Episode 41:後編
Episode 41:後編
「光を繋ぐアンサー(E-Y-E-S)――雨上がりのチェックメイト」
廃化学工場の罠と、見えない敵
キキィィィーーーッ!!!
ハナコ・ハート刑事の操る覆面パトカーが、ロンドン東部の深い霧に包まれた、廃化学工場の錆びついたシャッターの前に滑り込んだ。
工場内は不気味なほど静まり返り、かつての化学溶剤の臭いと、微かに「バイクのオイルの臭い」が混ざり合って漂っている。
ハート刑事は特殊電波測定器を構え、鋭く周囲を警戒した。
「ホームズ、バーバラちゃん、気をつけて。マックスちゃんが足音で教えてくれた座標は確かにここよ。でも、工場全体に生体電流をジャミングする特殊な『視覚遮断ミスト(シャドウ・ベール)』が張られていて、ライトの光が1メートル先も通らないわ!」
(ふむ。白猫の配下ども、追っ手の『視界』を完全に奪って返り討ちにする算段か。だが、彼らは致命的な計算違い(バグ)をしている。この盤面において、最も頼りになる目撃者は――人間の『目』ではない!)
「ワン! ワンワンッ!」
ホームズの合図とともに、パトカーの後部座席から、主人のアタッシュケースを奪還するために自ら志願して同行した盲導犬マックスが、静かに床へと降り立った。
バーバラの「聴覚ルート解説」と、12秒の逆転劇
「ハナコ姉様、ホームズ様、明かりをつけちゃダメだべ!」
工場の入り口で、バーバラが、聴き耳を立てて、素直な五感で闇の奥の音を聴き取っていた。
「マックスちゃんが、暗闇の中で小さく足元をトントンと叩いてるべ。これは『遮断ミスト』のノズルが回転する、右から左への『振り子音』のタイミングを測ってるんだべ! この音が止まるわずか**【12秒間】**だけ、ミストの密度が薄くなって、犯人のバイクの排気口の熱源が丸見えになるべ!」
(その通りだ、バーバラ君! マックス君の『E-Y-E-S』は、音を映像に変える驚異的な空間認知能力だ。君の素直な聴覚トレースのおかげで、闇の中に隠れた犯人の喉元へのルートが完全に繋がった!)
「ブロックのパズル(E-Y-E-S)が示していたのは、肉眼を超えた『心と五感の瞳』だったのね!」
ハート刑事は、闇の向こうへ向かって全身のバネをノーリミッツに引き絞った。
「バーバラちゃん、マックスちゃん、カウントをお願い! 私のヤード流のキックで、闇の元凶を物理的にブチ破るわ!」
「いくべ! 3、2、1……今だべ!」
美しき雨上がりのチェックメイト
「てりゃぁぁぁーーーーっ!!!」
ハート刑事の閃光のような連続回し蹴りが、暗闇の中で正確に「熱源の座標(ノズルの制御盤)」へと炸裂した。
ドガシャァァァン!!!
制御盤が粉砕され、工場内を満たしていた視覚遮断ミストが、一気に向きを変えて屋外へと排出されていく。
一瞬にして視界が戻ったその瞬間、奪われたアタッシュケースをデータ転送機にかけようとしていた引ったくり犯の男たちが、驚愕の表情で立ち尽くしていた。
(そこだ、マックス君! 君の主人の誇りを取り戻すんだ!)
「ワンッ!」
ホームズの号令と同時に、ラブラドールのマックスが、巨体に似合わぬ電光石火の突撃を敢行! 犯人のボスの腕にガブリと噛み付き、アタッシュケースを床へと叩き落とした。
怯んだ残りの犯人たちには、ハート刑事の「キレ」のあるヤード流・捕縛術が容赦なく炸裂し、瞬く間に全員が床へ組み伏せられた。
光を取り戻したヤード
夕暮れ時、スコットランドヤードのロビー。
返還されたアタッシュケースを愛おしそうに抱きしめるアーサー・グレイ氏の足元で、マックスは誇らしげに尾を振っていた。
「ありがとう、刑事さん、そして賢い探偵犬諸君。マックスの『目』が、私に最高の奇跡を連れてきてくれました」
アーサー氏がマックスの頭を優しく撫でると、マックスは嬉しそうに「クゥーン」と鼻を鳴らした。
事件解決後、ヤードのテラスで、ホームズは雨上がりの美しいロンドンの夕焼け空を見上げていた。
ふと、隣のビルの給水タンクの影に、夕日に向かって静かに毛繕いをする「一匹の白猫」の後ろ姿が見えた気がした。
奴は、完璧に被害者の目を盗んだはずの引ったくり計画が、人間の視覚に頼らない「盲導犬の瞳(EYES)」と、それを素直に信じたバーバラの五感、そして名探偵のロジックによって完璧に打ち破られたことを悟り、フッと満足そうに喉を鳴らすと、路地裏の影の中へと溶けるように消え去っていった。
(モリアーティ……。どれほど人間の『盲点』を突こうとも、心で繋がった我々の『正義の瞳』を曇らせることはできん。今回も、私の勝ちだ)
「ワン!」
晴れ渡った大英帝国の空に向かって、世界一知的な小さきポケット・ビーグルが、勝利の声を高く響かせた。
ハート刑事とバーバラ、盲導犬との完璧なチームワークで光を守り抜いた凸凹バディの絆は、どんな暗闇よりも強く、そして美しくロンドンの街を照らし続けるのだった。




