4話 遺跡発見
「よっ! はっ!」
「ねぇ、シュラ! 危ないよ!」
下からマキの声が聞こえるが、父親の日記から察するに、目的地へ向かうためには崖を登る必要がありそうなのだ。
シュラは、その訓練を行うため家の屋上から縄を降ろし、クライミングの練習をしている。
縄に昇降機を取り付けて、彼の身体に巻いた安全帯に接続。壁を蹴って下へ降りる。
シュラはクライミングは、まったくの素人であるが、謎の記憶が彼をサポートしてくれる。
その記憶から、崖を登るクライミングに必要な道具を想定して、運送屋の爺さんに伝えると帝都から取り寄せてくれた。
勿論、取り寄せの連絡も、帝都からの荷物の運搬もマニューバ頼り。
通常の荷物や乗客の運送は輸送機によって行われているが、特急便はマニューバの胴体に荷物を積んだり、下面に輸送ポッドを取り付けて行われる。
お勧めはできないが、機体の胴体や輸送ポッドにも人は乗れる。どうしてもお急ぎなら、そういう方法もあるわけだ。
マニューバのコクピットは、完全に1人乗りなので人は乗れない。
軍には複座機もあるようだが、一般には数えるぐらいにしか存在していない。
「ふぅ……」
「よう! シュラ! 中々やるじゃないか。お前、そんなこともできたんだな」
シュラが一息ついていると、いつの間にか下にキラがやって来ていた。
「色々と研究していたんだよ。それに目指す場所は結構険しい場所にあるから、このぐらいはできないと」
「まぁ、頑張れよ!」
シュラはキラと上げた手をパチンと打合せた後――心配そうなマキを抱き寄せて、家に入った。
(そう……このぐらいはできないと、目的地に辿り着くこともできないんだ)
------◇◇◇------
数ヶ月の訓練と体力づくり、探索に必要な物資の収集。
シュラの手持ちの全財産を使って、マニューバ探しが始まった。
先ずは、輸送機をチャーター――シュラが住むエスランの街から約200km――森の奥深くにあるギョヨへ向かう。
とてもじゃないが、徒歩じゃ無理。道もなく車も使用不可能。
交通手段の問題だけではなく、森の中には巨大な虫や、魔物と呼ばれるバケモノがうじゃうじゃいる。
その頂点が、竜種と呼ばれるドラゴンやレッサードラゴン。生身の人間では勝ち目はない。
大型の虫や魔物は、マニューバが通常装備しているヤーデン砲と呼ばれる大型のリボルバーカノンで対抗できる。
通常は、それでなんとかなるのだが、レッサードラゴンの鱗は硬く、さらに真種ドラゴンでは防御魔法を使うために通常兵器は効果は薄い。
唯一の対抗手段が、発掘マニューバに装備されている魔砲だ。
シュラは空飛ぶ潜水艦のような輸送機に乗せてもらい、森の深部を目指す。
目的地までは約200km。彼の父親もこの場所をどうやって突き止めたのかは定かではない。
もしかして他の誰かから情報を手に入れたのかもしれない。
輸送機の機首に付いているブリッジから、下を見下ろせば、果てしなく広がる緑の樹海。
ブリッジは6畳ぐらいの広さで、その壁の半分が金属の枠とガラスに覆われている。
そこに乗り込む5人の乗員によって、輸送機はコントロールされており――真ん中にいるのが、機長の爺さんだ。
「坊主、本当に場所は合ってるのか?」
「多分……でも何もなかったら、そこで終了ですし、金も使わないで済みます」
「わはは、そりゃそうだがな」
マニューバが手にはいれば、森で獲物を漁る平民からナイツに格上げだ。
身分がそれなりに保証されて、それが子供、孫と――代々受け継がれる。マニューバ1機で保証される人生。
明るい暮らしが待っているのだが当然――事故などで失われることもある。その場合でも、ナイツとしても知識と技術があれば、帝都に出て軍属になるという手もある。
手柄を立てて恩賞をもらえば、再び機体を買うことも可能だろう。
それぐらい劇的に生活が変わるのであるから――平民が夢を見るのも無理もない。
「見えてきた、多分あのギョヨだ」
シュラが指をさす方向に小高い山が見えてきた。
中心から円錐状の岩が突き出ているが、これも普通に見かける景色。やはり外側からでは、何もない山なのか遺跡なのかは解らない。
輸送機を待機させたまま探索をすれば、なにかとはかどるのだが、レンタル料が凄いことになってしまう。
それで何もなかったら大赤字。本当に文無しになってしまう。
シュラが1人で降りて探せば――例えマニューバがなかったとしても、荷物の輸送料と行き帰りの運賃だけで済む。
目的地に到着したので、近くに開けた場所を探す。
輸送機は反重力炉を使い空中静止ができるので、ヘリコプターに近い。
ヘリコプターだと騒音と風が凄いが、この輸送機にはそれがない。ゆっくりと降下すると低周波音だけが、地面から跳ね返ってくる。
「マニューバがあるのが確実なら、もっと金が集まるかもしれんがなぁ」
「でも、人から金を集めると、俺の物だけではなくなってしまいますし」
「まぁ、そうだが――確実性は上がるぞ?」
「解ってます。それに――ここはレッサードラゴンの住処になっているらしくて。他の人を巻き込みたくはありません」
竜種だけではなく、ギョヨは虫の巣になっていることも多い。
「おい、それは初めて聞いたんだが……坊主、大丈夫か? 死ぬなよ?」
職人を怒鳴っていた強面の爺さんだが、心配顔をしている。
「レッサードラゴンのことを黙っていて申し訳ありません。それに――妻に帰ると約束しましたので、大丈夫ですよ」
「なんだよ坊主、新婚か? 全く嫁不幸だな」
爺さんは目をつぶり頭を掻いて呆れているが、仕方ない。
「おっ! あそこに森の切れ目があるな。あそこでいいか?」
爺さんが指さす場所に平地がある。
「はい」
ギョヨから500m程離れた地点に降下することになった。
輸送機が地面すれすれまで降下して、シュラと荷物を降ろす。下面のハッチが開き、クレーンでゆっくりと木箱に詰まった荷物が降りてきた。
「それじゃ、ありがとうございました!」
「やれやれ! 坊主! 死ぬなよ!?」
爺さんの言葉を残して、黒い輸送機はゆっくりと上昇していった。
「さて、荷物をばらさないと……」
輸送機から降ろした木箱をバラして、荷物を整理する。剣に鉈――単発式の小型擲弾発射装置も装備して、ベルトのポケットに予備の弾を入れる。
ピストルは連絡用の信号弾を発射するために使用するが、炸裂弾を発射する武器にもなる。
但し、反動が強いし射程は短く接近戦でしか使えない。
このばらした荷物をギョヨの麓まで運ばなくてならないのだが、いきなり難関にぶち当たった。
目的地との間に湿地帯が広がっているのだ。大きな水場に点々と緑の草の島が浮かぶ。
(どうしよう……)
湿地帯は管虫の巣だ。1匹なら全く危険はなく、単なる食料や材料の素にしかならないが、群れで襲ってくると洒落にならない。
湿地帯を渡る為のカンジキも持ってきているのだが、襲ってくる管虫を防ぐのは不可能。
シュラは悩んだ結果、木を倒して橋を作ることにした。時間が掛かりそうなので、テントも設置――気合を入れる。
荷物には斧も入っている。上手くいって高い木を倒したとしても、湿地帯を完全に渡り切るのには足りない。
それは解っているのだが、まずは行動だ。
斧を振り上げて湿地帯に隣接している木を切ると、甲高い音が森に響く。
こんな場所にいる人間は、彼だけだろう。
「倒れるぞ~!」
誰もいないのだが、掛け声を掛ける。
ゆっくりと木が倒れ始めて、湿地の中へ巨大な水柱を上げて突っ込んだ。
日差しを浴びて虹ができると、その周り湿地から一斉に管虫の大群が逃げ出した。
(うわぁ、こんなにいたのか……さすが、森の深層だな……)
大群だと危険な管虫だが、これだけいれば手持ちの食料が切れても、飢えることはない。
管虫は焼けば食えるからだ。少々固いが、そこは調理次第。
湿地に倒れた木の上を、鉈を使い枝を払いながら渡る。念の為、腰のピストルには炸裂弾を装填した。
背中には荷物とカンジキを背負い、木の先端まで来た。シュラはカンジキを足に装備して、湿地の草の上に降りた。
ズブズブと深い絨毯の上を歩いているようだが、沈みはしない。
このまま対岸まで渡り、反対側からも木を倒せば橋ができる。橋が架かれば、管虫が再び集まってきても、安全に荷物を運ぶことができるだろう。
(ふう……しょっぱなから大変だけど、ほとんど前人未到だから、仕方ないや)
数十年前に、彼の父親も訪れているのだろうが、どこから登ったのかも不明なのだ。
そんなことを考えながら、シュラが湿地を歩いていると――突然、水が盛り上がった。
「うわぁぁ!」
足にカンジキを穿いているので、上手く動けない。
水に浸かりながら、なんとか態勢を立て直すろと、日差しを遮りシュラを覆う黒い影。
水面から首を持ち上げたのは、巨大な管虫。
1m程の太さの胴体を持ち、円形の口には幾重にも重なった鋭いギザギザの歯が覗いている。
(うわぁ、立派な管虫だなぁ! これなら、車やマニューバの車輪にも使えるぞ?)
そんな悠長なことを考えている場合ではないのが、彼は巨大な管虫を見た瞬間にそう思ってしまったのだ。
我に帰ったシュラは、バシャバシャと湿地を走り、腰からピストルを抜いた。
安全装置を親指で外し――振り向くと管虫の口に狙いを定める。
大きな音と反動で、両手が90度上に跳ね上がった。
擲弾発射装置を攻撃に使う場合は、ストックを付けて肩に当てて発射するのだが、そんな暇はない。
「キィィ!」
口に炸裂弾が命中した管虫が、頭を左右に降って叫び声をあげる。
(管虫って鳴くんだ! 初めて聞いた!)
感心している場合ではない。シュラは、ピストルを折ると熱い空薬莢を排出。
急いで腰のベルトから、次弾を取り出して筒へ装填した。
「それ!」
再びピストルから炸裂弾が発射されて管虫に命中。
長い胴体を持った生き物は――ギザギザの歯を持った大きな口をぐるりと一回転させると、湿地へ横倒しになった。
この管虫――虫と名前はついているが、環形動物の一種で虫ではない。
食用にも利用されるが、もう1つ重要な使われてかたをしている――管虫を加工したチューブだ。
管虫の内容物を取り出して、煮て乾燥させた後、薬品に浸けて再度乾燥させる。
そうすることで、しなやかで丈夫なチューブができ上がるのだ。水なら10年、油なら5年の耐久性がある。
勿論、規格品ではなく元は生き物なので、サイズはバラバラ。合った物を探しだして使う。
この世界の機械等やマニューバにも沢山使用されており、なくてはならないものになっている。
それに、マニューバに装着されている巨大なタイヤも大型の管虫の身体を加工したものだ。
「ふう……いきなりこれか。先が思いやられるなぁ」
先行きの不透明さに、彼は気が重かったが、こんな入り口でへこたれるわけにはいかない。
それに倒れた巨大な管虫が、ちょうど橋代わりになってくれて、向こう岸へ渡れるようになった。
瓢箪から駒の渡りに船――どくどくと口から赤い血が流れる管虫の橋を渡る。
(けど、ずぶ濡れになっちゃったよ)
彼は、向こう岸へ渡ると、枯れ木を集め始めた。
服を脱いて乾かすためである。それに服を煙でいぶさないと、沼ビルに入り込まれる可能性があるのだ。
枯れ木をナイフで細かく削り、火種を作る。遺跡で発掘された金属を削り、ナイフで火花を飛ばすと発火する。
白い煙が出始めるので、口で吹いて温度を上げると、オレンジ色の炎が上がる。
シュラが住んでいる街の子供なら、このぐらいは朝飯前だ。
学校がないので、親から習う読み書きと簡単な計算しかできないが、サバイバル能力は突出している。
子供だけで数日間、森でキャンプをしても平気なぐらいだ。
パチパチと弾ける薪、高く立ち登る白い煙。今日は、風がほとんどないので真っ直ぐに登っている。
服を脱いて、煙と炎で炙っていると、上空から低い駆動音が聞こえてきた――マニューバだ。
シュラは慌てて荷物の所へ戻ると、信号灯を取り出した。
ここは空の上――機体の上面を赤く塗った1機のマニューバがのんびりと飛んでいる。
機体の派手な色だが、別に戦争に使うわけではないので迷彩の必要はない。誰の機体か解るような塗装をしている場合が多い。
戦争はしないが戦闘は行う。相手は虫や竜種――空賊なんてならず者の連中もいる。
赤いマニューバーを操縦している男が、高度計をチラ見する。
現在の飛行高度は、およそ1000m。マニューバの飛行高度はおおよそ、このぐらい。
この飛行機械のエンジンは燃料が水の外燃機関――そう、ただの水。
これを炉に送り込む事によって、超高圧の水蒸気を作りだし、ピストンを動かしプロペラを回す。
冷却器を持たず、多数の直列式の蒸気ピストンを備えた機体は、流線型でスマート。
酸素は使っていないので、限界上昇高度は存在しない。
ぶっちゃけ空気が無くてもエンジンは回るのだが、マニューバの短い翼では、空気が薄くなるほどの高い空は飛べない
せいぜい上昇しても3000m~5000mだが、コクピットは開放型で吹きさらし。
そんな高度では、パイロット――ナイツが保たない。
「別れた女は恋しくないが~股間の息子が寂しがってる~ときたぁ! ははは」
ゴーグルを被り歌を歌っていた男が、前方に白い煙の筋を見つけた。
普段は全く人気のない地域である。
「はは、馬鹿が落っこちたかな? ちょっと見ていくかぁ」
救難信号は赤い煙なのだが、そういう物を持っていない場合も想定される。
マニューバ乗りは、こういう煙を見たら確認するのが常となっているのだ。
煙が立ち上る地点へやって来たので、上空を旋回――。
「別に落ちたような感じじゃねぇな」
その時、森の木々の間からチカチカと光る発火信号が、送られてきた。
『我調査中、心配要ラズ』
「はは、こんな所まで来て調査かよ。遺跡か何かか? ご苦労なこったぜ」
男は機体を操り元に進路へ戻ると、操縦席の横から丸い金属板の計算盤を出して、クルクルと回し始めた。
対数の原理を応用した計算尺で、燃料の残量と燃費から飛べる距離を計算しているのである。
地上で暮らしている場合は、簡単な加減算だけで済んでしまうが――空の上ではそうもいかない。
風向きや天候等で、燃費が変わってしまうからだ。
誰も住んでいない広大な樹海であるが、所々に水を補給するための飛行場がある。
飛行場の主はそれを商売にしているわけだ。日本の道の駅みたいな物に相当する。
ギョヨ近くの煙を確認して、2時間程飛行を続けたマニューバが飛行場へ着陸した。
飛行場は舗装はされておらず、土で固められているだけだ。
こういう滑走路がほとんどなので、マニューバの脚は頑丈に固定されて、巨大なタイヤを履いているのだ。
平らな場所なら草原でも着陸できるし――降りたくなくても燃料の水がなくなれば、どこへでも降りるしかなくなる。
男が、管虫を使った水管から水を抜くと即座に炉は停止して、プロペラも止まる。
逆に炉に水を送り込めば、瞬時に起動するので、慣性始動機なども必要ない。
コクピットから這い出し、防寒ジャケットを座席に脱ぎ捨てると、白いTシャツとビスケット色のズボンで翼に乗る。
「ふぅ――空は寒いのに下は暑いぜ」
そこへ、ここの飛行場の娘がトラックでやって来た。
紺色のツナギを来て、赤いウエーブヘアにツバの広い白い帽子を被っている。
馴染みの顔だが――。
(はぁ……BBAじゃなぁ。もっと若くてピチピチの可愛い娘なら、毎日通うっていうのに……)
嘆く彼であるが――そんな女なら、こんな場所で飛行場をやる必要がない。帝都に行けばいくらでも稼げるのだ。
「移動して、水を入れておいてくれ」
「はいよ~」
シュポシュポと蒸気を吐き出しながら、トラックが機体を駐機場へ牽引していく。駐機場には何機かマニューバがあるので、先客がいるらしい。
この飛行場の横には溜池もあるので、自分で水を機体に入れることもできる。
マニューバには、クルクル回す手動のポンプも積んであるのだが、燃料切れを起こした時には、それがないと水を入れられない。
バケツとジョウロという手もないではないが……かなり大変だ。
「おいっす!」
「お前さんか」
男が滑走路脇にある事務所兼、食堂へ脚を踏みいれた。何人か飯を食っていたが、馴染みの顔だ。
1人知らない男がいたが、帝都から飛んできたらしい。
男の相手をしてくれたのは、紺色のツナギを着た白髪の爺さん――ここの主である。
「いつもの」
「はいよ」
爺さんが料理を始めた。酒も飲みたいところだが、酔っぱらい操縦は厳禁――自重する。
「ここから2時間程飛んだギョヨのところで、調査やらをしている奴がいたぜ」
「こんな場所で遺跡か?」
「だろうな。大方マニューバに取り憑かれた奴が、お宝を探しているだろうよ」
「まぁ、そうでもしないと、手に入らんからの」
男のマニューバは父親から継いだ物である。
代々そうやって受け継がれていくが、男の祖先もどこからかマニューバを手に入れたわけだ。
「まぁ、そのぐらい取り憑かれて私財なげうって、身内も犠牲にしなきゃ、発掘品なんて手に入らねぇ」
「そうだな、ほいできたぜ」
やって来た料理は、管虫と野草の炒めもの。そしてキノコスープとパンだ。
管虫管にも使えないような細い管虫は、柔らかく食べやすい。
(料理は美味いんだから、もっと可愛い娘が作ってくれれば)
男は心の中で、ないものねだりをしていた。
――その頃、全ての荷物を移動させて、ギョヨに到着したシュラは――壁面を登っていた。
とりあえず、下に入り口らしきものは見えない。父親の日記にもそんな記述はなかった。
方法は不明だが、壁面を登ったとしか書いていなかったのだ。
蔓延っている木の根に覆われているが、下から見上げると横穴が開いているように見える。
とりあえず、そこまで登ってみることにした。
岩の隙間にペグ――横長の輪っかが付いたナイフのような用具を打ち込む。
岩に打ち込んだ輪っかにカラビナを通し、安全帯を繋ぎ、脚を掛けて登っていく。
(木の根が這っている場所は、根を伝ったほうがよさそうだ)
「あっ!」
なれないクライミング作業に脚を滑らせ、必死に安全帯に繋がった縄に捕まる。
ぶらぶらと――顔を真っ青にしたシュラが宙吊りになった。
(喉がカラカラだ)
手はブルブルと震え、身体に氷水をぶっかけられたように、つま先まで冷たいものが走る。
頭がクラクラして気を失いそうになる。
(だけど……)
ここまで来たら、登るしかない。もう後戻りはできないのだ。ふらふらになりながらも木の根にしがみつき、なんとか登り切る。
登った高さは約60m――まさに虚仮の一念。そこには高さ3m程の横穴が開いていた。
「はぁはぁ……」
横穴に這いずり疲れきって仰向けになるシュラを、涼しい風が通り過ぎていく。
(風が流れてくるってことは、奥でどこかと繋がっているんだろうな)
かなり疲労したが、これで作業は終わりではない。何回か往復して、ここまで荷物を上げないとだめなのだ。
(その前に中を少し探索してみよう。水の有無も確認しなくては……)
下には水がいくらでもあるが、この上に水がなければ、一々下まで降りて行かなければならない。
シュラは背嚢から発火信号機を取り出して、点火した。
これを懐中電灯代わりにするのだ。家で使っている蛍草はこういう場面には向かない。
持ち歩くと振動で発光してしまい、すぐに枯れてしまうからだ。
この発火信号機の燃料も水――中に入っている石を水に少量浸けると、可燃性のガスが出てくるので、それを燃やして光にするのだ。
かなりの光量が発生するが――石の寿命は余り長くないので、家庭で使用するのは難しい。
この石も普通に売っているものだが、発掘品なので少々高いが、この信号機は生活必需品なのだ。
(ここが遺跡なら、信号機に使う石も落ちていればいいけど)
手に持った白い光で照らし、暗い通路を進む。壁を突き破り、木の根が入り込んできて行く手を阻んでいる。
それを鉈で払いながら奥へと進む。暗くて不安もあるが――逸る心を抑えきれない。
この通路は明らかに自然にできた物ではないからだ。もはや遺跡なのは間違いない。
数分歩くと、暗い中に白い四角い光が見えてきた。
(出口だ。いきなり外だったら、そこで終了だな。別の入り口を探さないと)
しばらく進むと広い空間に出た。高さは10m程あるだろうか。
大きな裂け目から、日が差し込んでおり――日の当たる場所には、草や木も生えて白く光る虫がチラチラと飛んでいる。
(こんな所にも草や木って生えるんだ)
雨水が入り込んだのか、石の窪地には池もできている。
辺りを見回すと、他にも通路らしい黒い穴や階段が見える。
「やったぁ! こりゃ、ここを家にして、このまま住めちゃいそうだな」
彼の父親が訪れたのは、ここで間違いない。シュラはその場でクルクルと回り始めた。
(絶対に、あの写真に写っていたマニューバもここにある!)
シュラは腹ごしらえをして、ここをキャンプ地にすることを決定したのだが――。
嬉しさのあまり、肝心なことを忘れているようである。





