Episode 38:後編
Episode 38:後編
「美しき王立のチェックメイト(C-H-E-S-S)――1815年、終局のリージェンツ・パーク」
第三・第四の駒:132秒の連鎖と、キャロリンの境界線
「1668マイナス1536――差分は**【132秒】**だべ! ハート姉様、この静電気の霧がグリーン・パークへ連鎖する前に、132秒間だけこの高電圧フィールドのメインヒューズをバイパス(迂回)させなきゃいけないべ!」
ハイド・パークのスピーカーズ・コーナー。バーバラの素直な歴史計算が、白猫の「第2の手」の解除法を完璧に導き出していた。
「132秒の耐久戦ね、任せなさい! ヤードの特殊絶縁グローブ(ノーリミッツ)を装着完了よ!」
ハート刑事はパトカーのトランクから防電装備を引っ掴むと、激しく火花を散らす記念碑の裏の制御盤へ飛び込んだ。
「てりゃぁぁぁーーーーっ!!!」
ガチリ! と絶縁工具を噛み合わせ、電流の直撃に耐えること正確に132秒。
「……130、131、132! 遮断成功だべ!」
バーバラの合図と同時に静電気の霧が霧散する。だが、ホームズの鋭い耳は、さらに西の地から響く地鳴りのような超低周波をとらえていた。
(休む暇はないぞ! 第3のマス、1668年のグリーン・パークのパルスは、すでに第4のマス――1728年にキャロリン王妃がハイド・パークから分離・造営した『ケンジントン・ガーデンズ』の宮殿境界線へと到達している!)
「ワン!」
ホームズの誘導で、3人は息をもつかせずケンジントン・ガーデンズへ急行。キャロリン王妃の造営した美しい庭園の境界線上で、歴史の差分(1728マイナス1668=【60秒】)の猶予を使い、ハート刑事の正確無比なヤード流・ピンポイントキックが地下の光ファイバーの異常同期を物理的に切断した。
これで残るはあと1手。1811年、建築家ジョン・ナッシュが設計した近代都市計画の結晶――
「リージェンツ・パーク」のみとなった!
最終局:1811年、リージェンツ・パークの王手
キキィィィーーーッ!!!
ハート刑事のパトカーが、リージェンツ・パークの中央にあるバラ園「クイーン・メアリーズ・ガーデン」の前に滑り込んだ。
すでに時刻は夕暮れ。美しいバラのアーチの奥、ナッシュが設計した精緻な幾何学模様の噴水広場から、ロンドンの全金融オンラインシステムを人質にとった「最終電磁パルス」が、まさに空へ向かって放射されようとしていた。
噴水の中心には、ホログラムで投影されたチェスの「白きクイーン」の駒が、名探偵を嘲笑うように妖しく輝いている。
「ホームズ様! これが最後の王手だべ! 1811年(一般公開は1845年)のリージェンツ・パークの基点を止めなきゃ、ロンドンの電脳経済が完全にチェックメイトされるべ!」
バーバラが地図を広げ、最後の歴史データを読み解く。
「でもバーバラちゃん、最終の差分(1811マイナス1728)は**【83秒】**よ! でも、噴水の周りの電磁防壁が強すぎて、タイマーの制御盤に近づけないわ!」
(ふむ。白猫め、最終局にふさわしい完璧な防御を敷いてきたな。だが、バーバラ君が言った『一般公開は1845年』という歴史の『裏のタイムライン』……これこそが、白猫が隠し持っていた真のバグ(隙)だ!)
「ワン! ワンワンッ!」
ホームズは、噴水の外周にある「1845」の刻印が入った古い排水口を前足で激しく叩いた。
「あっ、そうだべ!」
バーバラがハッと目を輝かせる。
「ジョン・ナッシュが設計を始めた1811年じゃなくて、一般に広く開放された**【1845年】が、このパズルの本当の終局点だべ! 1845マイナス1728――本当の差分は、83秒じゃなくて【117秒】**だべ!」
(その通りだ! 白猫はあえて設計年の『83秒』で電磁防壁が自爆するように見せかけ、ヤードが解除を諦めるように誘導した。だが、真の解除コードは、民衆に開放された117秒の歴史の重み(タイムライン)にある!)
美しき王立のチェックメイト
「歴史の真実(117秒)のルート、完全にロックオンしたわ!」
ハート刑事は、ルブタンのスニーカーの真っ赤なソールを夕日にきらめかせ、噴水の外周を流れるように疾走した。
「バーバラちゃん、117秒のカウント開始! 白猫の歪んだチェックメイトを、ノーリミッツにひっくり返すわよ!」
「いくべ! 3、2、1……スタートだべ!」
ハート刑事のキレのあるステップが、1845年の排水口の奥にある、真のシャットダウン・レバーを確実に捉えた。
「てりゃぁぁぁーーーーっ!!」
カチ、カチ、カチ、カチ……。
バラ園に、バーバラの正確なカウントと、ハート刑事のブレないホールドの静寂が響き渡る。
そして、運命の117秒――。
ピピィーーーーッ!!!
ホログラムの白いクイーンが粉々に砕け散り、ロンドンの金融街を揺るがしていた電磁パルスは、一光のチリとなって完全に消滅した。リージェンツ・パークに、穏やかな夕暮れの静寂が戻ってきたのだ。
盤面の外の勝者
「やったべーーー! ロンドンの街のチェックメイト、大成功だべ!」
バーバラが飛び跳ねて喜び、ハート刑事もホームズを抱き上げて誇らしげに胸を張った。
「見事な歴史の読み解きだったわ、ホームズ、バーバラちゃん! 私たちの正義のコンビネーションの勝ちね!」
ホームズはハート刑事の腕の中で、夕日に染まるリージェンツ・パークの木々を見つめていた。
ふと、遠くのナッシュの美しいテラスハウスの屋根の上に、夕暮れの光を浴びて佇む「一匹の白猫」の影が見えた気がした。
奴は、自分の精緻な歴史パズルが、ポケット・ビーグルの論理と、人間の素直な歴史解釈によって完璧に破られたことを悟り、フッと満足そうに尾を揺らすと、影の中に溶けるように消え去っていった。
(モリアーティ……。どれほど広大なロンドンをチェス盤に見立てようとも、この街の歴史と民衆の足跡を忘れた貴様のロジックは、最初から詰んでいたのだ。今回も、私の勝ちだ)
「ワン!」
バラの香りが漂うリージェンツ・パークに、世界一知的な名探偵の生の声が一鳴き。
ハート刑事の大ボケを封印し、バーバラの素直な知性と3人の完璧なチームワークでロンドンの危機を救った凸凹バディの絆は、歴史ある王立公園の空よりも深く、そしてどこまでも美しく輝くのだった。




