18話 空戦
滑走路に駐機していた、沢山のマニューバが飛び立っていく。連なった沢山の鳥たちが、ギョヨの上を旋回し始めた。
空戦に巻き込まれないように、空中待機をするためである。
墜落や不時着した際に巻き込まれる可能性があるためだが、空中待機していても流れ弾を喰らう可能性はある。
すべては自己責任であり、今回のイベントに顔をしかめる生真面目なナイツたちは、ここからさっさと退避した。
私闘というイベントを聞きつけた、地下の住民たちも日の下に這い出てきて、歓声を上げている。
「うひょー、こいつは壮観だぜ!」
地上に観客に混じる女の子たちに手をふりつつ、空を回る色とりどりのマニューバを見上げて、リオが叫んだ。
「そんなこと言ってる場合じゃないですよ?」
「ははは、心配するな、あんな奴らに遅れをとるはずがねぇ。そういうシュラはどうなんだ?」
「俺にはゼロがいますからね」
ここ数ヶ月、来る日も来る日も、ゼロが持っている戦闘データを元にして、訓練を繰り返してきたのだ。
シュラとリオが打ち合わせしている所へ、ツインテールの女の子がやってきた。
「あなた方、本当にやるつもりなの?」
「もちろん、だってかわいそうじゃないか?」
シュラのその言葉を聞いた女の子が、頬を赤く染めた。
「……それって私が?」
「いや――君のマニューバだよ」
「私の?」
「あんなすばらしい機体なのに、ろくな整備を受けられずに、バカにされるなんて許せない」
それを聞いた女の子の表情は悲しげに曇る。
(私を助けてくれたわけじゃなかったんだ……)
その会話を聞いたリオも天を仰いだ。
(あちゃー、こいつはこういう奴だった)
「とにかく、君のマニューバじゃ戦闘は無理だ。皆と一緒に空中待機していたほうがいい。あの機体はいい加減な整備をされてグチャグチャだけど、それを彼女が一生懸命に補って飛ばしているんだ」
シュラにそう言われて、少女は肩を落とす。下を向き――とぼとぼとピンク色のマニューバに戻ってきた。
涙を浮かべながらコクピットに乗り込むと、眼の前に貼ってある、数々の機体の不具合を記したメモ。
「リヒート用コンプレッサーベアリングの不良……操舵系、回路ブロックのバグ(多分、不適切なブロックが使用されている)……こんなに故障があるの?」
少女は、メモの上を涙で濡らし始めた。
「ごめんね、私、何も解かってなくて……」
その時、計器盤の非常灯がペカペカと点灯し始めた。
「これも故障?」
だが、じっと非常灯を見ていた少女は、ある規則性に気がついた。
「えっ!? これってモールス?」
『ハイ』
マニューバの思考ユニットは創意工夫はしないはずだが、このユニットは言葉を伝えるためにモールスを使うことを思いついた。
「あなた、ピンクカメオなの?」
『私ノ名前ハ、ヒエン』
「ヒエン?」
『ハイ』
それを見た少女は涙を流しながら、つぶやいた。
「お母さん……」
少女は涙を拭うと、炉に水を流し込み機関を始動。フラフラと滑走路から大空へ飛び立つと、空中待機の輪の中に加わった。
上空を飛ぶ鳥たちが見下ろす滑走路にはシュラとリオが立つ。彼らの前には、対峙するオッサン三人組と3色のマニューバ。
それぞれのマニューバは汎用品だが、それなりに改造されてチューンアップが施されている模様。
双方の機体から、空戦の邪魔になる増槽は外された。
空にフラフラと上がったピンク色の機体の音を聞いたシュラは――。
(あの機体もタービン駆動なんだ……)
派手な色と裏腹に、爆弾を抱え込んだ彼女を不憫に思いながら、正面の敵と向き合う。
「あの派手な色の機体は空戦には参加しない」
シュラの言葉にオッサンたちが不快な表情を浮かべる。
「それじゃ、3対2でやるってのか?」
「ええ」
「くそ、とことん舐めやがって!」
「これだけ、ハンデをつけてもらった上にボコボコにされたら、恥ずかしくてもう空を飛べねぇな」
リオの挑発に、オッサン連中が顔を真っ赤にした。
「くそ! そっちこそ数が少ないから負けたなんて、いいわけはさせねぇぞ?!」
聖地の巨大な滑走路に駐機していた、すべてのマニューバが飛び立った後――滑走路に残っているのは、シュラたちとオッサンたちの機体だけ。
それぞれが機体に乗り込むと、右と左に分かれて飛び立っていく。
滑走路の上空でぐるぐると旋回して機関の暖気運転を行い、相手の技量を見定める。
駆動機関は内燃機関ではないのだが、ある程度の暖気は必要。
マニューバたちは、そのまま空戦へ突入した。
まずは、オッサン連中の一人がリオに仕掛けた。
白い機体が、リオの赤いマニューバの背後を取ると、リボルバーカノンを発射する。
これは、リオがわざと隙を見せて誘ったものと思わる。
「ははは! そんな屁みたいな攻撃は、ひらりとかわすリオさんであった」
リオは機体をクルリと横転させると、急減速――そしてリヒートを使うと、敵の背後を取った。
彼の機体には、翼にエアブレーキが装備されており、これを使うことによって、トリッキーな機動をこなすことができるのだ。
「はい一丁あがり!」
1斉射――機体下面のリボルバーカノンから2発の砲弾が発射されて、そのうちの1発が敵のマニューバの翼端を吹き飛ばした。
勝負ありである。
ここで突っ張っても被害を拡大するだけで、修理代だけで大損をしてしまう。
背に腹は代えられない。被弾した機体はなんとか立て直すと、着陸態勢に入った。
リオも勝負がついたので、追撃は行わない。
「ははは、このリオ様に勝負を挑むなんて、100年はぇぇんだよ!」
それとほぼ同時に、シュラたちも戦闘に入った。
くるくると、左回りの旋回の応酬を繰り返す。ほとんどのマニューバがプロペラの回転方向が左なので、左旋回のほうが小回りが利くためだ。
そのまま膠着状態になるかと思われたが、すぐにシュラが仕掛けた。
斜めに急上昇すると、上昇の頂点で故意に失速させて、機体を斜めに滑らせる。
木の葉が落ちるような方向転換をすると、落下の勢いを使って敵の黒いマニューバの背後に滑り込んだ。
「なんじゃそりゃぁぁ!」
迫りくる白い機体に、コクピット内で後ろを見たオッサンが叫んでいるが、後の祭り。
1斉射した砲弾が、胴体上部と尾翼の一部を破片に変えた。
「くそぉ!」
やられてからいくら喚いても、機体をこれ以上破損させないように無事に着陸させるしかない。
不安定になった機体をふらふらと滑走路まで誘導させる。
残りは一機である。
上空でグルグルと回りながら、私闘の様子を空中待機中のナイツの面々が見物中。それぞれの思惑を巡らせている。
その中の1機、下面を白く塗っている黒い機体が、戦いの様子を眺めていた。
コクピットに乗っている無精髭の男が、ゴーグル越しに下を見てつぶやく。
「おいおい。2機を瞬殺かよ。冗談じゃねぇ、あんなの敵に回したくねぇな」
当然、ピンクのマニューバに乗ったツインテールの女の子もそれを見ていた。
「えっ!? すごいんだけど……同じマニューバだと思えない……」
彼女は、シュラの言葉を思い出して、自分の機体に話しかけてみた。
「ねぇピンク、あなたもきちんと直せば、あんな凄い飛び方ができるようになるの?」
返答に、ランプがチカチカと光る。
『ハイ』
女の子は、再び下を見下ろした。
――残りは青い機体が1機。
最後に残った敵のリーダーは、逃げ回るうちに完全にシュラの機体を見失い、コクピットから上下左右を見渡している。
「くそっ! どこだ!? どこに行った!?」
彼が探しているシュラは、地面ギリギリの所を飛び、完全に敵の死角に入っていた。
『シュラ、最後は私にやらせてくれ。前のマスターが得意とした戦術を披露する』
「良いけど――君は引き金を引けないんじゃ……」
『勿論そうだ。それはシュラに任せる』
全機能すべてがゼロの管理下にあるこの機体だが、銃の引き金には回路が繋がっていない。
後付のリボルバーカノンに繋がってないのは、当然だとしても、元から装備されている、魔砲にもゼロの回路は繋がっていない。
ゼロが埋まっていた遺跡で、レッサードラゴンを屠るために魔砲を発射したが、引き金を引いたのはシュラだ。
『私は、飛行機械を飛ばすだけの存在で、トリガーを引く権限を認められていない』
「解った、引き金は俺に任せてくれ」
シュラの言葉とともに、コンプレッサーの高周波音が高まり、リヒートに点火。
機体は、敵の下面の死角から急上昇を始めた。
敵の手前まできた所で、スロットルを緩めると機体は失速、フラフラと不安定になりつつも、機首を的に向けた。
『シュラ!』
「うん!」
シュラが操縦桿の引き金を引くと、発射されたリボルバーカノンの砲弾が、敵機の主翼を貫通した。
パラパラと青い破片が飛び散り、穴の開いた水タンクから大量の水が噴き出す。
すべてが終わり、勝負はついた。
小破して不時着したマニューバたちを滑走路から移動――回収が終わると、上空を旋回していたナイツたちが次々と着陸しはじめた。
それに混じって、シュラとリオも無事に着陸。滑走路上はタキシングしているマニューバで大賑わいである。
ごった返す滑走路だが、決闘の勝利者の権利として、優先的に駐機場へ回してもらった。
沢山のナイツを楽しませてくれた、駄賃代わりである。
「ゼロ、ありがとう」
『これが私の務めだ』
鞄を持って降りたシュラの所へ、リオもやってきた。
「あはは、とんだ帝都初飛行だなぁ、シュラ!」
「ええ、昼飯だけ食べて帰ろうとか言っていたのに……」
「今日は遅くなっちまったから、1泊しようぜ」
「解りました」
リオがニヤニヤしている。この地下の街にもナイツ用の花街があるのである。
ナイツと知り合いになれるということで、嬢にも上玉が集まっているという噂。
「その分、ちょっと高めなんだが……たのむ! シュラ!」
いきなりリオが、シュラの眼の前で、手を合わせた。
金の無心である。風俗に行きたいので、金を貸してくれというのだ。
「まぁ、いいですけど……今日は助かりましたし……」
「よっ! さすが、辺境の英雄!」
みえみえのごますりに、シュラが露骨に嫌そうな顔をした。
「英雄は止めてください」
そこへ、撃墜されたオッサン連中がやってきた。
「よぉ! 3対2なのに、良いとこなしでボコボコにされたんじゃ、言い訳できねぇな」
「くそっ!」
彼らを見たシュラが口を開いた。
「あなた方が、どういう飛び方をしようが、俺にはどうでもいいのですが、人のマニューバの悪口は止めてください。マニューバに何の罪もないはずです」
「そうそう、お前らみたいな連中に乗られたマニューバが、可哀想ってもんだよ、ははは!」
(はぁ~この髭面との、クソみてねぇな因縁もすっぱりと切れそうだぜ、まったくシュラのお陰だな)
リオが、墜としたオッサンたちと睨みあい、シュラがそれをなだめていると、後ろから声をかけられた。
「罪を憎んでマニューバを憎まず――だな! いいもん見せてもらったぜ! これ、ご祝儀だ!」
男が小銀貨をシュラに手渡す。デカいゴーグルをかけたこの男は、上空退避中にシュラたちの空戦を見ていた男だ。
その後、次々に別の男たちがやってきて、シュラたちにご祝儀を渡す。
彼らの話を聞けば、どちらが勝つか賭けをしていたようだ。
大金を賭けたナイツからは銀貨も貰った。
荒くれの男たちに混じって、女のナイツもいるのだが、数は少ない――比率は10:1ぐらいか。
「ああ? 賭けをしていたのか?! 畜生! それは知らなかったぜ! そんな、面白そうなことをやってるんなら、俺も自分に賭けてたのに」
リオが不満顔だが、掛け金は4:1で、シュラたちが不利。
不利が故に倍率が跳ね上がり、勝った連中は、かなり儲けたようだ。
「それで、ご祝儀ですか……」
「まぁ、もらえるもんはもらっとけ、ははは」
リオも、ナイツたちから銀貨をもらっている。
「それじゃ、山分けしますので、俺が金を貸さなくてもいいですよね」
「そういえば、そうだな! あはは、こりゃ儲かったぜ! 遥々帝都まできた甲斐があったってもんだ」
ゲットした小銀貨は二人で40枚、銀貨は6枚。一人あたり日本円で35万円相当。
さっきまで不満顔だったリオが、小遣い掴んで小躍りしている。
「シュラ! はいよ、お前から借りた分を返すぜ!」
「確かに――これで遊べますけど、金を盗まれないように気をつけてくださいよ」
「大丈夫大丈夫!」
何が大丈夫なのか解らないが、彼がゲットした金だ。どう使おうが彼の自由。
(だけど……なぁ)
リオが大喜びをして跳ね回っているのを、シュラが眺めていると、一人の女性ナイツが歩み出た。
少々とうが立っているが、ライオンのような赤い髪に、日焼けした肌。
胸の大きなキズを隠すこともなく――上着のボタンを外し、堂々と勲章のように晒している。
「そこの坊やは、エスランでレッサードラゴンを倒して、空賊も瞬殺した辺境の英雄様だろ?」
「なんだって?」「おい、聞いたことがあるぜ?」「そういえば、白い発掘マニューバだって……」
「アロタールの移動店舗艦も虫から助けたって聞いたぜ……?」
周りがざわついてくると、一人のナイツが叫んだ。
「おい! てめぇら、知ってて賭けを持ちかけやがったな?!」
「ほほほ、知らなかったのは、あんたらの勝手だろ? 空戦で負けたら――奥の手を隠してやがって! ズルイとでも言うつもりかい?」
「うう……」
女は、つかつかとシュラのところに歩いてくると、身体を寄せてきた。
飛行服の革の匂いと女の体臭が、シュラの鼻まで漂ってくる。
「ちょいと、稼がせてもらったお礼に――あたしといいことしない~?」
前を開けた上着から、豊かな膨らみが見える――胸の先っぽが見えそうだ。
「どうでもいいですが、坊やは止めてください」
「ほほほ、ごめんよ。それで――どうだい?」
彼女は抱きつき、脚を絡めてきたのだが――彼女の後ろに、フラフラと降りてきたピンク色のマニューバが見える。
シュラには、眼の前の柔らかい丘より、調子の悪いマニューバのほうが気になるようだ。
「申し訳ありません。俺には妻がいますので」
「えっ!?」
女がチラリとリオの方を見ると、頭の上で手を組んでいる彼が軽くうなずく。
「くっ、畜生!」
不機嫌になった女が、ドスドスと足音をたてて、その場からいなくなった。
「はは、シュラ。蛇に噛まれなくてよかったな」
「蛇?」
「ああ、胸に大きなキズがあったろ。ナイツ仲間じゃ、あれを蛇と言ってるのさ」
彼女は、リオも知っている有名人で、裸になれば身体中に大きなキズだらけだという。
「リオが相手してあげればいいのに」
「俺が? あれを? 冗~談!」
どうやら、彼の好みではないらしい。
ピンク色のマニューバが駐機場へ停まったので、シュラがそこに駆け寄ると、機体を降りた女の子に話しかけた。
「俺の戦いを見てくれたかい?」
「うん……凄いわね」
「君のマニューバだって、キチンと整備をすれば、あのぐらいの芸当ができるようになるんだよ!」
「本当に……?」
「もちろんさ! どうしても整備できる人間がいないなら、俺の街――エスランに来ればいい。ここからだと、ちょっと遠いけど凄い優秀な整備士がいるんだ!」
「……う、うん、考えておく」
ちょっと強引なシュラの誘いに、女の子がたじろぐ。
「俺は今日、ここに泊まってるからさ! 何か聞きたいことがあったら、訪ねておいでよ!」
「……」
(これって誘われてる? どうしよう……)
回りにいるナイツといえばオッサンばかりで、同年代のナイツは彼女にとっても珍しい。
若いナイツ見習いはいるのだが、仕事で会うことはない。ここにも沢山のナイツがいるが、シュラやこの少女と同年代のナイツは見かけないのだ。
もじもじしている女の子を置いて、シュラは飛行場の地下に潜った。
シュラが心配なのはマニューバであり、女の子はどうでもいいのだが、彼女は誤解しているようだ。
地下への階段を降りると、広がる薄暗い通路の上に、列をなして電球が並んでいる。
森から離れているこの地では、辺境で普通に使われている蛍草も、逆に高嶺の花。
普通に電球が使われていることが多い。
「リオは、ここに泊まったことがあるのかい?」
「ああ、何回かな。でも帝都は、なにもかも高いからなぁ。無理して、ここに泊まるより地方の街で泊まったほうが安い」
宿屋は食堂街よりさらに下層にあるらしい。
「高いけど、豪華ってわけじゃないんだよね?」
「その通り――まぁ、カレーは食えるけどな」
コンクリート製の暗い通路を歩くと、赤や黄色、オレンジなどの電飾に飾られた一角にやってきた。
「リオ、ここは花街地区じゃないの?」
「ここに宿があるんだよ」
嘘か本当か解らないが――ここを知らないシュラは、リオについていくしかない。
100mほど進むと、見えてきた宿の看板。そこを左に曲がると、通路の一角にプレハブのような宿のフロントがあり、婆さんが座っていた。
白髪を後ろでまとめて、首にふわふわの飾りがついた紺色のワンピースを着ている。
「おや、しばらくぶりだね」
婆さんは小さな老眼鏡をかけており、上目づかいでリオを見つめている。
「婆さんも生きてたか、結構しぶといな」
「あたしゃ100まで生きるよ――そちらは初顔だね」
「シュラです、よろしく」
「シュラ? もしかして、白い発掘マニューバに乗ってる若い衆かい?」
老婆の顔が、目に見えて明るくなる。
「まぁ、そうです」
「おやまぁ、これはこれは、今後ともご贔屓にお願いしますよ」
「なんだよ婆さん。俺の時と全然態度が違うじゃねぇか」
「あんたと一緒にするんじゃないよ!」
この婆さんは、マニューバとナイツに関しては、あらゆる情報に精通している生き字引のような存在らしい。
ここに座っているだけで、帝国中と辺境の情報が集まってくるのだ。
婆さんから、セラミック板がついた部屋の鍵を渡されて、その番号の部屋に行く。
宿賃は小銀貨4枚(2万円)。辺境に比べると、かなり高いが、朝晩の食事付きで酒代は別。
鍵をもらったので、リオと二人で部屋に向かう。
「あの婆さんも、元ナイツなんだぜ」
「え? なんて人?」
「え~と、青のナグネータ……だったかな?」
「ええ? 伝記が出版されているような、凄い有名な人なんだけど」
「みたいだな、はは――俺にはタダの婆さんだが」
鍵を挿して、扉を開けると真っ暗な部屋。ここは地下なので窓がない。本当に真っ暗なのだ。
シュラが困惑していると、隣の部屋から声が聞こえる。
「シュラ、入り口のすぐ横に、照明のスイッチがあるから」
「え? ああ、これか」
扉の横にあったスイッチを入れると、電球の明かりが点いた。
ぼんやりと光るオレンジ色の光に照らされる6畳ほどの部屋。
電球の光でオレンジ色かと思ったのだが、壁自体がオレンジ色で塗られているようだ。
部屋にはベッドと、小さなテーブルぐらいしかないが、入り口のすぐ横に小さな部屋が2つある。
開けてみると、トイレと、シャワーだった。
シャワーにはノブが2つある。ちょっとひねってみたら、頭上から水を被った。
「わっと! ち、ちょっと! あ~濡れちゃったよ」
シュラの家にもシャワーはあるが、雨水を貯めて引き込んだ簡易的なものだ。
濡れたシュラの所に、リオがやって来た。
「シャワーは赤いほうを捻るとお湯が出るからな。飯を頼むときは婆さんの所へ行け」
「ありがと」
色々と宿の仕組みを話すと、リオは自分の部屋に戻った。
早速、花街に繰り出すらしい。
(前もそうだったけど、花街に泊まるなら、宿はいらないと思うんだけど……)
タオルも備え付けがあるので、頭を拭くとベッドに寝転んだ。
横の壁をみると、鏡が据え付けられている。その鏡を見ながら独り言をつぶやく。
「ふう……色々とありすぎだな。さすが、遠出するといろんな経験ができるや……」
遠隔ユニットを持ってきているので、ゼロに話しかけてみた。
「ゼロ、ここでも聞こえるかい?」
『ああ、聞こえる』
「そういえば君を発見した遺跡でも、結構遠くから声が聞こえたからなぁ」
『感応通信は、障害物に左右されないからな』
「そうなの? それじゃ間に鉄の壁とか、セラミックの塊があっても平気?」
『そのとおりだ。だが理力の障壁があると遮断される』
(魔法を使った装甲みたいなものか? 軍艦には積んであるって聞いたことがあるな……)
シュラがベッドに寝転んだ頃、その部屋の前をピンク色のジャケットを着た女の子が通り過ぎた。
数歩進んで止まると、回れ右をしてシュラの部屋の扉をノックしようとしている。
「……」
ノックしようと手を上げたのだが、止めた。
それを繰り返していたのだが――。
(やっぱり、シャワーぐらい浴びたほうがいいよね……)
女の子は自分の部屋に行くと、照明をつけた。
彼女の部屋はリオの隣の部屋だが、彼は出かけてすでにいない。
ツインテールを解き――革でできた飛行服を脱ぐと白い肌が露出する。
小さな胸に、細い身体と脚。マニューバの操縦能力に男女差はないとはいえ、体力的には少々心もとない。
彼女の母親の急逝で、十分にトレーニングをする時間もなかったのだ。
小さな頃から、母親と一緒に飛びながらも、彼女はナイツになることに否定的な考えをしていた。
黄色いタオルで、髪の毛を濡らさないようにまとめると、シャワールームに入った。
お湯が流れる小部屋から、白い湯気が溢れる。
(こんなことになるなら、家からもっと可愛い服をもってくればよかった……)
お湯を身体に滴らせながら、彼女は少々後悔をしたが、ここには最低限の荷物しか持ってきていない。
シャワーから出ると身体を拭き、再び飛行服を着るが――今はこの服しかない。
下はツナギのようになっており、その上からピンク色のジャケットを羽織る。
ツインテールにしようとしたが、彼女の手が止まる。
ちょっと子供っぽいと思ったからだ。
(ちょっと恥ずかしいけど、前を開けてみようかな……)
ジャケットのボタンを外し前を開けてみる。
(おばさんのナイツがやっているように、ツナギのもっと下まで……)
その恰好のまま、壁にある鏡に姿を写してみる――。
「うわっ! エロッ! エロスギィ! これって見えちゃう!」
手で前を隠して、バタバタする女の子だが、覚悟を決めたようだ。
再度、鏡の前に立ち、ポーズをあれこれと決めてみる。
(どうみても――イケてるよね?)
女の子は両手を握り、フンス! フンス! と気合を入れると、部屋の外へ出て――シュラの部屋の扉をノックした。





