Episode 15:前編
Episode 15:前編
記憶の濁流、そして覚醒
霧がすべてを覆い隠すロンドン。崩れ落ちるレンガの壁。
網膜の裏に焼き付いたその光景は、偽りの夢などではなかった。
──そうだ、私は思い出した。
あれは「大英帝国の時空そのものを塗り替える」という、
文字通りの破滅的計画の最終局面だったのだ。
ホームズがライヘンバッハの滝で死ぬ少し前、
世間がそう信じ込まされていた時、
ジェームズ・モリアーティは秘密裏に
「クロノス・マニフェスト」と呼ばれる、
禁断のオカルト実験に手を染めていた。
彼はロンドンの地下に古代のアーティファクトを埋め込み、
街の時空間を歪めることで、
自らの知性を未来永劫に渡って
「保存・転送」する術を完成させようとしていたのだ。
その実験の引き金となる儀式の最中、ホームズは突入した。
(……思い出した。モリアーティは、
儀式の中心となる**『黄金の砂時計』**の中に、
自らの魂の一部と、
彼が寵愛していた白猫の生命を封じ込めていたんだ)
ホームズがモリアーティをはがい締めにして爆心地へと飛び込んだ瞬間、
その『黄金の砂時計』が激突の衝撃で砕け散った。
その場にいた二人の天才の魂は、
砂時計が放った強烈な時空の奔流(エネルギーの渦)に直接飲み込まれた。
物質的な肉体は瓦礫の下で果てたが、
「互いを倒すまで魂は消滅させない」という異常なまでの執着が、
時空の奔流の中で磁石のように引き合い、
魂の座標を固定してしまった。
本来なら、魂は「死」という安らぎへ向かうはずだった。
しかし、砂時計の魔力と二人の執着が重なり、
魂は「死」の領域からはじき出され、時空をさ迷うことになったのだ。
(そうか……。私はあの時の『執着の連鎖』によって、
ただ死んだのではなく、
この現代にまで魂の重力として引きずり込まれたのだ。
私の執着が私を犬へ、奴の執着が奴を猫へと変えた)
あの時、廃工場でワトソンが泣き叫ぶ影で、
世界はひっそりと、しかし決定的に「書き換わって」いたのだ。
私たちがビーグルと白猫として目覚めたのは、偶然ではない。
あの時、私たちが「人間として、あちら側」へ渡りきれなかった──
あるいは、「渡ることを拒絶した」ことの、当然の帰結だったのだ。




