Episode 31:後編
Episode 31:後編
「落とし物のタイムカプセルと、森のチェックメイト(S-T-O-N-E)」
鍵の示す「記憶の座標」
真鍮の古い鍵に刻まれた『S』のマーク。ホームズの脳細胞は、ボックス・ヒルの歴史データを瞬時に検索していた。
(S……これは半世紀前、ロンドンを揺るがした大怪盗『サファイア・スミス』の刻印だ。彼が最期に隠したとされる幻の宝石箱の鍵が、なぜこの老女の手に?)
老女は鍵を愛おしそうに見つめながら呟いた。
「これは、亡くなった夫が『いつか私たちが道に迷ったとき、未来を開く鍵だ』と言って遺してくれたものなの。でも、どこを開ければいいのか分からなくて……」
遠くから聞こえる、土を掘り返す不穏な音。
文明の利器(スマホやGPS)がない今、頼れるのはホームズの鼻と、ハート刑事の驚異的な写真記憶だけだ。
ホームズは再び老女の靴の先をコツンとつつき、今度はハート刑事のトレンチコートの袖をグイッと引っ張った。
(ハート君、感傷に浸っている時間はない! 泥棒の末裔どもが、すでにこの森のどこかにある『箱』の居場所を突き止め、力ずくで掘り起こそうとしている!)
ハート刑事の「大自然グラフィティ」超翻訳
「分かったわ、ホームズ! あなた、この鍵を使って、ボックス・ヒルの地中から**『古代の超エネルギー結晶』**を発掘しろって言ってるのね!?」
(なぜだぁぁぁーーー!! 電子機器のない大自然に来てもなお、なぜ君の脳内はSF映画のような超翻訳を弾き出してしまうんだ!!)
「確かにさっき、ピクニックの案内板(写真記憶)で『この先にある5つの古い記念石碑』の配置を見たわ! あなた、その石碑の並びが結晶の封印を解く暗号だって言いたいのね!?」
ハート刑事は、周囲の河原からラグビーボール大の大きな石をものすごい腕力で次々と拾い上げると、地面に凄まじい勢いで並べ始めた。
[ S - T - O - N - E ](ストーン / 石)
対面からその文字盤(地面)をスキャンしたハート刑事は、ポニーテールを激しく揺らして閃いた。
「『E』『N』『O』『T』『S』……エノッツ! ……あーーーーっ!」
(また逆から読んだ!! 普通に『STONE(石)』と読みたまえ!!)
「分かったわ! 『エノッツ(ENOTS)』……これは『ストーン(STONE)』の逆読み! つまり、**『一番奥の石碑を、後ろ向き(逆方向)に180度回転させろ』**っていう物理的な隠し扉のサインね!?」
(……何だと!? 待て、5つの記念石碑の配置を逆から辿ると、怪盗スミスが好んだ『逆ツリー構造』の暗号座標と完全に一致する。ハート君、君の逆立ち翻訳はもはや野生の勘を超えた何かだが、導き出した『隠し扉のギミック』のロジックだけは、やはり大怪盗の思考を完璧に上回っている!)
森の時計塔、コンマ秒の迎撃
凸凹バディが老女を連れて「5番目の石碑」へ辿り着いたとき、そこには最新の電動掘削機を持った密輸組織の残党どもが、まさに石碑の土台を破壊しようとしていた。
「へへへ、この下にサファイア・スミスの遺産が埋まっているはずだ! どけ、ババァ!」
「そこまでよ! 大自然の静けさを乱す不法掘削業者、このハナコが環境破壊の罪(?)でタイホします!」
ハート刑事が突入する。男たちは驚き、掘削機のドリルを向けながら襲いかかってきた。文明の武器を持たないハートだが、彼女にはボックス・ヒルの自然すべてが武器に見えていた。
(ハート君、私の合図に合わせて、その並べた『石(STONE)』をあの男たちの足元へ蹴り込め!)
「ワン!」
ホームズは男のズボンの裾をガブッと噛んで引っ張り、体勢を崩させた。
その瞬間、ハート刑事の容赦のない、地殻変動レベルの強烈なローキックが、地面の巨大な石(STONE)を直撃!
ゴンッ!!!
凄まじい勢いで弾け飛んだ石が、掘削機のバッテリーを直撃して火花を散らす。さらに、ハート刑事は石碑の裏側へと回り込み、スミスの暗号通りに石碑の突起を「後ろ向き(逆方向)」に思い切り引き絞った!
ガガガガガシャーン!!!
石碑の隠し台座が回転し、飛び出してきた頑丈な鉄のハッチが、突撃してきた犯人たちの顔面にクリーンヒット!
ドガッ、バキッ、ドカシャーン!
悪党どもは、自分たちが掘り起こした泥の穴へと真っ逆さまに転落し、自業自得の形で一網打尽となった。
タイムカプセルが開くとき
ハッチの奥から現れたのは、小さな木箱だった。
老女が震える手で真鍮の鍵を差し込み、回す。カチリと音がして開いた箱の中に入っていたのは、大粒の宝石……ではなく、**【若き日の老女と、夫が笑顔で写った一枚の古い写真】と、【「僕の最高の宝物へ」と書かれた手紙】**だった。
大怪盗スミスと呼ばれた男が、最後に本当に隠したかったもの。それは、若き日にすべてを捨てて愛した、妻との純粋な記憶だったのだ。
「ああ……あなた……」
老女の目から、大粒の涙が溢れ、写真の上の埃を濡らした。
事件は美しく解決した。文明の利器を一切使わず、ただ「足をつつく」「袖を噛む」「石を並べる(STONE)」という原始的な絆だけで、凸凹バディは半世紀前の愛の記憶を守り抜いたのだ。
ロンドンへ戻る夕暮れの車中。
窓の外、遠くのビルの屋上に、相変わらず優雅に佇む一匹の白猫モリアーティの姿が一瞬だけ見えた。
奴は、今回の「怪盗スミスの遺産」の噂を裏社会に流し、ハート刑がどう動くかをテストしていた黒幕だったのだ。オッドアイが静かに細められ、白猫は「人間らしい結末だね」とでも言うように、夕闇の中へ消えていった。
(モリアーティ……。貴様がどんな罠を仕掛けようとも、ハナコの純粋な正義感と、私の論理の牙がある限り、泥の中の宝物さえ傷一つなく掘り起こしてみせるさ)
「いやー、今日のピクニックは最高だったわね、ホームズ! スマートフォンがなくても、石を並べるだけで宇宙のエネルギーと交信できる(?)って分かったし!」
ハート刑事がホームズを抱き上げ、満面の笑みでおにぎりの残りを差し出す。
(……だから、交信はしていない。普通に『STONE』と読めと言っているんだが……まぁ、今日のところは、その美味しい鮭のおにぎりに免じて、不問にしておこうかね、ハート君)
「ワン!」と、新緑の風に負けない澄んだ声で一鳴きする名探偵。
文明の手を借りずとも、二人の絆は、ロンドンのどんな光回線よりも速く、深く、繋がっているのだった。




