Episode 33:前編
Episode 33:前編
「トラファルガーの噴水と、消えた名画の影(F-O-U-N)」
霧の朝のトラファルガー
ロンドン中心部、トラファルガー広場。
ナショナル・ギャラリーの正面に位置する巨大な噴水が、朝の柔らかな光を浴びてキラキラと輝いている。
観光客がまだまばらなこの静かな時間帯に、ハート刑事とホームズ、そしてホネホネビルの経営を軌道に乗せたバーバラの三人は、珍しく揃って「休日のお散歩」を楽しんでいた。
「あぁ、都会の噴水って綺麗だべ! 村の小川とはまた違った、キラキラしたパワーがあるべ!」
バーバラは都会の喧騒を忘れ、素朴な笑顔で噴水の周りを駆け回る。
ハート刑事もまた、ヤードでの張り詰めすぎた神経を解きほぐすように、深く朝の空気を吸い込んだ。
(たまにはこういう平和な時間も悪くない。今日はただの、一匹の犬として歩こう)
ホームズは短い足で石畳をトコトコと歩き、噴水へ向かって伸びる階段を優雅に登った。
噴水の底の「違和感」
しかし、名探偵の本能は、平和な朝の景色の中に小さな「ノイズ」を見逃さなかった。
噴水の水面に反射する、ナショナル・ギャラリーの壁面。その一部が、わずかに、本当にわずかに、周囲の壁の模様とズレて見えたのだ。
(……待て。あれは影の角度が違う。噴水のライトアップの配線経路を把握している私から見ても、あの位置に影ができるのは物理的にあり得ない)
ホームズは噴水の縁に飛び乗ると、水面を凝視した。
噴水の底、ライオンの彫刻の影に、不自然に沈められた「黒い筒状の物体」が、水の揺らぎの中で鈍い光を放っている。
(……あれは、ナショナル・ギャラリーの警備システムを一時的に麻痺させるための電磁パルス発生装置だ。奴らはトラファルガー広場を『ただの観光地』から『美術館への侵入拠点』へと変えようとしているのか!)
ハート刑事の「噴水(FOUN)超翻訳」
ホームズは、すぐさま首輪に仕込んだ簡易タブレットを操作し、水面の異常を知らせるために4つのアルファベットを画面に書き殴った。
[ F - O - U - N ](ファウン / 噴水)
水際で楽しそうに跳ねていたハート刑事が、画面を覗き込む。
「『N』『U』『O』『F』……ヌオフ。ヌオフ……。……あーーーーっ!」
ハート刑事のポニーテールが、またしても嵐を予感して激しく揺れる。
「分かったわ、ホームズ! あなた、この噴水の下に、ナショナル・ギャラリーの名画を強奪するための**『地下水路移動用・巨大ヌード(NOUF:ヌオフ)』**が仕掛けられているって言いたいのね!?」
(なぜだぁぁぁーーー!! 犯罪組織の潜伏場所を教えたのに、なぜ唐突に『名画と裸』のコンボが出てくるんだ!! 普通に『FOUNTAIN(噴水)』の頭文字と言いなさい!!)
「確かにさっき、観光ガイド(写真記憶)で『トラファルガー広場には歴史的秘宝が眠っている』って書いてあったわ! よし、名画を守るために、今すぐ噴水の底へダイブして、あの不埒なヌード・アジトを突き止めるわよ!」
(違う! ダイブするな! ……いや、待て。
あの筒状の物体……もしあれが起動すれば、ナショナル・ギャラリーのセキュリティは無力化される。そして、広場の中央にあるこの噴水こそが、地下の送水管を通じて美術館へ直結する唯一の『隠し入り口』……! ハート君、君の裸のアジト妄想はもはや犯罪組織の性癖すら疑うレベルだが、侵入経路の読みだけは、やはり神がかっている!)
忍び寄る「影のコレクター」
噴水の裏側、観光客のふりをした男たちが、何やら怪しげなリモコンを握りしめ、ニヤリと笑った。
「準備はいいか。次の信号で、噴水の水圧を逆流させる。警備が噴水に気を取られている間に、正面の壁を切り抜くぞ」
平和な広場の地下で、美術館を食い物にする「影のコレクター」たちの計画が秒読みに入っていた。
人間の美術品に対する執着は、時として悪魔よりも深い闇を生む。
ホームズは鋭く目を光らせた。
(フッ。トラファルガーの広場を、貴様らの名画強奪の舞台などにはさせない。水面下のチェスは、この『犬』が相手をしてやる)
「ワン!」と、広場に響き渡る凛々しい生の声。




