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Episode 69:前編

Episode 69:前編


「深淵のヤード(S-C-O-T-L-A-N-D)――特別捜査室の辞令と、消えた二人」


霧のヤードへ下った通達

エディンバラ大学での「仮面の招待状事件」から数日後。ロンドン・スコットランドヤード(ロンドン警視庁)の総監室には、一枚の極秘通達が届けられていた。

発信元は、あの卒業生パーティーに同席していた警察庁の最高幹部。政府や大英帝国の政界中枢に太いパイプを持つその人物は、ハナコ・ハート刑事の卓越した身体能力、そして「アイリーンの生まれ変わり」という国家のインフラすら揺るがしかねない脅威に対し、即座に組織のグリッドを動かしたのだ。


通達の内容は、スコットランドヤード内部に『広報課兼務・特別捜査室』を新設し、その中心ポストにハート刑事を据えるというものだった。

本来、ハート財閥の令嬢であり、イギリス最高峰の学業を修めてきたハート刑事であれば、キャリア組の管理職幹部としてヤードのトップに君臨していてもおかしくはない。

しかし、「現場で困っている人やポチ君の力になりたい」という本人の強い希望により、これまであえて役職無しの平刑事という立場を貫いてきたのだ。


だが、今回の辞令は違った。用意されたポストは、現場の全指揮権を持つ**「特別捜査室・主任」**。

これまでの自由な立場を縛る「役職」ではあったが、ハート刑事はこの辞令を、迷うことなく毅然とした態度で受け入れた。

なぜなら、その捜査室に与えられた第一の極秘任務こそが、アイリーンに連れ去られたキャサリン・リンド、そして――あのエディンバラの夜から、ハッキングの痕跡を追ったまま忽然と姿を消してしまった、バーバラ・リンドを捜し出すことだったからだ。


主任ハナコ・ハート、始動

「ポチ君、私、今日からここの主任になったわ。……でも、やることは何も変わらない。キャサリンとバーバラを、私たちの手で絶対に連れ戻すのよ!」

新設された特別捜査室の重厚なマホガニーのデスクに、ハート刑事はヤードの新しいIDバッジを置いた。トレードマークであるクリスチャン・ルブタンのヒールを響かせ、引き締まった表情で部屋を見渡す。


その足元には、お留守番を終えて現場へ復帰したポケット・ビーグル、世界一の名探偵ホームズが静かに佇んでいた。

(ふむ、広報課兼務の特別捜査室、か。ヤードの政治的思惑が見え隠れするが、今の私たちにとっては、警察のデータベースと捜査権力をノーリミッツに動かせる最強の『盤面グリッド』が手に入ったというわけだ。ハート君、いや、ハート主任。君のその真っ直ぐな正義のロジックを、今こそ組織の力で加速させる時だな)


ホームズは低く「ワン」と鳴き、主人の覚悟を肯定するようにその鋭いオードブル色の瞳を細めた。

残されたデータログと、不穏な足跡

かつてバーバラが使っていたデータノートの同期画面を、捜査室のメインモニターに映し出す。しかし、画面に表示されるのは「接続エラー」の冷たい文字だけだった。


「アイリーン・アドラーの生まれ変わり……。彼女はバーバラの『明晰な頭脳』すらも、自分の脚本シナリオに取り込もうとしているんだべ……!」

あまりの緊迫感と身内を思う焦燥から、ハート刑事の口から不意に故郷の訛りが漏れ出す。


その時、ホームズがデスクの上のキーボードへ飛び乗り、前足で特定のコマンドを正確に叩いた。画面の隅で、バーバラが消える寸前にヤードの広報課サーバーへ強制的に潜り込ませていた、「暗号化された音声ログ(じる……じる……)」という奇妙なノイズが再生され始めた。

それは、ただの通信不良の雑音ではない。人間の声の周波数を極限まで圧縮した、バーバラからの決死のシグナルだった。


(ハート君、聴くんだ。このノイズの裏にあるグリッドを精査しろ。バーバラ君はただ捕まったわけではない。彼女は囚われの身でありながら、奴の懐で『何か』をハッキングし、私たちに次のチェス盤の座標を送っている!)


ヤードの新設された捜査室で、一人と一匹の新たな闘いが幕を開ける。消えた二人の少女の行方を追う論理の矢は、ロンドンの地下に広がる、さらに深い闇へと向けられようとしていた――。

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