Episode 23:前編
Episode 23:前編
国王陛下のロイヤル・パレードと、消えたダイヤモンド
栄光のバッキンガム・ブルー
ロンドン中が、大英帝国の象徴である国王陛下の「在位記念ロイヤル・パレード」の熱狂に沸き返っていた。
バッキンガム宮殿から続くザ・マル(大通り)には、色鮮やかな国旗を掲げた何十万もの市民が詰めかけ、沿道は身動きが取れないほどの熱気に包まれている。
「ホームズ、見て! 私のこの特別警備用の礼服、すごく決まってるでしょ!」
広報課から臨時のルート警備に抜擢されたハート刑事は、一分の隙もない紺青の礼服に身を包み、いつになく緊張した面持ちで周囲を警戒していた。
その足元、ハートの特製トレンチコート──ではなく、今日は特別仕様の「英国国旗柄のドッグウェア」に身を包んだホームズは、四足でしっかりと石畳を踏みしめていた。
(フッ、国王陛下のパレード警備か。
英国紳士、いや英国犬としてのこれ以上の名誉はない。
だが……この異様な観衆の熱気の裏で、私の鼻は明確に『冷たい火薬』と『引き裂かれた絹』の不穏な臭いを捉えているぞ)
ホームズの鋭い視線の先には、陛下の馬車のレジスタンス(護衛隊)が厳重に守る、大英帝国の至宝──王冠に埋め込まれた伝説の巨ダイヤモンド『アフリカの星』があった。
パレードの開始を告げるファンファーレが街に鳴り響いた、その瞬間。
ハート刑事の耳に装着された警察用インカムから、ザーザーと激しいノイズが走った。
『広報課、ハート刑事! 聞こえるか!? 宮殿の待機室で、パレード用の予備の御冠から、展示用のレプリカ・ダイヤが盗まれた! 内部の何者かによる犯行だ。
パレードが終了するまでに犯人を特定し、本物とすり替えられるのを阻止しろ!』
「なんですって!?」
ハートが声を裏返らせる。
パレードの群衆の声にかき消され、インカムの音声が途切れ途切れになる。
(何だと? 予備の王冠からダイヤが消えた?
……いや、待て。
犯人の狙いはレプリカではない。レプリカをあらかじめ盗み出すことで、本番の馬車が宮殿に戻った瞬間、ドタバタに紛れて『本物のダイヤモンド』とすり替えるための巧妙な前哨戦だ!)
ホームズは事態の深刻さを察知し、ハートの足元で激しく吠えた。
「ワン! ワンワンッ!」
そして、近くの警備用テントの脇に置かれていた、ルート案内用の案内板のアルファベットパーツを、短い前足で素早く並び替えた。
[ C - R - O - W - N ]
(クラウン / 王冠)
(ハート君、のんびり沿道を見守っている場合ではない! 敵はすでに宮殿の内部、王冠のすぐそばに潜伏している!)
「『C』『R』『O』『W』『N』……クラウン。王冠……。
……あーーーーっ!」
ハート刑事は案内板の文字を見つめ、ハッと息を呑むと、自らのポニーテールをきゅっと結び直して目をこれ以上ないほど輝かせた。
「分かったわ、ホームズ! あなた、私が今日のパレードで大手柄を挙げて、陛下から直々に**『栄光の王冠(CROWN)』**を授けられて、ロンドン初の『プリンセス刑事』に任命される予知夢を見たのね!?」
(なぜだぁぁぁーーー!! 国家の至宝が盗難の危機にあるというのに、なぜ君の脳内フィルターを通ると『主人のロイヤル出世双六』に化けてしまうんだ!!)
「確かにさっき、ヤードの全体通達(写真記憶)で『パレード終了後、宮殿の東棟ホールにて、警備功労者の表彰式を行う』って書いてあったわ! あなた、私をその栄えある舞台に立たせるために、今から東棟の控室へ行って、スピーチの練習をしろって言ってるのね!?」
ハートは感動のあまりホームズを抱き上げると、国旗柄のドッグウェアごと、自身の礼服の大きな内ポケットへと放り込んだ。
(違う! スピーチの練習などどうでもいい! ……しかし待て、東棟の控室だと!? そこはまさに、パレードを終えた陛下の王冠が一時的に保管される、最も危険な『すり替え予定地』ではないか!)
「いくわよ、ホームズ! 未来のプリンセス刑事の初陣よ!」
礼服のポケットから小さな鼻だけを覗かせたポケット・ビーグル探偵は、ハートの狂った妄想力に呆れ果てながらも、大英帝国の命運を握る「宮殿の深部」へと強制的に運ばれていくのだった。




