Episode 2-前編
Episode 2-前編
静かな朝の違和感翌朝。
ハート刑事のテラスハウスに朝日が差し込むと同時に、
ホームズの嗅覚は“情報の洪水”を受け取っていた。
草の匂い。
洗剤の匂い。
隣人の朝食のベーコンの匂い。
そして──いつもは、新聞のインクの匂い。
(毎朝6時3分──新聞が投函される音がする。
この規則性は、実に心地よい)しかし、その音が来ない。
(……妙だ)
ホームズは玄関に向かって耳を立てた。
ハートが寝ぼけ眼でリビングに現れる。
「ふぁぁ……ホームズ、おはよ……。あれ?新聞まだ?」
(ああ、ハート君。どうやら“異常事態”だ)
ホームズは玄関に向かって吠えた。
「ワンッ!」
「え?散歩?……違うのね。新聞が気になるの?」
ハートが玄関を開けると──
新聞はなかった。
代わりに、
新聞配達員の自転車だけが倒れていた。
ハートは慌てて外へ飛び出した。
「ちょっと……誰か倒れてたりしないよね!?」
ホームズは地面に鼻を近づけ、
匂いの層を一つずつ剥がすように分析した。
(……血の匂いはない。争った形跡もない。だが……これは……)
地面に、白い粉が落ちていた。
ホームズは慎重に匂いを嗅ぐ。
(砂糖……いや、もっと人工的な香り……これは……“レモン香料”だ)
先日、ハートが食べていたドーナツ。
その箱から漂っていた独特の香り。
ホームズは粉を前足で広げた。
その中に──
極小の紙片が一枚、混じっていた。
ホームズはそれを前足で押さえ、
ハートに見せるように吠えた。
「ワンッ!」
「え?紙……?なにこれ……」
ハートが拾い上げると、
紙片には薄くインクが滲んでいた。
「……あれ?これ……
“シャーロック・ドーナツ”のロゴじゃない?」
ホームズ(心の声)
(そうだ。粉だけなら偶然だが、
この紙片は“包装紙”の一部……
つまり犯人はドーナツ屋に関係している)ハートは目を見開いた。
「ホームズ……あなた……ドーナツ屋に行けって言ってるのね!」
ホームズ
(ようやく伝わったか……!)
「よし、行くわ!ドーナツ屋に!」
(……まあ、結果的に正しい)こうして、
ホームズの“推理”は自然にドーナツ屋へと繋がった。
ハート刑事の特技、写真のように記憶する
『シャーロック・ドーナツ』に到着すると、
店内は朝から賑わっていた。
「いらっしゃいませ〜!……あれ?この間のワンちゃん!」
店員が笑顔で近づく。
「この子、ほんと可愛いですね〜!」
(私は可愛いのではない。紳士だ)
ハートはスマホを取り出し、警察の地域データベースを開いた。
「この顔……見覚えあるのよね。 えっと……名前は……」
彼女は画面をスクロールしながら呟く。
「私、顔は覚えられるんだけど、名前が全然ダメで……
あ、いた!この人、いつもの配達員さん!」
ホームズ(心の声)
(なるほど……顔を記憶して、データベースで照合するのか。
ハート君、意外と優秀ではないか)ハートはその写真を店員に見せた。
「この人、今朝来ませんでした?」
店員は眉をひそめた。
「いつも8時に来るのに、今日は来なかったですね」
ホームズは店内を歩き回り、床の匂い、ゴミ箱の匂い、ショーケースの匂いを嗅いだ。
(……む?)ショーケースの下に、小さな紙切れが落ちていた。
ホームズはそれを口にくわえ、ハートに持っていく。
「え?なにこれ……?」紙には、
新聞の切れ端が貼り付いていた。
しかも──
よだれでふやけている。
(……これは……配達員が落としたものではない。
“誰か”が意図的にここに置いた……)
ハートは紙を広げた。
「……“HELP”?」新聞の文字の一部が、
よだれで滲んで浮き上がり、H・E・L・P の形になっていた。
「ホームズ……これ、あなたが見つけたの?」
(当然だ)
ハートは震える声で言った。
「……誘拐事件かもしれない」




