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14話 商人アロタール


 シュラが住むエスランに移動店舗艦がやってきた。

 この艦を助けたのが、シュラだと解ったので、急遽予定を繰り上げて訪問したのだ。

 それにともない街の外れの広場では、沢山の住民が集まる中、歓迎式典が開かれた。

 いつもは、街長が軽く挨拶して終了なのだが、今回はちょっと様子が違う。

 移動店舗艦の前には、沢山の人々が集まり大賑わいだ。


「凄い人出だね」

「うん! 皆が楽しみにしてたし。シュラがあの船を守ってくれたからだよ」

 シュラとマキが話していると――そこにレオナが割り込んだ。


「そうそう! 移動店舗の店主から、たっぷりとお礼がもらえるよ」

「別に、そんなの要りませんけど……」

「それでぇ――シュラ君。私、欲しいものがあるんだけどぉ」

 シュラに大きな胸を押しつけ、抱きついてきたレオナを、マキが引き剥がす。


「なんで、シュラがレオナさんに、ものを買ってあげないとダメなんですか!?」

「ええ~、いいじゃん」

「人の亭主を誘惑しないでください!」

「別に誘惑はしてないでしょ。おねだりしているだけだからぁ」

 レオナとマキが言い争っている向こうでは、街へやって来たスーパーマーケットの歓迎式典が続いている。

 仮設の舞台の上では、店主のアロタールと街長が握手。住民からの拍手と歓声を受けていた。

 それが終わると、街長がメガホンを持って、住民たちへ向かって叫んだ。


「ナイツのシュラ! この場にいるんだろ!? こっちへ来なさい!」

 いきなりの名指しである。やむを得ず、シュラは人混みをかき分け、舞台に上がった。


「「「おおお~っ!」」」

 集まった住民たちから、歓声の声があがる。


「あなたでしたか!? いや~ありがとうございます! 店主のアロタールでございます!」

 店主のアロタールが、シュラを両手をガッチリと握って握手してきた。


「はぁ……」

「移動店舗艦に搭乗している100以上の乗務員、全員の命の恩人です」

「ナイツの仕事をしただけですから」

「まさか、あなたのような若い方だとは、思っても見ませんでした」

「シュラは、数ヶ月前にナイツになったばかりで、レッサードラゴンも仕留めたのだよ」

 アロタールとシュラの会話に、街長が入ってきた。


「レッサードラゴン?! そういえば、辺境でドラゴンが仕留められと聞きました! それもあなただったのですか?!」

「ええ……まぁ」

「それだけではない。空賊も撃退し、この街を守ってくれた英雄なのだ」

 街長が、仰々しくに身振り手振りで自分の手柄のように話す。

 

「「「おお~っ!」」」

 街長の話に住民たちも盛り上がる。


(街長さん、演説が上手いからなぁ……)

シュラは、マニューバのことになると饒舌だが、普段は寡黙。自分から話しかけるタイプではない。

沢山の人々を話で丸め込み、納得させる――これは政治家として重要なスキルだ。


「それも聞きましたぞ! そうですか、あなたが!」

 店主のがぶり寄りに、シュラは押されっぱなしだ。元々、彼はこういう行事が得意ではない。

 

「ナイツ様には、とりあえずコレを――」

 アロタールが、金貨を2枚を差し出し、シュラに握らせた。日本円で40万円だ。


「これは?」

「虫の卸売代金です」

「ええ~っ! あれを売ったんですか?」

「そりゃそうですよ」


(さすが、商人だな。なんでも売ってしまうんだな……)


「だって、撃ちたてできも良かったしね! 最高だったよ!」

 アロタールとシュラの間に、甲高い声が割って入った。

 素肌に赤いベストを着て、正中線がヘソの下まで見えている服装をした――アロタールの娘、マリナンだ。


「君は……?」

「私は、アロタール商会の娘! マリナン! あなたが、あの白くて綺麗なマニューバのナイツなの?!」

「ええ、まぁ……」

「ねぇ! あたしとつき合わない!? あなたみたいなナイツが艦を守ってくれれば、無敵じゃない」

「これ、マリナン! ――とは言うものの、それは魅力的な話だ……」

 突然の娘の言葉に、驚いたアロタールではあったが、すぐに考え込んでしまった。

 じゃじゃ馬な娘に手を焼き、年頃だというのに浮いた話の一つもない。

 店や乗務員の男たちには、全く興味がないのだ。


(その娘が、興味をひく男がいるとは……)

 艦を助けてくれたナイツと娘が結ばれれば、商人としても面子が保たれるし、これ以上ない宣伝になる。

 それに、彼女とシュラに子供ができれば――。


(私の孫が、ナイツってことに……)

 商人の身内にナイツがいるとなれば、一目置かれる存在となる。

 護衛などの仕事も頼みやすいし、商会に多大な利益をもたらすことができる。

 これは、またとない機会チャンス

 

 商人たちは、損得勘定でそう考えるのだが、殊の外商人とナイツの婚姻は少ない。

 そのような政略結婚をナイツが嫌がる原因だが――。

 ナイツの信条である「飛びたいときに飛ぶ」「好きなところに飛ぶ」「自由気ままに」というのを邪魔されるからだ。


「いやぁ――俺、結婚しているんで……」

「ええ~っ!?」

 マリナンが叫ぶ。


(え?!)

 それを聞いたアロタールも驚いた。

 そのシュラの妻が、舞台の下にやって来て叫んでいる――マキから物言いだ。


「ちょっとぉ! なんで、皆で人の亭主を誘惑するの?!」

「マキ、冗談だよ、冗談」

「絶対に違うから!」

 マキは、シュラの言葉を全力で否定する。

 シュラを見つめる、マリナンとアロタールの視線が冗談ではないことを告げている。


 そんなことをやっていると、住民たちから野次が飛び始めた。


「アロタール商会よぉ! 命を助けてもらったのに、まさか金貨2枚ってことはねぇよな!?」

「そうだそうだ!」

大店おおだなの気概ってやつを見せてくれよ!」

「おお~っ!」「そうだそうだ!」

 野次に答えるように、アロタールがシュラに向かって言う。


勿論もちろんでございます! 金貨は、あくまで虫の卸売代金! さぁ、ナイツ様、なんなりとお望みのものをおっしゃってください」

「え~?」

勿論もちろん、金貨でもよろしいですよ」

「……それじゃ、移動店舗にある本屋から、本を10冊お願いします」

 シュラの提案にアロタールは、あっけに取られた。


「は? ――いやいや、それでは到底、私たちが助けていただいた、お礼になりません」

「ああ、それじゃ――取り寄せて欲しい本があるんですけど、それも含めてください」

「……もっと、他のものでもよろしいのですよ? そうだ! 先ほどの話に戻りますが、うちの娘はいかがでしょうか? 親の私が言うのもなんですが、器量もいいし、よく働きますよ! あなたほどのナイツなら、妻を複数持っても問題ないはず」

「やったぁ! お父さん公認よ!」

 マリナンが、ポニーテールを揺らして、シュラに抱きついた。


(あ――なにか、お香のような匂いがする)

 女に抱きつかれると、皆匂いが違う。マキは日向の匂いで、レオナは油や管虫のマニューバの匂いだ。


(これなら暗闇で抱きつかれても、誰か分るな)

 そんなどうでもいいことを考えていると、住民が沸く。


「「「おおお~っ!!」」」

 シュラよりちょっと年上で、背も高い姉さん女房っぽい組み合わせに、野次馬たちから歓声が上がったのだ。


「反対! 反対! おまえらふざけんなよぉ! 勝手に話を進めるなぁ!」

 下から怒鳴っているのは、いつの間にか舞台の下にやって来たレオナだ。

 叫ぶ彼女だが、それに今度はマキが噛みついた。


「ちょっとレオナさんには、関係ないでしょ!?」

「あるに、決まってるだろ!? 私のシュラ君よ!」

「私のシュラですぅ!」

 それを聞いた住民たちから、また歓声が飛ぶ。


「おおお~っ! いきなり三つ巴だぞ!」「さすが、辺境の英雄様だ」

「こりゃ、まだ増えるね」「おい、どのぐらいいくと思う?」

「そうだなぁ――ざっと二桁の大台に乗ると思うね」

「「「おおお~っ!」」」

 その無責任な野次に、レオナがキレる。


「お前ら、ふざけんなぁ! 殺すぞ!」

「レオナさ~ん、殺すとか言っちゃダメですよ……」

 台上からシュラがいさめるのだが……。


「うるさ~い!」

「もう! シュラ! 帰ろうよ!」

「いや、まだ店に入ってないし、買い物もしたいから」

 シュラに向かって怒るマキであるが、この店の来訪を、彼は数ヶ月前から楽しみにしていたのだ。


「アロタールさん――俺が受け取る礼は、なにか考えますので、あとでよろしいですか?」

「承知いたしました」


(そうだなぁ、やっぱり必需品といえば、マニューバの部品かな……)


 シュラはそんなことを考えながら、店主のアロタールに案内され移動店舗艦――スーパーマーケットの中に入った。


 スーパーマーケットの中はアーケードのようになっており、中心の大通路の両側に店が並ぶ。

 店は2階建てになっており、2階にも通路が左右に2本走っているが、真ん中が吹き抜けに――。

 そのまま船の外殻が天井になっていて、明かり取りの穴が開いているが――光量は十分ではない。

 艦内は薄暗いのだが、店の中には照明があるので商売には困っていないようだ。

 通路を沢山の住民たちが歩いて、買い物を楽しむ。閉鎖された空間なので、雑踏の音が艦内に響く。

 ここで使う電力用に大型の発電機を備えており、それを動かしているのは、もちろん無尽炉。

 炉に使う水は、街からレンタルした給水車によって運ばれている。


「アロタールさん、艦内に被害はなかったのですか?」

 シュラが、天井辺りをキョロキョロと見回す。


「ええ、おかげ様で、艦内に侵入する前に仕留めていただき、ありがとうございます」

「うちの親方も言ってたけど――なんで、こんなことになったの?」

 レオナの言葉に、アロタールの娘――マリナンが答えた。


「お客として乗っていた貴族のおぼっちゃまが、虫を撃ったのよ」

「あちゃー」

 レオナが上を向いて、掌で顔を覆った。

 帝都の中には虫などはいないため、樹海の生き物がどんなに恐ろしいものか、理解していないのだ。


「その貴族の方は?」

「そ、その虫に食われたらしく……」

 シュラの問に、アロタールが困った顔で、汗を拭き拭きしている。

 

「いかにも貴族って下品な恰好して、スケベそうな髭面。女の子みたいな従者を連れてさ!」

 マリナンが嫌そうな顔をして、吐き捨てる。

 

「え~? それってもしかしてあれ?」

 レオナもマリナンの言っていることが解っているようだ。

 

「そう! あれ!」

「従者の方は、女の子みたいだけど、男の子なんですよね? そういう女性向きの本が、移動店舗艦の本屋にも並んでますけど……」

「もちろん知っているけど、私は嫌!」

 人の趣味はそれぞれなので、他人からとやかく言われる筋合いはないが――貴族の軽率な行為で移動店舗艦そのものを危険に晒してしまった。

 それに関しては軽蔑されても仕方ない。


(こりゃ、移動店舗艦が帝都に帰ったら揉めそうだな……アロタールさんも気の毒に)

 シュラはアロタールを心配しているが、自分の心配もしなくてはならない。

 一緒についてきているマキの機嫌がずっと悪いのだ。


「マキ、服でもなんでも買ってあげるから、機嫌直してよ」

「う~」

「帝都で流行りの服も取り揃えておりますよ。シュラさん、お代は要りませんので、好きなものを購入なさってください」

 それを聞いたレオナが反応した。


「やったぁ! なんでも買ってくれるの?」

「シュラは私に買ってくれるって言ったんですぅ!」

「ねぇ、シュラ君――私にも買ってくれるよねぇ」

 レオナが、またシュラに抱きついてきた。


「レオナさんには、いつもお世話になっていますから、いいですよ」

「やったぁ!」

「もう! シュラったらぁ!」

「マキ、実際にレオナさんには、ゼロのことで物凄いお世話になっているんだよ」

 シュラが、彼のマニューバのことをゼロと呼んでいるので、皆もそれにならっている。

 自分のマニューバに名前をつけることは、さほど珍しいことではない。


「それは知ってるけどぉ……」

 それは、勿論もちろんマキも知っている。レオナじゃなければ、シュラのマニューバはいじれないのだ。

 そのぐらい特殊な機体で、並みの整備士では手も足も出ない。


「ねぇねぇ! ゼロって、あの白いマニューバのこと?」

 抱きついていたレオナを押し退けて、マリナンが寄ってきた。


「そ、そうですよ。俺の信頼できる頼もしい親友です」

「しかし、マニューバが来てくれたのはいいが、グライダーを曳航していたのを見て、かなり焦ったのですよ。よくぞあのような困難な場面で、虫を仕留めてくださいました」

 再び、アロタールがシュラに感謝の言葉を述べる。


「グライダーに乗っている方も、ベテランの方だったので無理が利きました」

「やっぱりねぇ――大店の商人ってのは、ツイているんだよねぇ」

 レオナが、ボソリとつぶやく。


「はは、勝負は時の運。運も実力の内――でございますよ」


 シュラはスーパーマーケット内の書店で、好きな本を20冊ほど購入。全部タダだ。

 本を抱えたシュラは、女に抱きつかれているときより、嬉しそう。

 マキには帝国で流行っているという、薄ピンクと白のワンピースを買う。

 胸のところについた大きなリボンが特徴だ。

 レオナは、白く染められた革のブルゾンを選んだ。まともに買うと金貨1枚(20万円)の代物である。


「黒い革だと、外で暑くてねぇ」

「そんな理由なんですか?」

「私は、実用一点主義よ? それに、マニューバいじるのに、お洒落なんてしてられないし」


(レオナさんは美人だし、スタイルもいいんだから、お洒落してもいいと思うけどなぁ)


「シュラさん、買い物はこれだけでよろしいのですか? まだまだ買ってよろしいですよ?」

 シュラは、しばし考えていたのだが、思い切って提案してみることにした。


「無理なら構いませんので、廃品のマニューバは手に入りませんかね? 炉とかは無くてもいいので……」

「マニューバでございますか? う~ん……」

「それって! 私用?」

 レオナが再びシュラに抱きついてきた。


「そういうわけではないんですが……バラバラの部品でもいいですよ。翼だけとか、胴体だけとか……」

「承知いたしました。手を尽くしてみましょう」

「ああ――それから――」

 シュラは、キラキラ商会で売っているマヨネーズの卸売を、彼に提案してみた。


「ほう! 隣街でも、その話は聞きましたぞ? 辺境で、ものすごく流行っているらしいではありませんか?」

「そうです。もしかしたら、辺境から帝都へ売ることができるかもしれません」

 シュラは、外にいるキラの露天から、マヨネーズとサンドイッチを持ってきてくれるように、マキに頼んだ。


「解った!」

 走っていくマキの後ろ姿をアロタールがじっと見ている。


「ずいぶんと働き者の奥方様のようですねぇ」

「ええ、俺の無茶を支えてくれています。俺がナイツをできるのも、彼女の支えがあってこそです」

「羨ましい……私の妻などは……」

「お父さん! あの女の話は止めて!」

 いきなり、マリナンが話に割って入ると、怒りをあらわにした。。


「マリナン、お母さんのことを悪く言うもんじゃないよ」

「お父さんを捨てて、他の男と出て行った女になにを遠慮するのさ!」

 彼女は、腕を組んでそっぽを向いてしまった。


「妻は――商売一途な私に嫌気が差したのでしょうなぁ……」


(……朝から晩まで、マニューバ三昧の俺も気をつけなきゃ……)

 ちょっと気まずいネタになってしまい、シュラたちが沈黙していると、マキがサンドイッチを持って戻ってきた。

 そしてキラも一緒である。


「アロタールさん――こちらが俺の親友で、マヨネーズを売っているキラキラ商会のキラです」

「キラです! よろしくお願いします! いつか、アロタールさんみたいな大店になるのが、俺の夢っす!」

 キラとマキが、サンドイッチを彼に差し出した。


「ははは、それはなんとも頼もしい。なにはともあれ、いただいてみましょうか」

「あたしも食べる!」

 皿にあったサンドイッチをマリナンが手づかみした。


「これ! はしたいない!」

「美味しい! お父さん! これ、美味しいよ!」

 マリナンがサンドイッチを咀嚼しながら、声を上げた。


「ほう、味にうるさいマリナンが褒めるとは……むっ! これは確かに美味い! そして手づかみで食べられるということは、忙しい時にも簡単に食事が摂れる――ということ」

「そうなんです。俺もマニューバに乗りながら、妻が作ってくれたサンドイッチを、いつも食べてますよ」

「これは、サンドイッチというのですか……なんとも不思議な響き……それに間に挟まっている白いソースが決めてというわけですね」

「それが、マヨネーズですよ」

 シュラの言葉に、アロタールが唸っている。

 僻地で採れる虫の卵を使っているので、白いマヨネーズなのだ。

 高価だが鳥の卵もあるので、それを使えば黄色いマヨネーズもできる。


 皆が唸るサンドイッチとマヨだが、これを売ると言っても、近場ならなんとかなるが移動店舗艦の行動範囲は途轍もなく広い。

 その範囲は数千キロにも及ぶ。とてもじゃないが、キラキラ商会から卸すことは不可能だ。


「それでは、この白いソースの製造法の権利――という話になりますな」

「ちょっとまってください」

 黙って話を聞いていたキラが手を上げた。憧れの大先輩の前だが、意を決して発言をするようだ。


「キラ、どうしたんだい?」

「このソースを考えたのは、そこにいるシュラなんです! お前が、直接アロタールさんと取引すればいいだろ?」

「俺のマヨネーズの権利は、キラに売ったんだから、キラが交渉すべきことだよ?」

「うう……そう言われればそうなんだが……」

「それに、キラにお金が入ってくれば、その分から俺のところにも、入ってくることだし」

「た、たしかに……」

「――というわけでだ! アロタールさんとの交渉はキラがやってくれ。どういう契約でもいいよ。キラの自由だ」

「ええ~っ!」

 いつも威勢がよく、いつかは帝都へ――なんていきがっているキラが、借りてきた猫みたいになっている。


「はは――それでは私の部屋で商売の交渉といきましょうか?」

「……は、はい」

「キラ、頑張れよ!」

 シュラにそう言われて、彼はかなり困った表情をしているが、いつかは通る道。

 それが、予想より早くやって来ただけで、商売は一期一会。チャンスをものにできねば、商人としてはそこで終了。

 彼もそれを理解しているので、堂々と歩くアロタールの後ろを、背中を丸くしながらついていく。


 新米、ベテラン、小店、大店――商人は商人だ。

 ――そうは言っても、15歳の駆け出し商人と、40を過ぎたベテラン商人とでは、ちょっと分が悪い。


(俺はナイツで、商人じゃないからね)


「キラ、大丈夫かな?」

 マキが心配そうに、キラの背中を見ている。


「アロタールさんも、悪いようにはしないだろ。艦を守った恩人の親友だって言ったんだからさ」

「ああん、シュラ君も結構悪よねぇ」

「レオナさん、人聞きの悪いこと言わないでください」

 はしゃいでいるのか、レオナがペタペタとシュラの身体を触ってくるので、手をはねのける。

 絡み合っているシュラとレオナの前に、マリナンがやってきた。


「さっきの話なんだけど、私はこの艦と一緒に数ヶ月ごとにやってくるから、その時にシュラが相手をして? 現地妻ならぬ、現地夫ね」

「ちょっとちょっと、それって冗談なんですよね?」

「酷~い! 冗談なんかで、こんなことを言うはずがないでしょ? あたしのことを助けてくれたのに、嫌いなの?」

「いやぁ、好きとか嫌いという段階では――なにせ、さっき会ったばっかりなのに……」

「あたしはぁ――あなたに助けられてから、あなたのことばっかり思っていたのよ?」

 そこに、マキが割って入った。


「シュラは私のものなんだからぁ!」

「あたしだってねぇ、アロタール商会の跡取りを産まないとダメなんだから、必死なんだよ!」

「そんなの、こっちの知ったことじゃないですぅ」

「マキ、跡取りの話は置いておいても、帝国で10本の指に入るアロタール商会と知り合いになって、損はないと思う。マニューバの部品だって手にいられるだろうし」

「それは――そうね。ギュオールの親方が探すよりは、良いものが見つかるかも」

 シュラの提案に、レオナが顎に手を当ててうなずいている。


「そうそう! やっぱりシュラは解ってるぅ! 奥方も――夫の仕事のために協力すべきなのでは?」

「そんなこと言われなくても、いつも、ちゃんと協力してますぅ!」

 マリナンとマキの間に火花が飛ぶ。


(はぁ……他のナイツもこんな感じなのだろうか? でも、リオは相手がいないって話だったしなぁ)

 シュラは言い争う女たちを見ながら、赤いマニューバに乗っていた、彼のことを思い出してた。


 ------◇◇◇------


 アロタールとキラの交渉は成立したようだ。

 マヨネーズの製法を金貨100枚(2000万円)で売り、そして年の売上の10%をもらう。

 キラキラ商会に入ってくる金からシュラが10%をもらう。

 例えば、アロタール商会の売上が1000万円だとすると、キラキラ商会へ入ってくる金は100万円。

 そこから、シュラに入ってくる金は10万円――ということになる。

 計算では簡単だが、アロタール商会は帝国でも十指に入る大店だ。

 キラの商会とは、売り上げが2桁も3桁も違う。


 そのぐらいの大金が、キラの下に舞い込む。


(キラは大丈夫かな?)

 心配するシュラだが、キラは意外と慎重派で堅実だ。

 それに、いずれはマヨネーズの製法がバレてしまい、他の商人たちも扱うことになる。

 その時、次の商品が開発できないと、キラの商会も行き詰まってしまう。


「大丈夫! そんなの解ってるって!」

 キラのその言葉を聞いて、シュラも一安心した。

 親友の門出に喜ぶシュラだが、彼の今後を決めるともいえる大きな契約をしたというのに、キラは悔しそうだ。

 彼の話では――たくみな交渉術で値切られてしまったらしい。

 彼が地団駄を踏むのだが、悔しいのは、それだけではないようだ。


「なんで、シュラのところばっかり綺麗なお姉さんが寄ってくるんだよ!」


(そんなことを言われてもな、こっちは結構困っているのに……)


「大丈夫だよキラ。キラキラ商会が大店になれば、よりどりみどりだ――と言いたいところだけど、帝国でも有数の大店のアロタールさんでも、奥さんに逃げられているようだし……」


 悔しがるキラであるが、今でもマキのことを想っているのは、シュラも知っている。

 キラを親友だと断言する彼であるが、マキのことだけは譲ってやるつもりはないのだ。

 


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