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Episode 18:後編

Episode 18:後編


地下金庫のマイニング(M-I-L-L)――粉砕ミルと水流のロジック

高級サロンの裏路地に潜む、

金属の咆哮

高級美容院『サロン・ド・ゴールド』の自動ドアをくぐる寸前、

ポケット・ビーグルのホームズは、

ハート刑事のトレンチコートの裾を猛烈な力で引っ張り、隣の薄暗い路地へと引き戻した。


(ハート君、美容院の椅子に座る前に対岸を見るんだ! ターゲットは髪型ではない。イングランド銀行の最深部だ!)


路地の奥、イングランド銀行の巨大なレンガ壁の根元にある、鋳鉄製の古びた排水口。

そこから異様な熱気と共に、キィィィン……という、耳を圧するような超高周波の回転音が激しく噴き出していた。


さらにホームズの鋭い目が捉えたのは、排水口の縁に付着した、輝く「黄金の微粉末」。


そして、その奥から大量に送り込まれている「高圧の水」の飛沫だった。


(……やはりだ! ネットの噂にあった

『王水で金塊を溶かす錬金術』など、配管を自壊させるだけのただのブラフ(偽情報)。

モリアーティの真の狙いは、もっと冷徹で、

完全に合法的な工業テクノロジーの応用――

**『キャビテーション・ミル(粉砕機)』による金塊の流体輸送(スラリー化)**だ!)


「ちょっとホームズ、私のゴールデン・ウェーブが……あれ? でも、

この排水口、なんだかすごく熱いし、金粉みたいなものが飛んできてキラキラしてるわね?」

ハート刑事が不審に思ってしゃがみ込む。


(気づいたか! 急げ、ハート君! 鉄格子の奥だ!)


ホームズは格子戸の隙間から、真っ暗な地下共同溝へと迷いなく飛び込んだ。


超音波ミルのハッキング

暗く湿った地下共同溝を進むと、二人はイングランド銀行の主金庫の真下に位置する、巨大な配管室へと辿り着いた。


そこには、防護服に身を包み、最新の電脳コントロールパネルを操るモリアーティの残党たちの姿があった。


上部の主金庫の床を貫通して取り付けられた太い排水管。

その内部では、モリアーティが開発した高周波ミルの固定刃が超高速回転し、あらかじめ振動で脆くされた金塊の表面を、

文字通り**「マイクロメートル単位のナノパウダー」**へとガリガリに『砕いて』いた。


そして、その粉末を高圧の『水』と混ぜ合わせ、黄金色の液体スラリーに変えて、配管から一滴残らず外へと『流し出して』いたのだ。


「何者だ!」


テロリストたちが気づき、

一斉に工具や銃を構えた。


「そこまでよ! ロンドン市警です!」


ハート刑事が銃を構えて叫ぶ。

しかし、主犯の男は不敵に笑った。

「ハハハ! 遅い。

すでに金塊の半分はパウダー状になって我がタンクの中だ。

このままポンプの流速を最大にすれば、残りの金塊もすべて水流に乗って消え去る。

お前たちなど、この高圧水流で消し飛ばしてやる!」


(残り時間はわずかだ! ポンプの流速を止め、ミルの回転軸をロックしなければ、大英帝国の黄金はすべて流出し、システムが過負荷で大爆発を起こすぞ!)


ホームズがコンソールを睨みつけたその瞬間、

ハート刑事の瞳が、

ハッカーのモニターに表示されていた「流速制御用の暗号数列」を捉えた。


彼女の「写真記憶」の歯車がガチリと噛み合う。

それは、今朝ヤードの広報室で彼女が数え切った、「偽五ポンド札の裏面のシリアルナンバー」の羅列だった。


「……あ! 分かったわ!」


ハート刑事が鋭く叫んだ。


「あの偽札のナンバー、印刷ミスなんかじゃない! この地下ミルの『緊急逆転ギア』の強制解除パスワードの並びと、ミリ単位で完全一致よ!」


(素晴らしい! 偽札という『囮』の裏に隠された、物理ハッキングの『鍵』を完璧に見抜いたぞ、ハート君!)


「ホームズ、今朝のブロックの並び……『M・I・L・L』の文字の順番に対応する、右から4番目の青いクラッチレバーよ! 叩き落としなさい!」


ハート君! 流体力学の弱点、

突かせていただく!

「ワンッ!!!」

ホームズは弾丸のように跳躍した。

狙うは、テロリストが握る増圧スイッチではなく、配管室の壁際に設置されていた、ミルの回転軸に直結する「緊急逆転クラッチレバー」だ。


ホームズは空中で自らの体重を預け、その『M-I-L-L』のレバーに前足で思い切りぶら下がった!

ガチャン!!!


次の瞬間、超高速回転していた地下の電脳ミルが、凄まじい金属音を立てて「逆回転」を始めた。


流速が急停止し、配管内の圧力が一気に反転する。

水中で絶妙なバランスを保っていた金のナノパウダーは、流体力学の法則に従って一瞬で配管の底へ激しく沈殿し、カチカチの「金塊の壁」となって配管の内部を完全に目詰まり(ブロック)させた!


「な、何ぃっ!? 金が配管の中で固まった……!? ポンプの圧力が逆流する!」


ハッカーの男が驚愕して操作盤に飛びつこうとする。


「そこよっ!!」

同時に、ハート刑が割り出したパスワードを制御盤に高速入力した。

プシューーーーッ!!!

金庫全体の緊急注水フラッシュシステムが作動し、逆流した大量の冷却水が、残った金の粉末を安全な防壁金庫へと一気に「押し流した」。


爆発の危険と金の流出は、完全に回避された。

「おのれ、よくも計画を……!」

逆上してナイフを抜いた主犯の男。

「てりゃぁぁぁーーーっ!!」

ハート刑事の容赦のない一本背負いが、狭い地下室の中で鮮やかに炸裂した。


ドガシャーーーン!!

男は固まった黄金のパイプに背中を猛烈に打ちつけ、そのまま目を回して気絶した。


「ふぅ……! 大英帝国の純金、すべて物理的に死守完了よ、ホームズ!」


ハート刑事は倒れた男たちに手際よく手錠をかけ、完全にフラッシュされた配管を見上げて満足そうに微笑んだ。


ホームズは、静まり返った地下室の奥、冷たい水が滴る暗い排水管の闇へと視線を向けた。


そこには、暗闇の奥から冷たい知性の光を放つ、“白猫の影”が静かに佇んでいた。


白猫モリアーティは、自らが仕組んだ「粉砕ミルと水流による電脳マイニング」が、ハート刑事の写真記憶とホームズの流体ジャミングによって完璧に瓦解したというのに、どこか嬉しそうにフッと喉を鳴らし、オッドアイを細めた。そして、暗い排水管の奥へと、音もなく消え去っていった。


(モリアーティ……どれほど微細に黄金を『砕き』、液体のように『流そうとも』、私とハート君が紡ぐ正義のフィルターをすり抜けることはできんさ)


「それにしてもホームズ、私の髪、染めなくて正解だったわね! やっぱりこの黒髪のウェーブが、一番手錠のシルバーに映えるもん! まるで今日の『ミル作戦』みたいにバッチリ決まってるでしょ?」


ハート刑が笑顔でホームズを抱き上げ、顔中をくしゃくしゃに撫で回す。


(……ふむ。君のコーヒーミル並みの突拍子もない超翻訳が、まさか本物のキャビテーション・ミルをストップさせるとはね。

まぁ、大英帝国の経済が破綻手前で救われたのだから、今回もその直感に免じて、大目に見てあげよう)


「ワン!」と誇らしげに一鳴きする名探偵。

暗い地下室を後にする二人の背中には、守り抜かれた黄金のような、確かな絆の輝きが灯っていた。

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