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Episode 68:中編

Episode 68:中編

「暗転のプロトコル(E-D-I-N-B-U-R-G-H)――仮面の招待状と、遠隔の羅針盤」

「ハナコ姉様、落ち着くべ! 会場の全電源が遮断されたべ。でも、これは単なる停電じゃない、エディンバラ大学の基幹システムへのクラッキングだべ!」


インカムから響くバーバラの鋭い声。PCを凝視する彼女の指先は、すでに政府直結の通信グリッドを逆探知し始めていた。


その時、お留守番カメラの向こうで、犬のホームズが「クゥーン……」と低く、鋭く鼻を鳴らした。

「ハナコ姉様、大先生が『動くな』って言ってるべ! 封筒の質量と摩擦音から推測するに、それは上質な羊皮紙だべ。奴は最初から姉様がここに潜入することを知っていて、あえて泳がせていたんだって、大先生の耳の動きが物語ってるべ!」


お留守番のホームズは、ハート刑事のインカムから拾う微かな衣擦れの音と、会場のパニックのざわめきから現地の状況を脳内に立体的に描き出していた(記憶の宮殿の応用による、犬特有の超聴覚をベースにした完全な遠隔グリッド構築である)。


「大丈夫よ、ポチ君、バーバラ。私の『写真記憶』は闇の中でも作動しているわ。さっきの手紙を渡した男の骨格、歩幅、そして身に付けていたシトラスの香水……ヤードのデータベースと照合できるレベルで完璧に記憶したわ!」


ハート刑事は暗闇の中でドレスの裾を軽く翻し、即座にキャットウォークのような静かな足取りでホールの壁際へと身を寄せた。


あの女が遺した論理のパズル

非常用電源が起動し、ホールに薄暗い琥珀色の照明が戻った時、ハート刑事はすでにバルコニーの影へと身を隠していた。


胸を高鳴らせながら開いた封筒、エディンバラ大学のエンブレムが刻印された漆黒の封筒。

中には、真っ白なカードが一枚。

そこには、洗練された筆記体でこう記されていた。

『政治学・国際関係学の優秀な生徒たちへ。国会の未来データが欲しければ、ブキャナン・インスタチュートの第4講義室へおいでなさい。ただし、ハート刑事。あなたのその美しい“ヤード流の正義”を動かせば、妹君の安全は保証しないわ』


「やっぱりアイリーンだわ……! キャサリンを人質にして、私を脅迫しているんだべ!」


あまりの緊迫感に、ハート刑事の口から思わず故郷の訛りが飛び出す。


ホームズが「ワン! ワン!」と短く吠え、前足でエディンバラの地図の特定の場所をピシッと叩いた。

「大先生が言うには、やっぱり『自称、あの女』の生まれ変わりはハナコ姉様の心理的な弱点を突いてきてるべ! 姉様が従妹を救うために独断で動くこと、そしてヤードの同僚に連絡を絶つことまで計算に入れているって、いま大先生が激しく尻尾を振って警告してるべ!」


さらにホームズが(ワンワンワンワン)と規則正しく四回鳴いた。

バーバラが即座にキーボードを叩く。

「なるほど、大先生の言う通りだべ! 該当の講義室周辺のCCTV(防犯カメラ)のデータグリッドが、完全に偽のループ映像に差し替えられているべ。ハナコ姉様が今そこへ飛び込んだら、完全に孤立無援のトラップに嵌められるべ!」


遠隔の絆と、反撃のシンメトリー

「でも、迷っている時間はないわ! キャサリンがそこにいるかもしれないのよ!」


ハート刑事はバルコニーの手すりに手をかけ、ドレスのままで夜のエディンバラの街へと跳躍しようとした。

その瞬間、画面の向こうのホームズが「バウッ!」と、これまでにない威厳に満ちた声で吠え、ハナコの動きを制した。続けて、キャンキャンとリズミカルに鳴き声を重ねる。


「ハナコ姉様、待つんだべ! 大先生からの作戦だべ。『君の身体能力を研究し尽くしたアイリーンの予測を上回るには、君と、バーバラ君、そして私という三人一匹の完全な調和シンメトリーが必要だ。君のその驚異的な身体のバネと写真記憶を、私の論理ロジックで補正する』……って、ポチ君の目が語ってるべ!」


ホームズは静かに立ち上がり、デスクの上のロンドン=エディンバラ間の鉄道路線図と、大学の構造図を肉眼で精査し、鼻先で小突いてバーバラに見えるようにカメラへと向けた。


ホームズが地図の一点を前足でトントンと叩き、「ウゥー」と低く唸る。

「了解だべ、大先生! 大先生の指示通り、エディンバラ大学の社会政策学スクールが管理する公共福祉の『ダミーデータ』を偽装構築するべ。奴が求めているのは本物の国家機密じゃない、ハナコ姉様という最高の駒を完全に支配下に置くための『エサ』。だったら、そのエサをこちらでコントロールしてやるべ! 10秒で偽のデータグリッドを構築して、ハナコ姉様のスマホに同期させるべ!」


ハート刑事はインカムから聞こえる、ホームズの鳴き声に込められた冷徹なまでの信頼と、それを完璧に翻訳するバーバラの頼もしいキーボードの音に、深く息を吸い込んだ。


パニックに陥りかけていた脳内測定器が、名探偵の羅針盤(ポチの鳴き声)によって数ミリの狂いもなく正確な「捜査モード」へと修正されていく。


「分かったわ、ポチ君。私はあなたの指示通りに動く。自称、アイリーンの予測の、その1ミリ先へ!」


夜の帳が降りたエディンバラ大学のキャンパス。歴史ある石造りの校舎の向こう、闇に沈むブキャナン・インスタチュートの窓に、不気味な青い光が灯るのを二人と一匹は見逃さなかった。

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