Episode 30:前編
Episode 30:前編
「危険がいっぱいの交差点と、街頭の美しき防犯ポスター(S-A-F-E)」
敏腕刑事(?)の凱旋パレード
「皆さん、右を見て、左を見て、もう一度右を見て! 横断歩道は、手を高く挙げて渡りましょうね!」
ロンドンの初夏の風が吹き抜ける大通り。ハート刑事は、スコットランド・ヤードの広報活動の一環として、華やかなタスキを胸に街頭での交通安全指導に励んでいた。
その傍らには、ヤードの「特別功労広報犬」に任命されたポケット・ビーグルのホームズが、小さな警察官の制帽を頭にちょこんと乗せてお座りしている。
「キャー! あのミニ警察犬、可愛すぎるわ!」「ポニーテールの刑事さんも、まるでモデルみたい!」
通りかかる市民や観光客たちが、一斉にスマートフォンを向けてシャッターを切る。広報活動としては大成功、ヤードのイメージアップは間違いなしの状況だった。
(やれやれ……。名探偵たる私が、なぜ交通安全のデモンストレーションで愛嬌を振りまかねばならんのだ。あの白い宿敵の影がない平和なロンドンは素晴らしいが、この制帽は少し耳が痒くて敵わんな)
ホームズが前足で帽子を直そうとした、その時だった。
交差点の無法地帯と、消えたブレーキ音
キキィィィーーーッ!!!
突然、交差点の向こうから激しいタイヤの摩擦音が響いた。見ると、一台の派手なスポーツカーが、赤信号を完全に無視して猛スピードで交差点に突っ込んできたのだ。
横断歩道を渡りかけていた老人と子供が、恐怖で足がすくみ、その場にへたり込んでしまう。
「危ない!」
ハート刑事の写真記憶が、瞬時にその場のすべての配置をロックオンした。
車の速度、制動距離、そして歩行者との距離――。普通の人間の目には一瞬の出来事でも、彼女の脳内ではスローモーションのように展開する。
(ハート君、躊躇するな! あの車のフロントグリルを目掛けて飛び込め! 運転手はスマホに気を取られて完全に前方不注意だ!)
「ワン! ワンワンッ!」
ホームズの鋭い咆哮が、ハート刑事の耳に届く。
しかし、この日の広報活動のために支給されていたヤードの「新型ポータブル・ワイヤレスマイク」が、周囲の観光客の歓声やカメラのフラッシュの電波と干渉し、またしても致命的なバグを引き起こした。
『――翻訳:ターゲット接近。これは絶好のシャッターチャンスです。ポーズを決めて、美しくアタック(衝突)を迎え撃ちましょう――』
「ええっ!? 『美しくアタック』!? ホームズ、あなたってば広報活動のウケを狙うために、私の命を張らせる気なの!?」
ハート刑事は叫んだ。
さらに運の悪いことに、ハートのワイヤレスマイクは街頭の「交通量調査用デジタルサイネージ(電光掲示板)」とBluetoothでリンクしていた。
ハナコの勘違いと同時に、街中の巨大な電光掲示板に、ホームズの凛々しい敬礼写真とともに、謎の『広報スローガン』がデカデカと表示されてしまったのだ!
『ヤードからの提案:美しき衝突で、ロンドンをひとつに。』
「な、何ですって!?」「スコットランド・ヤードは正気か!?」
周囲の群衆が再び大パニックに陥り、交差点は怒号と悲鳴の渦に巻き込まれた。
バディの「ロード・セーフティ」超翻訳
(違う! 衝突しろなどと言っていない! 回避して歩行者を救うんだ! ハナコ、落ち着いて私の前足を見るんだ!)
ホームズはパニックを収めるため、交通安全指導用に用意されていた大きなフリップボードに飛び乗ると、汚れていない前足の裏を使って、素早く4つのアルファベットをボードにスタンプした。
[ S - A - F - E ](安全)
(この『SAFE(安全)』の精神を思い出せ! 車の進路を物理的に塞ぎ、軌道を変えさせるんだ!)
画面に表示された逆向きの文字を見つめていたハート刑事は、ハッと目を開くと、突っ込んでくるスポーツカーに向かって、美しき迎撃の構えをとった。
「『E』『F』『A』『S』……エファス。エファス……。……あーーーーっ!」
ハート刑事の驚異的な写真記憶と、時空を歪める脳内回路が火花を散らす。
「分かったわ、ホームズ! これは、突っ込んでくる暴走車を紙一重でかわし、その風圧で私の髪をなびかせる**『エレガント・フェイス・アタック・ショー(E-F-A-S)』**の開幕合図ね!?」
(なぜだぁぁぁーーー!! 交通安全の現場で、なぜそんな命がけのファッションショーが始まってしまうんだ!! 普通に『SAFE』と読みたまえ!!)
「確かにさっき、広報のパンフレット(写真記憶)に『市民の目を引くドラマチックな演出を心がけること』って書いてあったわ! よし、ロンドン中が注目する最高のキャッチコピー(物理)を見せてあげるわ!」
ハート刑事はホームズを小脇に抱えると、スポーツカーのヘッドライトの光を真っ正面から浴びながら、信じられないほどの瞬発力でアスファルトを蹴り上げた。
(違う! ショーではない! ……しかし待て。あの角度から突撃すれば、車のフロントフェンダーに接触することなく、横断歩道の老人たちを抱きかかえて死角へ退避できる……! ハート君、君のモデル妄想は狂気の沙汰だが、弾き出した安全圏の座標だけは、相変わらず私の緻密な計算と完璧に一致している!)
宿敵の策略すら介さない、広報活動のバグとバディの超翻訳が生んだ「決死の街頭パフォーマンス」。
凸凹バディは、暴走する鉄の塊を華麗にいなし、ロンドンの街に本当の「安全」を刻むことができるのか!?




