Episode 13:後編
Episode 13:後編
不協和音のドームと、電子のバグ潰し、
熱狂の裏のカウントダウン、激しい重低音と、
数万人の観客の歓声が地響きのように揺れる
『ロンドン・ドーム』。
ハート刑事は「わあ、やっぱり凄い熱気! ホームズ、
連れてきてくれてありがとう!」と、
完全にライブの雰囲気に目を輝かせていた。
しかし、ハートの腕の中から抜け出したホームズは、
華やかなステージには目もくれず、
ドームの心臓部である「中央制御室」へと続く通路を疾走していた。
(……やはりだ。この空気の歪み。高周波の電子ノイズが、
ドームの音響システムに紛れ込んでいる)
ホームズの鋭い聴覚は、大音量の音楽の裏で刻まれている
「不正なデータ通信のクリック音」を正確に捉えていた。
今朝、空洞のブロックから見つかったUSBメモリ
──そこに記録されていたバックドア・プログラムが、
何者かによって遠隔起動させられているのだ。
狙いは、ドームの全通信網を乗っ取り、
ロンドン全域へと大規模なサイバーパニックを伝播させること。
制御室の扉の前にたどり着いたホームズが、
隙間から中を覗き込むと、
そこにはモニターの冷たい光に照らされた、
黒いキャスケット帽の男
──モリアーティの息がかかった天才ハッカーが、
高速でキーボードを叩いていた。
(見つけたぞ。奴がメインサーバーに
『最終コード』を流し込む前に、
あのUSBのパッチを当てて上書きしなければ……!)
写真記憶が暴く「タイムラインの死角」
「あ! ホームズ、そっちは関係者以外立ち入り禁止……って、
えええっ!? 何やってるのあなた!」
追ってきたハート刑事が、制御室の中の異常な光景を見て息を呑む。
「動かないで! ロンドン市警よ! そこで何をしているの!」
ハートが銃を構えるが、ハッカーの男は不敵に笑った。
「フハハ、遅いお巡りさん! あと10秒で、
ドームの全電力が遮断され、
ロンドン中の通信回線が死滅する!
メインシステムには強固な暗号ロックをかけた。
解除コードは俺の頭の中にしかない!」
(残り10秒……! 暗号をハッキングし返す時間はない!)
ホームズが焦りを見せたその瞬間、ハートの瞳が、
ハッカーのモニターの端に表示されていた
「エラーログの数列」を捉えた。
彼女の脳内で、今朝自宅で撮影した、
あの空洞のブロックの『X』の断面図がフラッシュバックする。
「……あ! 分かったわ!」
ハートが鋭く叫んだ。
「その暗号ロックのパターン、
さっきSNSのタイムラインで見た
『THE KEYS』の限定チケットの発券エラー画面のバグコードと、
ミリ単位で完全一致よ!」
(……何だと!? 敵の暗号システムに、
既存の音楽サイトのバグが流用されているのか!?)
「つまり、その暗号の一番の弱点は、
データの重さが『空っぽ』になっている部分
……今朝ホームズが鳴らした
、あの『中が空洞の音』の周波数よ!
ホームズ、あのUSBメモリを、
そのサーバーの右側のスロットに突っ込みなさい!」
(素晴らしい! 曲解の果てに、
電子データの『脆弱性(空洞)』という本質を完璧に見抜いた!)
名探偵のデジタル・ダイブ
(よし、ハート君! 電子のバグを潰してやる!)
「ワンッ!!」
ホームズはハッカーのキーボードを踏み台にして、
高く跳躍した。
牙でしっかりと咥えていたあの極小のUSBメモリを、
サーバーのフロントパネルにある青いポートへと、
弾丸のような勢いで正確に突き刺した!
カチリ。
「な、何ぃっ!? なぜそのマスターキーの存在を……!」
ハッカーが絶叫する。
USBメモリが認識された瞬間、
中に入っていた10年前のバックドア修正プログラムが高速で展開され、
ハッカーの不正コードを次々と上書き(チェックメイト)していく。
モニターに表示されていたカウントダウンが
「0.01秒」のところでピタリと停止し、
画面全体が真っ青な「SYSTEM SECURED(システム保護完了)」
の文字で埋め尽くされた。
「クソォォォッ!!」
逆上してナイフを抜こうとしたハッカーの男。
「てりゃぁぁぁーーーっ!!」
ハート刑事の容赦のない一本背負いが、
狭い制御室の中で鮮やかに炸裂した。
ドガシャーーーン!!
ハッカーは制御用のデスクに叩きつけられ、
そのまま目を回して気絶した。
響き渡るアンコール
「ふぅ……! サイバーテロ、未然に阻止完了!
よくやったわ、ホームズ!」
ハートは男に手錠をかけ、
ホームズを抱き上げて満面の笑みを浮かべた。
制御室の防音窓の向こうでは、何も知らない数万人の観客が、
本編終了のアンコールを求めて、
一糸乱れぬ完璧な手拍子をドーム中に響かせていた。
ホームズがふと、制御室の天井近くにある、
暗いキャットウォーク(足場)を見上げると──
そこには、スポットライトの逆光を浴びて、
一匹の白猫モリアーティが静かに座っていた。
奴は、前の自分が仕込んだ最高の隠し財産(USB)が、
まさか「ブロックの音の違い」から暴かれ、
自らの計画を瓦解させる鍵になったことに、
哀愁を帯びたオッドアイを細めていた。
そして、アンコールの歓声に紛れるように、
影の中へと消え去った。
(モリアーティ……。どんなに完璧に隠したつもりでも、
物には必ず『音』があり『重さ』がある。私の五感と、
このバディの『超解釈』がある限り、
お前の隠し事はすべて白日の下に晒されるのだ)
「さぁホームズ! 事件も解決したし、せっかくだから特等席で『THE KEYS』のアンコール、聴いていきましょ!」
ハートが嬉しそうにホームズの耳元で囁く。
(フッ……。電子の『KEY』は片付いた。
たまには本物の音楽の『KEY』に、この天才的な耳を傾けるのも、
英国紳士の嗜みとしては悪くないな)
「ワン!」と短く、心地よい音で鳴いてみせる名探偵。
熱狂するロンドンの夜、二人の凸凹なビートは、
誰よりも完璧に調和して響き渡るのだった。




