Episode 32:前編
Episode 32:前編
「素朴な令嬢と、電脳の経営指南犬(B-U-S-H)」
「ホネホネビル」の新体制と、超・田舎娘
かつてハート刑事が実家の財力で「ノーリミッツ買収」し、クジラの骨の密輸事件を解決したロンドン東部の歴史的建造物――通称『オールド・ボーン(ホネホネ)ビル』。
ヤードの新しい広報拠点兼、ハート刑事の私有資産となったこの巨大ビルの正式な運営責任者として、ある人物がロンドンへ呼び寄せられた。
「はじめまして、ロンドンの皆さん! 私、ハナコ姉様のいとこのバーバラと申します! 都会のビルは、牛小屋より高くて驚きました!」
現れたのは、ハート財閥の親族でありながら、英国の超が付くほどのド田舎で牛や羊に囲まれて育った純朴な少女、バーバラだった。
お下げ髪にパッチワークのサロペット、手にはなぜか干し草の匂いがする大きなトランク。彼女の住居は、ホネホネビルの最上階にある超豪華ペントハウスに決まったが、当の本人は「広すぎて落ち着かないので、部屋の隅に藁を敷いて寝ます」と言い出す始末。
「ハナコ姉様は、これからはオーナーとして『水揚げ(家賃収入)』を受け取るだけでいいですからね! 運営は、このバーバラにお任せください!」
「まぁ、頼もしいわバーバラ! これで私はヤードの正義に専念できるわね!」
ハート刑事は気楽に笑うが、都会のルールを何一つ知らないバーバラは、自動ドアに驚いて拝み倒し、エレベーターを「神の箱」と呼ぶなど、とにかく手がかかることこの上なかった。
犬と田舎娘の「パーフェクト・リンク」
そんなバーバラのお守りを任されたのが、大英帝国の名探偵ホームズだった。
ホームズは、前回のテック・フェスで大爆破(?)した試作翻訳機の残骸を回収・デチューンし、実用性のみに特化させた「新型小型通信インカム」を首輪に装着していた。
「あわわ……また機械が喋ったべ! 犬の神様、私、ビルのテナント料の計算がさっぱり分からなくて、村の物乞い(物々交換)の感覚でジャガイモと交換しそうになってるべ!」
ペントハウスのオフィスで頭を抱えるバーバラに、ホームズは首輪のインカムから、優しく、しかし極めて知的な電子音声で語りかけた。
『落ち着きなさい、バーバラ。ロンドンの経済はジャガイモでは回らない。机の上のタブレットを見るんだ。私が今から、都市型不動産経営のイロハを、君の故郷の「牧場経営」に例えて説明してあげるからね』
「……えっ!? 牧場!? あ、本当だべ! テナント(店)を『牛のサークル』、家賃を『ミルクの収穫量』と考えれば、すごくよく分かるべ!」
不思議なことに、都会のハイテクに全く馴染めなかったバーバラは、ホームズの「犬の視点(野生の論理)」を交えた経営アドバイスと、奇跡的なほど100%の相性を見せた。
バーバラにとって、人間のエゴまみれの都会人より、気高く知的な四足の相棒の言葉のほうが、遥かに素直に脳に染み渡ったのだ。
こうして、名探偵ホームズによる、前代未聞の「ホネホネビル・経営指南」が幕を開けた。
バディの「ブッシュ・ビジネス」超翻訳
(よし、バーバラ。次はビルの周囲の『未開発エリア(空きテナント)』の配置換えだ。ここに新進気鋭のカフェを誘致して、ビルのブランド価値を高めるぞ)
ホームズは事務机の上で、前足を使って、都市計画の略称を4つのアルファベットでタブレットに打ち込んだ。
[ B - U - S - H ](ブッシュ / 茂み、未開の地)
そこへ、ヤードのパトロールの合間に「水揚げ(オーナーチェック)」にやってきたハート刑事が、ふらりとオフィスに入ってきた。画面を対面から覗き込む。
「『H』『S』『U』『B』……フサブ。フサブ……。……あーーーーっ!」
ハート刑事のポニーテールが、またしても経済の嵐を予感して激しく揺れる。
「分かったわ、ホームズ! あなた、バーバラの故郷の**『秘境の森(BUSH)』**から、凶暴な野生の熊をロンドンに密輸して、このホネホネビルで『リアル・サファリパーク経営』を始めろって言ってるのね!?」
(なぜだぁぁぁーーー!! 空きテナントにカフェを誘致しろと言っているのに、なぜロンドンのど真ん中で熊の放し飼いを始めようとするんだ!! 普通に『BUSH(未開地)』と読みたまえ!!)
「確かにさっき、ヤードの自然保護レポート(写真記憶)で『ロンドン東部には最近、緑化計画が必要だ』って書いてあったわ! よし、野生のパワーでビルの集客数をノーリミッツにするために、今すぐヒグマの捕獲作戦よ!」
(違う! 熊は捕獲するな! ……いや、待て。バーバラの故郷のブッシュ(未開地)といえば、最高級のオーガニックハーブと、純度の高い天然鉱泉が湧き出ることで有名な特区だ。もし、その田舎のコネクションを使って『都会のオアシス・英国ハーブカフェ』を開けば、ホネホネビルの知名度は世界中のお嬢様層に跳ね上がる……! ハート君、君の熊サファリ妄想は完全に密猟者のそれだが、目をつけた『ブッシュ(田舎の資源)』の経済的ポテンシャルだけは、やはり億万長者の血を引くだけのことはある!)
忍び寄る「都会のハイエナ」
「ハナコ姉様、ハーブカフェ、すごく素敵だべ! 村の友達から、お香に使う最高の発酵藁をたくさん送ってもらうべ!」
バーバラはホームズの電脳サポートのもと、瞬時に完璧なハーブカフェの事業計画書を書き上げ、ホネホネビルの価値はさらに高まろうとしていた。
しかし、その様子を、ビルの外の黒塗りの高級車から冷酷に見つめる男たちがいた。
「ふん、田舎娘とバカ刑事がオーナーのビルか。今度の『大規模地上げ計画』のターゲットは、あのホネホネビルに決定だな。合法的に、あのビルを乗っ取ってやる……」
ロンドンの闇に蠢く、冷徹な「都市開発詐欺グループ」の牙が、純朴なバーバラと、生まれ変わったホネホネビルへと向けられていた。
人間の果てしない物欲の罠。
ホームズは、インカム越しにバーバラの嬉しそうな声を聞きながら、窓の外の不穏な排気音を鋭く察知していた。
(フッ。都会のハイエナどもめ、純朴な田舎娘を騙せると思ったら大間違いだぞ。このビルには、世界一の脳細胞を持つ『犬のCEO』がついているんだからな)
「ワン!」
と、インカムのデジタル音声を切り裂くような、凛々しい生の声が一鳴き。
凸凹バディに「素朴な令嬢」を加えた、ホネホネビル防衛戦へと、物語は怒涛の急展開を迎えるのだった。




