!」
子供のときのようにぎゅう、と抱きつくとジノも優しく抱きしめてくれたの。
「お師匠さまのもとで、しっかりお勉強なさいませ。爺はいつでもお嬢様を応援しております」
ありがとう。
本当に優しい言葉が胸に染みるわ。
お父様もジノも、優しく強く励ますように笑ってくれるから、私も笑うことができる。
ジノに裏口まで見送ってもらって屋敷を出たわ。
「じゃあね」
って、出来るだけ明るく軽やかに挨拶をすると、
「お気をつけて」
ジノも軽くそう言った。
さて。
ここからお師匠さまのところまでがまたちょっと遠いわ。
頑張って歩かなくちゃね。そうしないと着くのが夜中になっちゃうもの。
私のお師匠さまはイバラで覆われた森の中央に住んでいるの。その中央は小高い丘になっていてね。機能性重視のこじんまりした住居と魔法研究のための立派な研究所を構えているのよ。
イバラの森は無関係な人間が近寄ってくるのを防止するためにお師匠さまが魔法で細工しているの。
とても入り組んでいるし、人避けのための魔物が放し飼いになっているわ。
お師匠さまは「黎狼の魔女」と呼ばれているわ。ちなみに、男性よ。
魔女は性別に関係なく魔女と呼ばれるのよね。
お師匠さまはお父様の古いお友達なのよ。
「やあ。久しぶりだね、リサ。ずいぶんと愉快な姿をしているじゃないか」
どうにかやっとたどり着くと、私の有様を見てお師匠さまは飄々と言ったわ。
魔法で二十代半ばから後半の姿を維持しているお師匠さまは、私が魔法を習っていた頃と全く変わらない。相変わらずの人を食ったような笑みを浮かべているの。
「ご無沙汰です。お師匠さまはお変わりないようで」
私がそう言うと、お師匠さまはおかしそうに肩を揺らしたわ。
「変わってないのは君の方だろう?」
「いえいえ。私は変わったのですよ。見た目だけ元に戻っちゃっただけです」
私の答えに、お師匠さまは意地の悪い顔をしたのよ。
「魔女の弟子にいいようにあしらわれて情けないねぇ。僕の弟子とは思えないよ。罰としてこき使ってあげるから、とりあえず中にお入り」
「はい。ありがとうございます」
意に介さず。わざとにっこり笑って見せると、お師匠さまは仕方ないヤツだと笑った。
お師匠さまは宣言通りこき使ってくれたわ。
掃除や洗濯などの雑用から魔法研究の手伝いまで。
毎日毎日あれこれ言いつけられたことをこなすのに精一杯よ。
お掃除やお洗濯の合間に呼ばれて、ちょっとこの魔法やってみて、とかちょっとここに魔力を流してみて、とかやらされるの。
なかなか雑用が片付かなくて困ってしまうわ。
でもね、料理だけはお師匠さまがしてくれるの。
私が全く出来ないってご存知なのね、きっと。
お師匠さまのお料理はダイナミックで味もダイナミックだけど、でも、まあ、私が作るよりも美味しいと思うわ。
そんな風に日々を過ごして1ヶ月、2ヶ月…。
流れるように時は過ぎて、暑い夏が近づいてきたある日、お師匠さまが何か呟いたの。
「やっと来たか…」
うん?
「なにか、おっしゃいました?」
最近、魔法の研究が上手くいってないらしくてご機嫌が良くないのよね。
けんもほろろな返事が来ることを覚悟しつつ問いかけると、お師匠さまはちょっと楽しそうに言ったの。
「お客が来たよ。出迎えに行ってきて」
「お客?」
どなたか他の魔女かしら?
「ほら、早く行って。狼たちに食べられちゃったらかわいそうだからね」
まあ。お客は魔女ではないのね?
「大変。行ってきます」
慌てて階下の玄関へ向かおうとして、ふと、窓の外を見たの。
「…あれは」
遠くから少しずつ近づいてくる小さな人影。
杖を持って、おぼつかない足取りで…。
どんなに遠くても、どんなに小さくても、私にはそれがあなただと分かる。
「おじ様…」
だけど、どうして…?!
「おじ様!」
私は階段を駆け下りた。




