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Episode 11:前編

Episode 11:前編


N-O-S-M-O-K-Eの燻る煙、鼻を刺す、見えない硝煙

雨上がりのロンドンの朝。街全体が湿った空気に包まれる中、

ハート刑事のテラスハウスのリビングでは、

ホームズが異様な緊迫感を漂わせていた。


(……おかしい。湿気を含んだ風の奥から、

かすかに漂うこの異臭……。これはただの雨の匂いではない。

高純度の木炭、硫黄、そして……ガソリン。

間違いない、『放火魔』が街に潜んでいる!)


まだ煙すら上がっていない街の気配から、

ホームズの驚異的な嗅覚は、

これから起こるであろう大火災の「予兆」を敏感に察知していた。


一刻を争う。

ホームズは絨毯の上に散らばるアルファベットブロックへ飛びつくと、

短い前足と鼻先を高速で動かし、7文字の警告を紡ぎ出した。


N - O - S - M - O - K - E (ノー・スモーク / 煙を出すな・禁煙)


「ワンッ! ワンワンッ!」

ホームズは完成した文字を前足で激しく叩き、

出勤前のトーストを咥えていたハート刑事を呼び寄せた。


(ハート君、のんびり朝食をとっている場合ではない! 街が、

あの『M』の放火魔の手によって火の海にされようとしている!)


健康志向のウルトラ超翻訳

「ん? なーにホームズ、朝からそんなに血相変えて。

あ、またブロックのメッセージね」


ハート刑事はトーストをモグモグしながらしゃがみ込み、

ホームズが並べた「N-O-S-M-O-K-E」の文字列をじっと見つめた。

彼女の「写真記憶」のレーダーが、

並んだアルファベットを脳内にスキャンする。


「『N』『O』……ノー。

で、後ろが『S』『M』『O』『K』『E』……スモーク。

ノースモーク。……あ!」


ハートはポンと手を叩き、感動したように両手を頬に当てた。


「分かったわ! あなた、私の健康を心配して

『禁煙(NO SMOKE)』を訴えてるのね!?」


(……は? いや、君はそもそもタバコなど吸わないだろう!)


「確かに最近、署の分署長がヘビースモーカーで、

その副流煙が私の服についてたかもしれないわ。

それを嗅ぎつけて『タバコは体に悪いよ!』

って教えてくれるなんて……。

なんて健気なポチくんなの!

よし、今日の臨検は、

その分署長にガツンと禁煙を勧めることに決まりね!」


ハートは嬉々として捜査用のトレンチコートを羽織り、

ホームズを小脇に抱え上げた。


(違う! 分署長の健康指導ではない! 放火だ、

大規模な『火災(SMOKE)』の危険を知らせているんだ!

なぜ君の脳内フィルターは、凶悪なテロの予兆をすべて

『ほのぼの健康ライフ』の標語に変えてしまうんだ!)


禁煙指導の先にある「発火点」

ハートがホームズを連れてやってきたのは、

ロンドン中心街にある、レンガ造りの歴史ある

中央劇場グランド・シアター』だった。

今日はここで、ロンドン警察主催の「少年少女防犯弁論大会」

が開催されることになっており

、分署長も役員として出席していたのだ。


「分署長! タバコは控えてください! うちのポチが嫌がってます!」

楽屋口で分署長に突撃するハート。


(ハート君、そんなお門違いな説教をしている暇は──)


その時、ホームズの鼻が、劇場の地下ダクトから噴き出してきた

「決定的な匂い」を捉えた。

それは、今朝自宅で嗅いだものとは比較にならないほど濃密な、

「導火線が燃える匂い」だった。


(しまっ──! 奴の狙いはこの劇場だ!

弁論大会に集まった大勢の子供たちもろとも、ここを焼き尽くす気か!)


ホームズが鋭い視線を劇場の地下階段へと向けると、

暗闇の中から、あの甘ったるくも冷徹な、

白い毛並みの主──白猫モリアーティが、

フッと喉を鳴らして姿を現した。


白猫の首には、小さなマッチ箱が結びつけられている。

奴はホームズを見ると、ニヤリとオッドアイを輝かせ、

地下の配電室の方へと音もなく駆け去っていった。


(モリアーティ……! 貴様、本当に容赦のない真似を……!

ハート君、地下だ! 地下に本物の『煙(SMOKE)』が迫っている!)


ホームズはハートの腕から飛び降りると、

暗い地下階段へと弾丸のように駆け下りていった。

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