Episode 66:後編
Episode 66:後編
「中央銀行の気流閉鎖(W-I-N-D-Y)――逆転チェックメイト」
大英帝国中央銀行、地下11メートルの巨大金庫室。
白猫が風の塔から逆流させた超高圧ハッキング気流により、金庫室の巨大な換気ダクトは完全にロックされ、内部の酸素をノーリミッツに吸い出す「真空の檻」へと変貌していた。
「ポチ君、バーバラちゃん! 隔離された金庫室の中で、総裁の気密セーフティが完全破損(破砕)するまで、あと**【22秒】**しかないわ!」
ハート刑事は、休日用のカジュアルなサマーニットを翻し、金庫室の分厚いチタン製気密扉の前で叫んだ。
扉のスマート・コントロールパネルは真っ赤なエラーログを吐き出し、僅かな隙間もない鉄壁のシンメトリーで2人を拒絶している。
破壊的キックを使えば内部の気圧が急変動し、総裁の命が危険に晒される(デッドリー)という、冷酷な密室パズルだ。
「ハナコ姉様、落ち着くべ! 敵の風のコード(暗号)は、さっきの指輪の欠片の中に1対1の比率で残されてるべ!」
イヤホンから聞こえるバーバラの素直な知性が、データノートの解析グリッドを電光石火で走らせる。
「大先生! 白猫が風の塔でやった『左へ一度、右へ一度、真上へピン』の尻尾の動きは、この金庫室の気流弁を開けるための、完璧な角度のプロット(手順)だったんだべ!」
(ふむ。やはりな。白猫は自らの絶対的な風のロジック(知性)を誇示するため、あえて解答をあの指輪のデータコアへ残した。だが、大英帝国最高の脳細胞が、その傲慢な盤面を見逃すはずがない!)
「ワン! ワンワンッ!」
ホームズはハート刑事の腕から飛び降りると、コントロールパネルの左右非対称な電子気圧キーを、前足で鋭くカチ・カチ・カチと叩いた。
白猫の尻尾の角度をそのままデジタル信号へとレシーブ(変換)する!
ハート刑事の「ノーリミッツな空気レシーブ」
カウントダウンが残り「11秒」を示したその瞬間。
プシューーーッ!!!
気密扉のロックが解除され、11ミリの狂いもなく気圧がニュートラル(正常)へと戻りながら、重厚な扉がゆっくりと開いた。金庫室の床で息も絶え絶えになっていた中央銀行総裁が、新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んで救出された。
「総裁、大丈夫よ! ヤードのハナコ・ハートが、ノーリミッツなフットワークであなたを守り抜いたわ!」
ハート刑事は天真爛漫な笑顔を咲かせ、倒れそうになった総裁の体をガッチリとホールドした。
裏で連動していた暗黒サーバーの電子キャッシュ強奪システムも、ホームズがパネルへ打ち込んだ逆流コードによって完全フリーズ(デトックス)。大英帝国の経済を麻痺させるはずだった「人工の暴風」は、跡形もなくクリーンアップされた。
パチパチパチパチ……!
銀行のセーフティ・ネットが完全復旧し、駆けつけたヤードの同僚たちが大歓声を上げる中、ハート刑事はふと天井の換気スリットを見上げた。そこから冷たい風がひゅっと一吹き、彼女のサマーニットの裾を優しく揺らした。
(……ふむ。風を使って事件を操り、風を使って消え去る。だがモリアーティよ、どれほど大きな風が街を走ろうとも、我がバディの純粋な正義のフレームと、私の完璧なロジックがある限り、その悪意の霧は残さず晴れてみせるさ)
ホームズは誇らしげに「ワン!」と吼え、ロンドンの地下迷宮にチェックメイトを告げた。
一人と一匹の、愛おしき癒やしタイム
その夜のテラスハウス。
激しい気流戦を戦い抜いた部屋には、いつも通りの穏やかな静寂が戻っていた。
ハート刑事は休日モードの締めくくりとして、総裁からお礼に贈られた最高級のラグジュアリーな特製ローストビーフをキッチンで美しく切り分けていた。もちろん、ホームズのディナー皿にも綺麗に盛り付けられている。
「はい、ポチ君! 今日は本当に風の動きを読んだ、最高の名探偵だったわね。はい、ご褒美よ!」
「ワン」
ホームズは静かに冷たいウォーターを一口舐め、大好物の肉を美味しそうに頬張った。
ハート刑事はデニムの足を優しく崩し、ふかふかのクッションに座ってホームズをそっと抱き上げた。
窓の外では、ロンドンの街灯が美しくシンメトリーに輝き、昼間の嵐が嘘のような優しい夜風がカーテンを揺らしている。
(どんな悪党のバグが世界を脅かそうとも、この一人と一匹のタイムラインだけは、何者にも汚されることはない)
名探偵(ポチ君)と、ハナコ・ハート刑事。この一人と一匹の、最高にロジカルで温かい「秘密の癒やしタイム」は、大英帝国の平和を守り抜いた誇りと共に、どこまでも優しく、どこまでも穏やかに続いていくのだった。




