Episode 13:前編
Episode 13:前編
鳴り響く空洞と、偽りの重さ、
わずかな「音」の不協和音、事件の起きない平穏な午後。
リビングの絨毯の上で、
ホームズは前足を使ってアルファベットブロックを
ひとつずつ丁寧にドミノのように並べていた。
カチャ。カチャ。カチャ。
ビーグル犬の優れた聴覚は、
木片同士が触れ合う微細な音の違いをも逃さない。いつもと同じ、
目の詰まったブナの木が立てる、
コツンという硬く詰まった音。……しかし。
──ポス。
『 X 』のブロックが床に倒れた瞬間、
ホームズの耳が奇妙な違和感を捉えてピクリと跳ね上がった。
(……待て。今の音はなんだ?)
他のブロックとは明らかに違う、
どこか軽くて響きのない、内側に空間を孕んだような鈍い音。
ホームズは鋭い目を光らせ、
その『X』のブロックを前足で引き寄せた。
鼻先でひっくり返し、肉球で軽く叩いてみる。
──コン、コン。
(間違いない。このブロック……中が『空洞』になっている!)
仕込まれた電子の骸
ホームズは短い爪をブロックの継ぎ目に引っ掛け、
大英帝国の名探偵としての執念で強引にこじ開けた。
パカリ、と小気味よい音を立てて分割された木片の内部。
精密にくり抜かれたその空洞から転がり出てきたのは、
金属製の極小の「USBメモリ」だった。
(……ほう。こんなところに電子の隠し財産
が仕込まれていたか。あの『M』のフロント企業め、
ただの知育玩具の箱にどれだけの秘密を隠匿していたのだ)
ホームズはUSBメモリの端子に鼻を近づけた。
微かに残るオゾンの臭い。そして、あの甘ったるいレモンの香料。
(モリアーティ……。奴が10年前に隠した、
ロンドン中の主要施設の防犯セキュリティを無効化する
『バックドア・プログラム』のマスターキーか!)
これさえあれば、奴の過去の遺産を完全に掌握できる。
ホームズは興奮を抑えきれず、
散らばったブロックから文字を並べ立てた。
[ K - E - Y ](キー / 鍵)
「ワンッ! ワンワンッ!」
ホームズは『KEY』の文字とUSBメモリを交互に前足で叩き、
ソファーでスマホをいじっていたハート刑事を激しく呼び寄せた。
(ハート君、一刻を争う!
これを警察署のメインフレームに接続して解析するんだ!)
バディのソウルフルな超翻訳
「ん? なにホームズ、そんなところで変な音立てて……。
あ、またブロック? どれどれ?」
ハート刑事はスマホを置いてしゃがみ込み、
ホームズが必死にアピールしている『K・E・Y』の3文字と、
転がっている小さな金属片をじっと見つめた。
彼女の驚異的な「写真記憶」が、その光景を脳内に焼き付ける。
「『K』『E』『Y』……キー。で、この四角くて薄い金属……。……あーーーーっ!」
ハートはポンと手を叩き、目をうるうると輝かせた。
「分かったわ! あなた、
私の大好きなアコースティックバンド
『THE KEYS』の限定ライブチケットが欲しいのね!?」
(……は? バンド? なぜこの精密な電子媒体を見て、
アーティストのチケットという発想になるんだ!)
「確かに、そのバンドの最新アルバムの特典に
『特製シルバーチャーム(金属片)』がついてくるって、
さっきSNSのタイムライン(写真記憶)で見たわ! つまり、
このブロックの音は、
ライブ会場の『スピーカーの音響(KEY)』
が最高だって教えてくれてるんだわ! よし、
今日の臨検は、
そのライブが開催される『ロンドン・ドーム』に決まりね!」
ハートは嬉々としてチケットの抽選画面を開きながら、
ホームズを小脇に抱え上げた。
(違う! 音楽の趣味の話ではない!
サイバーテロの『鍵(KEY)』だ! なぜ君の脳内フィルターは、
国家レベルの機密データをすべて
『推し活』のグッズに変えてしまうんだ!)
しかし、ホームズはハッとした。
『ロンドン・ドーム』
──それは、
本日モリアーティの残党による大規模な通信障害テロが予測されている、
まさにその中心地だった。
(プロセスの妄想力は相変わらず壊滅的だが、
導き出す『目的地』だけは、またしても寸分違わず一致している……!)
名探偵と迷刑事は、偽りの重さを秘めたUSBメモリを携え、
熱狂と陰謀が渦巻くドームへと向かうのだった。




