Episode 24:その3
Episode 24:その3
「リゾートビーチの炎上事件と、砂の上の追跡(S-N-S)」
嵐のあとの南国(?)リゾート
古城の密室事件を鮮やかに解決したハート刑事とホームズに、ハナコの父エドワードは感謝の印として、ハート財閥が北アイルランドの西海岸に所有するプライベート・リゾートビーチへの極上ステイをプレゼントした。
アイルランド海とは思えないほど白く美しい砂浜、南国風にアレンジされた最高級コテージ。
「見てホームズ! 潮風が最高に気持ちいいわ! パパがSNSに『ハナコ、大富豪の休日』って私たちの写真をアップしたら、ものすごい勢いで『いいね』がついてるのよ!」
ビーチチェアに寝そべるハート刑事は、スマホの画面を見ながらご機嫌だ。
その隣、新調された「トロピカルハイビスカス柄のドッグウェア」をまとったホームズは、パラソルの影で冷たい山羊ミルクを優雅に舐めていた。
(フッ、船酔いの地獄を乗り越えた甲斐があったというもの。このポケット・ビーグルの小さな肉体も、砂浜を駆け回るには悪くない。大英帝国の名探偵、たまにはこうして世俗の喧騒から離れて──)
ピコピコピコピコン!!!
突然、ハート刑事のスマホから、壊れた防犯ブザーのような激しい通知音が鳴り響いた。
リゾートを襲うデジタル暴風雨
「えっ……? うそ、何これ!?」
ハート刑事の顔から血の気が引いていく。
スマホの画面には、数千、数万という単位の批判コメントが猛烈な勢いで書き込まれ、タイムラインが真っ赤に染まっていた。いわゆる**「SNS大炎上」**である。
原因は、ハナコの父がアップした写真の背景に、偶然写り込んでいた「あるもの」だった。
リゾートの立ち入り禁止エリアにある古い研究施設の扉に、なぜか**『ハート財閥は悪の秘密実験を行っている』**という精巧なフェイクのグラフィティ(落書き)が描かれており、それが全世界のネットユーザーに拡散されてしまったのだ。
「大変よホームズ! 実家の株価が秒単位で暴落してるわ! 誰かが意図的に仕組んだデジタルテロよ!」
(む。ネット上のデマによる物理的損失(株価暴落)
か……。現代の犯罪は、ロンドンの霧よりも陰湿だな。だが、写真のタイムスタンプから見て、この落書きが描かれたのはほんの数十分前。犯人はまだ、この広大なプライベートビーチの中にいる!)
ホームズはビーチチェアから飛び降りると、砂の上に残された「微かな電子部品の焦げた臭い(ドローンの排気)」を嗅ぎ当てた。
そして、ハートの足元の砂浜に、短い前足で素早く3つのアルファベットを刻み込んだ。
[ S - N - S ](エス・エヌ・エス / ソーシャル・ネットワーキング・サービス)
(ハート君、パニックになるな! 敵はこのデジタル空間の炎上を利用して、株価の空売りで巨万の富を得ようとしている実在の投資テロリストだ! 砂の上の痕跡を追うぞ!)
バディのオーシャン・サップ超翻訳
「『S』『N』『S』……エス、エヌ、エス。……あーーーーっ!」
ハート刑事は砂の文字を見つめ、ハッと目を見開くと、目の前に広がる青い海に向かって拳を突き上げた。
「分かったわ、ホームズ! これは、私の実家に仇なす悪党どもを、大波の中で一網打尽にするための**『スーパー・波乗り・サップ(Super Naminori Sup)』**のサインね!?」
(なぜだぁぁぁーーー!! デジタル犯罪の最前線から、なぜ唐突に脳筋マリンスポーツへ着地してしまうんだ!!)
「確かにさっき、パパが『我が社の窮地を救うため、今すぐ海を渡って本社へ向かえ』って言ってたわ! よし、あの沖合に見える不審なクルーザー(写真記憶)まで、サップボードで突撃よ!」
ハートは感動のあまりホームズを片腕で小脇に抱えると、ビーチに置かれていた大型のサップボード(スタンドアップパドルボード)をひっつかみ、猛烈な勢いでアイルランド海へとパドルを漕ぎ出した。
(違う! クルーザーではなく、生垣の裏だ! ……しかし待て、あの沖合のクルーザー、マストの先端に『超高指向性の衛星アンテナ』が設置されている……! まさか、炎上を拡散させている大元のプロキシサーバー(発信源)は、あの船の上か!?)
ハートの狂った妄想力とパドル捌きは、荒波を切り裂き、デマ情報を世界中に送信し続けているハッカーたちの「本拠地(黒幕の船)」へと、時速50キロ近い猛スピードでまっすぐに突き進んでいくのだった。
荒波の上のボード・チェックメイト
「そこまでよ! 不正アクセス禁止法違反で現行犯逮捕しちゃうんだから!」
サップボードで波を飛び越え、クルーザーのデッキへとダイレクトに飛び乗ったハート刑事。
船上にいたサイバー犯罪組織の男たちは、まさか砂浜から水上スキー並みの速度でサップが突っ込んでくるとは思わず、腰を抜かした。
「バ、バカな! どうやってこの暗号化された発信源を突き止めた!?」
「ハッキングのログを消せ! 船を出すんだ!」
男たちがサーバーの電源を落として逃亡を図ろうとしたその時。
「ワンッ!」
ホームズがハートの腕から弾丸のように飛び出した。
ポケット・ビーグルならではの小回りの利く肉体は、船内の狭いキャットウォークを縦横無尽に駆け巡る。ホームズはメインサーバーの光ファイバーケーブルの束を見つけると、自慢の牙で一思いに噛みちぎった!
スパーク!
「ぎゃああ! ネット接続が遮断された! フェイク動画の拡散が止まる!」
「てりゃぁぁぁーーーーっ!!!」
ハート刑事の容赦のない、荒波の揺れを完全に吸収した体幹から繰り出される5回連続の高速前蹴りが、ハッカーたちの顔面に炸裂した。
ドガッ、バキッ、ドカシャーン!
世界を揺るがしたデジタルテロリストたちは、全員デッキの上に無様に転がり、あえなく御用となった。
ハート財閥の株価は一瞬で元に戻り、ネット上のフェイクグラフィティも「ハナコ刑事の大金星」というニュースによって完全に上書きされた。
事件が解決し、夕日に染まるクルーザーの甲板で、ホームズはマストのてっぺんを見上げた。
そこには、潮風に美しい白い毛並みを揺らしながら、悠然と座る一匹の白猫の姿があった。
奴は、今回のデジタル炎上騒動のプログラムを、ただ「退屈しのぎのパズル」としてハッカーたちに提供し、ホームズが現代のネット犯罪にどう対応するのかを、高い特等席から見物していたのだ。
オッドアイが夕日に怪しく輝き、白猫はフッと喉を鳴らすと、カモメの群れに紛れるように、夕闇の彼方へと消え去っていった。
「やったわねホームズ! 私たちのサップ姿、SNSでさらに大バズりして『奇跡のバディ』って大絶賛よ!」
ハートがホームズを抱き上げ、夕日をバックに自撮り写真をパシャパシャと撮影する。
(……やれやれ。ネットの炎上からサップの波乗りまで、君の翻訳の荒波には、やはり胃袋が追いつかんよ、ハート君……)
「ワン」と少し疲れ気味に、しかし満足そうに鳴く名探偵。
南国の(ような)リゾートの夜は、デジタルとリアルの境界線を越えた、新たな事件の余韻をはらんで更けていくのだった。




