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Episode 35:後編

Episode 35:後編


「紙吹雪のメッセージと、無言のチェックメイト(L-O-V-E)」

アナログの限界と、忍び寄る「白い影」


(……手も足も出んとは、まさにこのことか)


ヤードの片隅。ホームズの目の前には、最新のタブレットの代わりに、古びた英字新聞とプラスチック製の「知育アルファベットブロック」が転がっていた。


よだれを滴らせた渾身の告白は金庫の奥に封印され、ハート刑事は「反省しなさいね」と言い残してパトロールに出てしまった。


電子の海を奪われ、文字通りただの「しゃべれない子犬」に退化させられた名探偵。


だが、最悪のタイミングとは重なるものである。

ヤードの窓の外、霧の向こうの街灯の上に、一匹の美しい白猫が静かに舞い降りた。

オッドアイを妖しく光らせるその首元には、小さな遠隔点火装置付きの「ジャミング爆弾」が括り付けられている。


(モリアーティ……! 私が通信手段を失ったこの瞬間を狙って、ヤードの中央管制室を物理的に爆破し、ロンドンの全セキュリティをマヒさせる気か!)


白猫はフッ、と嘲笑うように鳴くと、爆弾を窓際に残して夜の闇へと消え去った。タイマーのカウントダウンが、静かに刻まれ始める。残り時間はわずか3分。


ハート刑事の「新聞紙(LOVE)超翻訳」

「ただいまホームズ! 街頭指導の報告書(写真記憶)をまとめに来たわよ。……って、あら?」


外出から戻ったハート刑事がオフィスに入るなり、目を見開いた。

そこには、必死の形相で英字新聞をズタズタに引き裂き、前足と口を使って床一面に特定のアルファベットブロックを並べ替えているホームズの姿があった。


並べられた文字は4つ。


[ L - O - V - E ](ラブ / 愛)


ホームズは、窓際にある爆弾の危険(※LOVEの文字を反転させると、ヤードの暗号コードで『低周波爆発物:EVOL』の座標を指す)を必死に伝えようとしていたのだ。


対面からその文字盤(床)をスキャンしたハート刑事は、両手で頬を染め、ポニーテールを激しく揺らした。


「『E』『V』『O』『L』……エヴォル! 進化エボリューション! ……あーーーーっ!」


(なぜだぁぁぁーーー!! 爆弾の危機を知らせているのに、なぜ私の愛が新しいステージへ進化する話になってしまうんだ!! 普通に『LOVE』と読みたまえ!!)


「分かったわ、ホームズ! これは、タブレットを没収されたあなたの『エゴ』『バイオレンス』『オファリング』『ラブ』……つまり、**『言葉にできない愛のエネルギーを、野生の進化キックに変えて、窓ガラスごとすべてを粉砕しろ』**っていう、情熱のプロポーズ・コマンドね!?」


(違う! プロポーズではない! ……いや、待て。ハート君の言っている『窓ガラスの粉砕』……。あの白猫が爆弾を設置したまさにその窓枠、あそこのラッチは旧式で、外側からの衝撃に極めて弱い。もし彼女の規格外の脚力で窓ごと爆弾を外へ蹴り出せば、爆風はテムズ川の空中で霧散する……! ハート君、君の野生の進化翻訳はもはや完全に狂気の沙汰だが、破壊すべき『脱出口ベクター』の選定だけは、やはり世界一の名探偵(私)と1ミリの狂いもない!)


無言のフィナーレ、コンマ秒の迎撃

「あなたの不器用なラブレター、確かにハートの奥底でディープラーニングしたわ! いきますよ、エボリューション・キック!!」


ハート刑事は、床に散らばった英字新聞の紙吹雪をルブタンのヒールで激しく踏み荒らしながら、重力を完全に置き去りにした超高高度の跳躍を披露した。


彼女の脳内(写真記憶)では、飛び散る新聞紙のインクの文字さえも、愛のカウントダウンの演出へと変換されている。


タイマーは残り「00:01」――。

(今だ、ハート君! ロンドンの平和を、君のそのまっすぐな正義に委ねるぞ!)


「ワン!」


ホームズは最後の力を振り絞り、床の「E」のブロックを頭で思い切り突き飛ばし、窓の鍵の真下へと滑り込ませた。それがハート刑事の踏み切り位置の完璧なガイドライン(座標)となる。


「てりゃぁぁぁーーーーっ!!!」


ハート刑事の、軸足が1ミリもブレない完璧な空中二段後ろ回し蹴りが、ヤードの強化窓ガラスのフレームを直撃!


バリバリバリシャーーーン!!!


凄まじい脚力の衝撃により、窓枠ごと弾け飛んだモリアーティの爆弾は、ロンドンの霧深い空へと放り出された。


そのコンマ二秒後、テムズ川の上空で「ドガァァァン!」と激しい炎が上がったが、ヤードの建物には傷一つ付かなかった。


静寂が戻ったオフィスで、ひらひらと舞い落ちる新聞紙の雪の中、ハート刑事が美しく着地する。


伝わらないメッセージ、だけど確かな絆

「ふぅ……。やっぱり私のホームズは世界一の相棒ね! 素晴らしい防犯演習だったわ!」


ハート刑事が、床で行き倒れるようにへたれ込んでいるホームズを優しく抱き上げた。


結局、ホームズが最新タブレットに命がけで綴った「長い告白のログ」は、バッテリー切れの電子の闇に消え去り、床に並べた「LOVE」の文字も、彼女の超絶ポジティブな脳内回路によって『窓破壊キックのサイン』として処理されてしまった。


名探偵としての真実は、何一つ伝わっていない。


(……やれやれ。大英帝国のいかなる難事件も解き明かしてきたこの私が、たった一人の女性(相棒)に本当の言葉を届けることすらできんとはな。……文明の利器など、私たちの前には形無しだ)


ホームズは、トレンチコートの袖についた新聞紙のクズを前足でそっと払うと、ハナコの胸元に小さな鼻をうずめた。


「でもホームズ、そんなにお留守番が寂しかったのなら、明日からはパトロールにブロックも全部持って行きましょ!」


(……それだけは絶対にやめてくれ、ハート君。重いし、何よりこれ以上私の『文字』を凶器に翻訳されたら、ロンドンの街がいくつあっても足りんからね……)


「ワン」と、どこか諦めの混じった、しかし世界で一番愛おしそうな生の声で一鳴きする名探偵。

デジタルを失い、再びアナログの不自由さに戻った凸凹バディ。しかし、その胸の鼓動のシンクロ率は、ロンドンのどんな最新ネットワークよりも深く、確かに結ばれているのだった。

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