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Episode 4:後編

Episode 4:後編


狂った歯車

チチチチチチチチ……!


時計塔の内部から響くのは、優雅な鐘の音などではなかった。

それは、心臓を鋭く抉るような、

冷徹な機械式タイマーの駆動音。


火花を散らす文字盤の裏側で、

巨大な真鍮の歯車が異常な速度で噛み合い、火花を散らしている。


「な、何これ!? 時計が暴走してる……!?」

ハート刑事は銃を構えたまま、

激しく火花を散らす文字盤を見上げた。


ホームズはすぐさま文字盤の隙間から、内部の構造を凝視した。

犬の驚異的な動体視力と、生前の天才的な観察眼が、

瞬時にその『仕掛け』を見抜く。


(……やはりな。ただの爆弾ではない。

時計塔の機構そのものを利用した、遅延式の破壊装置だ。

文字盤の針が『12時5分』を指した瞬間、

メインの信管が叩かれる!)


残り、あと5分。


(ハート君、応援を呼べ! ここは数分後に消し飛ぶ!)

ホームズはハートのトレンチコートの裾を必死に引っ張った。


「ワン! ワンワンッ!」


「えっ? ホームズ、中に入れって言ってるの!?」


(違う! なぜ君はそう、常にデッドオアアライブの

『デッド』側を選択しようとするんだ!)


しかし、ハートの『写真記憶』が、別の違和感を捉えていた。

彼女はスマホのライトで、時計塔の入り口の地面を照らす。


「待って、ホームズ……見て。この泥の跡」


そこには、いくつもの重い足跡と、

何かが引きずられたような跡があった。


「これ、誘拐された新聞配達員さんの靴跡と同じ……。

でも、それだけじゃない。

ほら、この革靴の跡。

これって、昨日データベースで見た、

あの『M』の筆跡が残されていた事件の現場にあった足跡と、

ミリ単位で一致してる……!」


(何……?)

ホームズはハッとした。モリアーティ(白猫)

がここにいたのは間違いない。だが、

猫の足でこれほどの泥をこねくり回せるはずがない。


(そうか……! 奴は『手足』を雇っているのだ。

前と同じように、自らは手を汚さず、

人間の犯罪者をチェスの駒のように動かしている!)


「中に誰かいるかもしれない……! 私、行ってくる!」

ハートは躊躇なく、煙の噴き出す時計塔の内部へと飛び込んだ。


(バカ者! 危険だ、ハート君!)

ホームズもその短い四肢をフル回転させ、彼女の後を追った。


2. 煙の中のチェスゲーム

時計塔の内部は、漏れ出た油の臭いと、焦げた絶縁体の煙で満ちていた。

ゴトゴトと唸る巨大な歯車の影に、一つの人影が倒れている。


「しっかりして! 警察よ!」

ハートが駆け寄ると、それは時計塔の老管理員だった。

気を失っているが、命に別状はない。


(残り3分……!)

ホームズは管理員の衣服の匂いを嗅いだ。

微かに残る、あのレモン香料の甘い匂い。

そして、もう一つ──「高級なキャットフード」の匂いだ。


見上げると、キャットウォーク(狭い足場)の最上段に、

あの白猫が静かに座っていた。

煙の中でも、その純白の毛並みは一切汚れていない。

オッドアイの瞳が、暗闇の中で嘲笑うように輝いている。


『ニャア』


(モリアーティ……!)

ホームズは足場の下から、白猫に向かって鋭く吠え立てた。


(時計の進みを早くし、警察を誘い込み、

管理員もろとも爆破する……。

相変わらず、趣味の悪い計算高いトラップだ!

だが、私の目は誤魔化せんぞ!)


ホームズは文字盤へと繋がる、剥き出しの配線コードに目を留めた。

あの青いコードが、タイマーと信管を繋ぐバイパスだ。

あれを噛みちぎれば、装置は止まる。


しかし、コードがあるのは、人間の背丈よりも遥かに高い、

激しく回転する歯車の隙間。

子犬の跳躍力では、逆立ちしても届かない。


(くそっ……! この忌々しい、短く丸い足め……!

私に、あと数十センチの体長があれば……!)


「ホームズ、そこは危ないわ!」

ハートがホームズを抱き上げようとした、その瞬間。


ハートのポケットから、

今朝の『黒いドーナツ』の包装紙がハラリと落ちた。

その包装紙の裏には、ハートが書き殴った『M』の文字のメモ。


ハートはそのメモと、目の前で不気味に回転する歯車を交互に見た。

彼女の脳内で、バラバラだったピースが高速で結合していく。


「……あ。思い出した。この『M』のサイン……。

国際詐欺師のMは、いつも事件の後に

『黒いドーナツ』

を現場に残すのがポリシーだった……。

そして彼の狙いはいつも、街の『歴史的建造物』の破壊……!」


(ハート君、今その解説をしている場合では──)


「ってことは、このギミックの解除方法は……これよ!」


ハートは躊躇なく、腰の警棒を引き抜くと、

激しく回転する歯車の「最も負荷がかかっている支点」へと、

力任せに突き刺した!


ギギギギギギギギガガガッ──!!!


凄まじい金属音が響き、歯車が火花を散らして完全に停止した。

タイマーのカウントダウンが、

残り『12時4分58秒』のところでピタリと止まる。


(……え?)

ホームズは目を見開いた。


(論理的な配線の切断ではなく……物理的な、ただの力技

(パワープレイ)……!?)


しかし、結果として、時計塔の暴走は止まった。


静寂が戻った時計塔。

上を見上げると、いつの間にか白猫の姿は消えていた。ただ、

一枚の「白いトランプのカード」が、

ハラハラとキャットウォークから落ちてきた。


ハートがそれを拾い上げる。

カードの絵柄は、ジョーカー(道化師)。

しかし、その道化師の顔は、なぜか

『シャーロック・ドーナツ』のホームズのイラストに、

黒いペンでバツ印が書かれたものだった。


「これ……犯人からのメッセージ? ホームズくん、あなた、

本当にあのMって奴に目を付けられてるんじゃ……」


ハートは床にしゃがみ込み、ホームズをぎゅっと抱きしめた。


「怖かったね、ホームズ。

でも、私たちが力を合わせれば、どんな悪い奴もイチコロよ!」


(……力を合わせた、だろうか?

君が力任せに警棒を突っ込んだだけのような気がするが……)


ホームズは腕の中で小さくため息をついた。

だが、胸の奥で、生前忘れていた熱いものが、

パチパチと弾けるのを感じていた。


人間の犯罪者を操る、宿敵モリアーティ。

そして、推理力は壊滅的だが、恐るべき直感と行動力を持つ、

相棒(?)ハート刑事。


(フッ……。前のロンドンよりも、退屈しそうにないな)


ホームズは、ハートの頬を小さく一舐めした。


「きゃっ、冷たい! もう、降参降参!」


ロンドンの深い霧の向こうで、新たな事件の匂いが

、再び名探偵の鼻腔をくすぐり始めていた。

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