Episode 19:前編
Episode 19:前編
文明の利器と、バズり散らかした名探偵(T-O-W-E-R)」
牙の先のハイテク・レボリューション
ロンドン中に、これまでにないほど濃い霧が立ち込める朝。
ハート刑事のテラスハウスのリビングでは、ホームズが最新の「液晶タブレット」を床に置き、自らの口に「スタイラスペン(タッチペン)」をしっかりとくわえていた。
(フッ……。アルファベットブロックを並べるのにはもう限界がある。これからの時代はデジタル、いわば『文明の利器による逆襲』だ!)
これまでの事件(救貧院、オペラ座、銀行)の全データを集約したホームズは、宿敵モリアーティの残党が次に仕掛けてくる、ロンドン全域の通信網を標的にした「巨大ジャミング(電波妨害)テロ」の完全な陰謀図を脳内に描いていた。
カチャ、カチャ。
ホームズは首を巧みに動かし、口にくわえたスタイラスペンの先で、液晶画面のメモアプリへと文字を、そして現場の精密な図解をサラサラと描き込んでいった。
[ T - O - W - E - R ]
【通信電波塔・ジャミング計画図】
(※電波塔を中心に、ロンドン市警の無線網が遮断されるエリアの同心円図)
(完璧だ! 文字数制限のある木製ブロックとは違う。これなら、あのハート君でも一発で私の論理的思考を理解できるはず!)
「ワンッ!」
ホームズは口からペンを離し、画面を指差して自信満々に吠えた。
超ハイテク・パンケーキ解釈
「お待たせホームズ! 朝ご飯の──って、えええええっ!?」
お皿を持ってきたハート刑事は、愛犬がタッチペンをくわえてタブレットに何かを描いている姿を目撃し、
その場に硬直した。
彼女の「写真記憶」のレーダーが、画面に描かれた見事な円の図解と『T-O-W-E-R』の文字を脳内に一瞬でスキャンする。
「『T』『O』『W』『E』『R』……タワー。で、この丸い図形が何層も重なった絵……。
……あーーーーっ!」
ハートはお皿をテーブルに置き、顔を輝かせて叫んだ。
「分かったわ! あなた、朝ご飯に『特大タワー・パンケーキ(TOWER)』を高く積み上げて、メープルシロップを何重の輪っか(同心円)みたいにたっぷりかけて食べたいのね!?」
(なぜだぁぁぁーーー!! デジタルでどれだけ詳細に図解しても、君の脳内フィルターを通ると『グルメリポートのイラスト』に退化してしまうのか!!)
「確かに最近、SNS(写真記憶)で『ロンドン通信タワーの目の前にあるカフェの、3段重ねのタワーパンケーキが今大人気!』って動画を見たばかりだわ! あなた、それを私におねだりするために、一生懸命お絵描きの練習をしてたのね!? なんてお利口さんなの、ポチくん!」
ハートは感動のあまり、タブレットの画面を無視してホームズを抱きしめた。
(違う! 私は甘党の犬ではない! 通信インフラの危機だ! だが……待てよ。通信タワーの目の前のカフェだと!?)
ホームズはハッとした。
彼女の脳内データベースが弾き出した場所は、
まさに自分が図解した「電波妨害の発生源(中心地)」とミリ単位で完全一致していた。
(プロセスの曲解ぶりは相変わらず壊滅的だが、導き出す『目的地』だけは、デジタルになっても100%一致している……!)
まさかの大炎上
「もう、うちのポチくんは天才なんだから! 世界中の人に見せびらかしちゃお!」
ハート刑事は、興奮冷めやらぬままスマホを取り出すと、
ホームズが再びスタイラスペンをくわえて「違う、タワーだ!」と抗議の意味を込めて画面を叩いている姿を、ちゃっかり動画で撮影していた。
そして、捜査に出発する直前、彼女は何の気なしにその動画を個人のSNSにアップロードしたのだ。
【タイトル:うちの天才ワンちゃんがタブレットでおねだりしてきた(ハート)】
ピコーン! ピピピピピピコン!!!
テラスハウスを出た瞬間から、ハートのスマホが壊れたかのように鳴り響き始めた。
通知の嵐が止まらない。
画面を見ると、動画は投稿からわずか数分で数万リツイート、
数十万いいねを記録し、
凄まじい勢いで拡散していたのだ。
コメント欄には、
『賢すぎる! 中に人間が入ってるだろ!』
『文字書き犬ポチくん、可愛すぎる!』
『ロンドンの新しいアイドル誕生!』
といった絶賛の嵐が吹き荒れている。
(な、なんだこの不穏な音の連続は……!?)
ホームズが不審げにハートの画面を覗き込む。
「大変よ、ホームズ! あなた、事件より先に『天才文字書き犬』として世界中で有名になっちゃったわ!
このままだと、臨検(捜査)に行く先々でファンに囲まれて、張り込みどころじゃなくなっちゃうピンチよ!」
(……何をしてくれているんだ、ハート君!!! 名探偵の隠密行動が、君の承認欲求のせいで完全に瓦解したではないか!!)
街の電波がジャミングされる前に、自分たちの行動が「バズ」によって制限されるという、前代未聞のピンチ。
濃厚な霧が立ち込めるロンドンの街へ、お忍び(?)の天才犬と熱血刑事は、大量の通知を鳴らしながら出撃するのだった。




