Episode 40:中編
Episode 40:中編
「盲点のハブ(W-A-T-C-H)――繊維工場の高煙突と、11ミリのキレ」
視線が交差する「煙突の特等席」
キキィィィーーーッ!!!
ハナコ・ハート刑事の操るヤードの覆面パトカーが、ロンドン東部の工業地帯に佇む、廃業した古い繊維工場の敷地へと滑り込んだ。
赤レンガ造りの巨大な工場跡地。その中央には、かつての栄華を物語るように、高さ50メートルを超える巨大な給水煙突がロンドンの曇り空へ向かって一本、厳かにそびえ立っていた。
ハート刑事はダッシュボードの広域電波モニターの波形を厳しく見つめた。
「ホームズ、バーバラちゃんの読み通りよ! ロンドン中の『キャットウォーク(高所の足場)』に配置された1万匹の野良猫たちの視線データ(生体トラフィック)が、この巨大煙突の最上階に向けて集中しているわ!」
(ふむ。白猫モリアーティは、この煙突の頂点に設置された古い気象観測用アンテナをハッキングし、猫たちの視覚データを一括処理する『マスター・ハブ』に改造したな。そして、そのアンテナの傍らに座り、システムを統括しているのが……奴の右腕(ボス猫)だ)
ホームズが助手席から窓の外を見上げると、煙突の最上部に巡らされた細いキャットウォークのキャットウォークの上に、オッドアイの白猫ほどではないが、異様な風格をまとった巨大な長毛のメインクーンが、悠然と街を見下ろしているのが見えた。
バーバラの素直な「高所構造解説」
「ホームズ様、ハート姉様、あの煙突のキャットウォークに近づくには、ただハシゴを登るだけじゃ絶対に駄目だべ!」
後部座席からデータノートを抱えて飛び出してきたバーバラが、素直で冷徹な視線で建物の構造を指差した。
「あの煙突の周囲、猫たちの『視線(W-A-T-C-H)』の角度が完璧に交差して、生体レーダーの防壁になってるべ! 人間が不用意にハシゴに手をかけたら、その瞬間に侵入者として検知されて、ロンドン中の猫たちの網膜が一斉にフリーズ。サーバーのデータが瞬時に暗号化されて高飛び(バックアップ)されちゃうべ!」
(その通りだ、バーバラ君! 白猫のシステム(W-A-T-C-H)は、逆算すると『視覚の死角』を1点だけ残している。ハシゴを登るのではなく、煙突の構造計算の隙間――ナッシュの時代から残る古い『蒸気逃がし弁』の振動サイクルに、こちらの動きを完全に『同期』させるしかない!)
「ブロックのパズル(W-A-T-C-H)が示していたのは、監視をかいくぐるための『正確なタイミング(時計の針)』だったのね!」
ハート刑事は、ルブタン・スニーカーの真っ赤なソールをカチリとレンガの床に響かせ、煙突の基部にある巨大な鉄製バルブの前で身構えた。
「バーバラちゃん、あのメインクーンの首の角度を測って! 私のヤード流のキック力で、蒸気弁を一時的にロックして死角を固定するわ!」
「いくべ、ハナコ姉様! 奴が東を向く瞬間……3、2、1……今だべ!」
「てりゃぁぁぁーーーーっ!!!」
ハート刑事の電光石火のキックが、基部のバルブへと炸裂。凄まじいプレッシャーでレバーが固定され、煙突の頂上から「プシューーー!」と一筋の白い蒸気が噴き出した。それがメインクーンの視界を一瞬だけ物理的に遮る!
名探偵、空へ駆ける(キャットウォーク・フライト)
(見事だ! 視界が遮られた時間はわずか**【11秒】**! バーバラ君、ハート君、私の背中を上空へ射出してくれ!)
「ワン! ワンワンッ!」
ホームズの合図と同時に、ハート刑事がホームズを小脇に抱え、ヤードのレスキュー用・高圧炭酸ガスランチャーのトリガーをノーリミッツに引き抜いた!
「行ってぇぇぇーーー、ホームズ!!!」
ボンッ!!!
白い蒸気のカーテンを突き破り、小さなポケット・ビーグルが、11ミリの狂いもない完璧な放物線を描いて煙突の最上部へと打ち上げられた。
短い四肢が、高さ50メートルの細いキャットウォークの鉄格子をガチリと捉える。
目の前には、蒸気に驚き、鋭い牙を剥いて威嚇する巨大なボス猫。
ロンドンの空を支配する1万の瞳(W-A-T-C-H)を完全シャットダウンするための、空中での終局の戦いへ向けて、名探偵の論理の牙が今、暗雲の隙間から閃光のように輝き出す!




