Episode 22:前編
Episode 22:前編
お留守番名探偵の受難と、倉庫から消えた紅茶(T-E-A)」
スコットランドヤードの
ちいさな居候、ロンドン市警
(スコットランドヤード)
の広報課オフィス。
そこには、すっかり
「マスコット犬兼名探偵」
として署内に馴染みつつあるホームズの姿があった。
普段なら凛々しくパイプ(形をした犬用ガム)をくわえて推理に耽るところだが、今日のホームズは非常に不機嫌だった。
なぜなら、相棒のハート刑事が臨検(という名のランチ休憩)に出かけてしまい、自分は事務机の上でお留守番を命じられていたからだ。
(やれやれ、英国紳士たる私が、なぜデスクの上のペーパーウェイト代わりにされねばならんのだ。
おまけにこの、ポケット・ビーグル特有のミニマムな肉体は、人間の事務机が高すぎて自力で降りることすら叶わん……)
ホームズが短すぎる前足で退屈そうに肉球を舐めていた、その時だった。
チリリリリリーン!!!
誰もいないオフィスに、けたたましく黒電話のベルが鳴り響いた。
ポンコツお留守番と、奇跡の電話対応、(む、電話か。しかし今の私は犬……受話器を取ることすら──いや、大英帝国の危機かもしれん。見過ごすわけにはいかない!)
ホームズは机の上をダッシュすると、受話器のフックに向かって頭突きを敢行した。
ガチャン!
受話器が外れ、コードがびよんと伸びて床に落ちる。
ホームズは机の端から身を乗り出し、床の受話器に向かって必死に吠えた。
「ワン! ワンワンッ!」(こちらロンドン市警広報課、シャーロック・ホームズだ。事件か!?)
『も、もしもし!? スコットランドヤードですか!? 助けてください、うちの倉庫が荒らされたんです!』
電話の主は、テムズ川沿いにある老舗の「東インド貿易倉庫」の管理人と名乗った。
とりとめもなく話を続ける。
『鍵はかかっていたのに、今朝見たら、今週入荷したばかりの最高級ダージリンの茶葉──通称**「ドラゴンの鱗」が、100コンテナ分まるごと消えてるんです!** 現場には、なぜか大量の「焦げ跡」と「謎のアルファベット」が残されていて……!』
(何だと? 高級茶葉の大量盗難、そして現場の焦げ跡……。
これは単なる物取りではない。
背後に何らかの化学トリックを感じるぞ!)
ホームズは机の上を歩き回り、足元にあったハートのメモ帳とペンを肉球で踏んづけた。
ガサゴソ、カチャ。
『ひいっ!? なんだか不気味な足音と、犬のうめき声が聞こえる……! 呪いか!? 倉庫の焦げ跡は、紅茶の悪魔の呪いなのかーーーっ!?』
「ワンワンワンッ!」(落ち着け、悪魔ではない! 私が今すぐ向かう、ハート君を連れて──)
ガチャン。
ツーツーツー……。
怯えきった管理人は、ホームズの必死の吠え声を「悪魔の遠吠え」と勘違いし、恐怖のあまり電話を切ってしまった。
「ただいまー! ホームズ、スコーンのお土産があるわよー!」
そこへ、口元にジャムをつけたハート刑事がご機嫌で戻ってきた。
床に落ちた受話器と、机の上でハァハァと息を切らすホームズを見て、彼女の「写真記憶」のレーダーが即座に作動する。
机の上のメモ帳には、ホームズが暴れた拍子に偶然インクが擦れ、奇妙な軌跡が残されていた。
[ T - E - A ](ティー / 紅茶)
「『T』『E』『A』……ティー。紅茶……。……あーーーーっ!」
ハートはポンと手を叩き、目をキラキラと輝かせた。
「分かったわ! あなた、私が自分だけスコーンを食べてずるいって怒ってるのね!? それで、最高の**『英国式アフタヌーンティー(TEA)』**を一緒にハイドパークのオープンカフェで楽しみたいって、電話で出前を頼もうとしてたのね!?」
(なぜだぁぁぁーーー!! どんな大事件の予兆も、君の脳内を通ると優雅な貴族のティータイムに変貌してしまうのか!!)
「確かにさっき、街のガイドブック(写真記憶)で『テムズ川沿いの倉庫街近くに、隠れ家風の紅茶専門店がオープン!』って記事を見たわ! よし、あなたの気が済むまで、極上の紅茶を飲みに行きましょ!」
ハートは嬉々としてホームズをトレンチコートの大きなポケットに「スポッ」と収納した。
(違う! 優雅にお茶をしばいている場合か! だが……目的地が『テムズ川沿いの倉庫街』だと!? またしても君の行き先だけは、事件の核心とミリ単位で完全一致している……!)
ポケットの中から鋭い眼光を覗かせるちいさな名探偵。
凸凹バディは、お茶会の誘惑(と本物の大泥棒)が待つ、霧深きテムズ川の倉庫街へと出撃するのだった。




