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Episode 11:後編

Episode 11:後編


不発の火薬ノー・スモークと、

逆転の排気口タイムリミットは乾いた音と共に

(急げ、ハート君! 分署長のタバコどころではない、

劇場の心臓部が狙われている!)


ホームズは短い四肢を激しく動かし、

カビ臭い地下配電室の廊下を猛スピードで駆け抜けた。

鼻腔を刺す導火線の焦げる臭いは、刻一刻と強くなっている。


バックドラフトの危険を顧みず、

半開きになった配電室の鉄扉をすり抜けると、

そこには最悪の光景が広がっていた。

部屋の中央にある巨大な高圧変電コンソール。

その隙間に、大量のガソリン缶と、

赤く点滅するデジタルタイマー付きの

「テルミット式発火装置」が仕掛けられていたのだ。


シュルシュルシュル……!


火花を散らしながら、

導火線がまさに爆弾の信管へと吸い込まれようとしている。

残り時間はあと1分もない。


『ニャア』


コンソールの真上、太い排気ダクトの縁に、

あの白猫モリアーティが座っていた。

奴は前足で、一本の焦げたマッチ棒を弄びながら、

冷酷なオッドアイでホームズを見下ろしている。


(モリアーティ……!

弁論大会に集まった無辜むこの子供たちを巻き込むなど、

前世の貴様でもせぬような暴挙だ! 完全に理性を失ったか!)


2. 写真記憶の「愛煙家データベース」

「ホームズ! どこへ行ったの──って、

きゃあぁぁ!? 火事じゃない!?」

遅れて飛び込んできたハート刑事が、

激しく火花を散らす導火線を見て悲鳴を上げた。


「大変、すぐに水を──ダメ、

ガソリンがあるから水は逆効果よ! どうすれば……」

慌てるハート。しかし、

彼女の視線がコンソールの横に落ちていた

「ある私物」を捉えた瞬間、

彼女の「写真記憶」の歯車がガチリと噛み合った。


それは、先ほど楽屋口で説教した分署長が愛用している

「最高級ブランドの金属製ライター」だった。

なぜかそれが、爆弾の導火線のすぐ横に設置されていたのだ。


「……あ! 分かったわ!」

ハートがスマホの画面を叩き、

今朝ホームズが並べた「N-O-S-M-O-K-E」の文字を思い浮かべる。


「分署長、さっき『今日から禁煙(NO SMOKE)するから、

ライターを地下のゴミ箱に捨てた』って言ってたわ!

でも、そのライターの表面についている傷の形……」


彼女の脳内で、3日前に見た「

ロンドン広域連続放火魔」の手口データがフラッシュバックする。


「このライター、分署長が捨てたんじゃない!

犯人が分署長のロッカーから盗み出して、

『分署長によるタバコの不始末に見せかけるための偽装工作

(NO SMOKEの裏返し)』としてここに置いたんだわ!

犯人の狙いは、警察に罪をなすりつけることよ!」


(素晴らしい! プロセスの曲解きょくかいは凄まじいが、

犯人が仕組んだ『偽装工作の意図』の核心を完璧に見抜いたぞ、

ハート君!)


「そして、

このライターの底に刻まれているシリアルナンバーの並び……。

これは、この劇場の

『全館一斉スプリンクラーの非常作動コード』

の並びと、ミリ単位で完全一致よ!」


(……いや、

なぜライターの製造番号が劇場のパスワードと一致するんだ!?

まぁいい、それが解除キーだな!?)


3. 名探偵の「窒息チェックメイト」

「コードの入力パネルは……あのコンソールの裏よ! でも、

導火線がもう届いちゃう!」


導火線の火花は、

あと数センチでガソリン缶の信管に触れようとしていた。

ハートがコンソールの裏へ回り込む時間はない。


(ハート君、パネルの操作は任せた! 火種は私が消す!)


「ワンッ!!!」


ホームズは弾丸のように跳躍した。

狙うは火花を散らす導火線──ではなく、

コンソールの真上で白猫が座っている

「排気ダクトの大きな遮断弁ダンパー」だ。

ホームズは空中で自らの体重を預け、

ダクトの横に突き出ていた金属製の閉鎖レバーに、

前足で思い切りぶら下がった!


ガチャン!!!


凄まじい金属音と共に、太い排気ダクトの弁が完全に閉じる。

配電室への空気(酸素)の供給が、

一瞬にして完全に遮断された。さらにホームズは着地の勢いのまま、

床に落ちていた分署長の分厚い「ウール製の防寒マント」

(これも偽装用に置かれていたものだ)を

、鋭い牙で引きずり、ガソリン缶と導火線の上へと覆い被せた!


「そこよっ!!」

同時にハートがコンソールの裏でパスワードを入力する。


プシューーーーッ!!!


天井のノズルから、水ではなく、

電気設備用の「二酸化炭素消火ガス」が猛烈な勢いで噴き出した。

酸素を奪われ、ガスに包まれた導火線の火は、

信管に到達するわずか1ミリ手前で、完全に窒息して消滅した。


デジタルタイマーの点滅が止まり、

緑色の「SAFE」の文字が浮かび上がる。


硝煙の彼方のレクイエム

「はぁ……はぁ……。

止まった……。

本当に止まったわ、ホームズ!」


ハート刑事はその場にへたり込み、

ガスで白くなった部屋の中でホームズを強く抱きしめた。

地上のホールからは、

何も知らない子供たちの健やかな拍手と歓声が、

床を通じて微かに響いてくる。


ホームズが煤のついた顔を上げ、

閉じられた排気ダクトの隙間を見上げると、

そこにはすでに白猫の姿はなかった。

ただ、ダクトの縁に、焦げたマッチ棒で

『落第(Failed)』と書かれた小さなメモだけが残されていた。


(フッ……。手駒の偽装工作も見破られ、爆破も阻止された。

モリアーティ、今回の勝負は完全に私の、

いや、私たちの勝ちだな)


ホームズは満足げに鼻を鳴らし、

ハートの腕の中で小さく尻尾を振った。


「やっぱり、ホームズの

『禁煙のすすめ(NO SMOKE)』は正しかったわね!

分署長がタバコを吸い続けようとしたから、

犯人にライターを悪用されちゃったんだもん。

これからは署内を完全禁煙にさせるわ!」


(……だから、そういう話ではないのだがね、

ハート君。まぁ、街の平和と分署長の健康が同時に守られたのだから、

今回もその『超翻訳』に免じて、大目に見てあげよう)


「ワンッ!」と可愛らしく鳴いてみせる名探偵を抱え、

熱血刑事は誇らしげに地下室を後にした。

宿敵の悪意がどれほど深くとも、この噛み合わない二人の絆が、

ロンドンの街を、今日も灰になる手前で救い出すのだった。

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