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Episode 67:前編

Episode 67:前編


「消えた境界線(B-E-L-F-A-S-T)――言語パズルと、サウス・ケンジントンの誤認逮捕」

タワーマンションの同郷トーク

ある日の午後。ハナコ・ハート刑事と、ポケット・ビーグルのホームズは、ロンドンへ移住してきたばかりのキャサリンの高級タワーマンションを訪れていた。


そこには、データ解析を得意とするバーバラも同席していた。

ハート刑事の実家は北アイルランドの高名な財閥であり、彼女のおじにあたるリンド家もまた、同じ北アイルランドの血を引く同郷の一族である。

そのため、この部屋に集まった三人の会話には、自然と懐かしい故郷の響きが混ざり合っていた。


「お姉ちゃん、ロンドンの生活は刺激的だけど、たまに言葉が通じなくて困るわ」


キャサリンが高級な紅茶を淹れながら、故郷特有のスラングについて苦笑いを浮かべた。


「昨日も不動産のディーラーに『この部屋の条件は**Grand(素晴らしい、問題ない)**ね』って言ったら、『えっ、1000ポンド(ロンドンのスラングでGrand)の追加ですか? それとも豪華絢爛という意味ですか?』って真顔で聞き返されたのよ」


それを聞いて、バーバラがタブレットPCの手を止めて笑った。


「それはロンドンあるあるね。ベーカー街の名探偵ホームズにとっても、私たちの故郷の言葉は、時々複雑な暗号のように聴こえているかもしれないわ」


路地裏の不審な通話

その時、ハート刑事が携帯していた通信機器から、張り詰めた音声が流れた。

『サウス・ケンジントンの路地裏にて、不審なトレンチコートの男を目撃。密売人と思しき符牒(隠語)を口にしている模様』


職務への強い使命感を持つハート刑事は、ホームズを伴って即座に現場へと急行した。薄暗い路地裏へ足を踏み入れると、確かに怪しげな男がスマートフォンを片手に、周囲を警戒しながら大声で通話している姿があった。


「おい、裏のルートのブツはどうなった? ああ、あの件は**Deadly(北アイルランドの口語で「最高だ」)だ! それにターゲットのWee dog(小さな犬)の拠点はBoggin(汚れている、散らかっている)**だからな。……ああん? Bout ye?(「調子はどうだ?」という挨拶)、順調かって聞いてんだよ!」


この通話を耳にしたハート刑事の思考は、ロンドン流の解釈に囚われ、一気に最悪の事態を想定してしまった。


(な、なんですって!? 『Deadly(致命的で死ぬほど危険な)』テロ計画を企てているの!? しかも、可愛いポチ君のことを『Wee dog(おしっこまみれの犬)』呼ばわりした上に、私たちの拠点を『Boggin(下品な隠語)』だなんて……! 最後の『Bout ye?』は、爆弾を起動させるカウントダウンの合図に違いないわ!)


その隣で、男の声音とアクセントから瞬時に真実を悟ったホームズが、バディの早とちりを止めようと服の裾を引いた。


(待て、ハート君。落ち着いて男の言葉の背景を精査するんだ。あれは犯罪組織の暗号などではなく、単なる――)


「ワン! ワンワンッ!」

ホームズの鋭い制止の声も虚しく、正義感に燃えるハート刑事は、すでに男の背後へと音もなく突進していた。

「そこまでよ、大英帝国の平和を脅かす密売人! その危険な計画、ヤードの私がここで完全に阻止してみせるわ!」


男が驚愕してスマートフォンを落とし、逃げ出そうとした瞬間、ハート刑事は無駄のないしなやかな動きで懐へ潜り込んだ。相手の右腕を巧みに巻き込み、警察学校で培った完璧な逮捕術の関節技チキンウィング・アームロックへと移行する。


ガシッ!!!

「うわあああ!? なんだこの人は、痛い、痛い! 腕が折れるべ!」


男は悲鳴を上げて地面に組み伏せられた。しかし、その苦悶の声から溢れ出たのは、ハート刑事たちにとっても極めて聞き馴染みのある、濃い北アイルランドの訛りそのものだった。


ホームズは前足で静かに顔を覆い、深くため息をついた。

(やれやれ、私の推論通りだ。ハート君、君は完全に言葉のニュアンスを履き違えているぞ……)


北アイルランドの一族としてのルーツと、ロンドンという大都会の言語のミスマッチ。この取り違いが生んだ誤認逮捕の混乱の中から、物語は思わぬ事件の核心へと繋がっていく。

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