Episode 65:後編
Episode 65:後編
「気流のパズル(W-I-N-D-Y)――噴水の罠と、風の塔への座標」
芝生の罠と、引き裂かれた金属の暗号
白猫が局所的な突風に乗って姿を消したあと、ホームズは芝生の上に残された“風の痕跡”を嗅ぎ続けていた。
ハート刑事は、休日仕様のカジュアルな私服のまま、まだ状況を完全には理解していない。
「ホームズ……あの猫、なんか変だったよね……?」
ホームズは芝生に鼻を近づけた。
(……芝生の倒れ方が不自然だ。風の圧力波が“一本の線”を描いている。自然の風ではありえない超高密度の気流の道が、公園の奥へと誘導されているな)
ハート刑事も首をかしげ、「芝生……なんか線になってる……?」
(白猫の尻尾の動き――左へ一度、右へ二度、最後に強風。あれはやはり、ロンドンのグリッドを歪める“風の地図”だったわけだ)
「ちょ、ちょっとホームズ! また勝手に行かないでよ!」
慌ててついてくるハート刑事を背に、ホームズは振り返らずに進む。
線が続いていたのは、公園の中央にある大きな噴水だった。
人影のない静寂の中、ホームズは噴水の縁に鼻を近づける。
(……金属の匂い、そして……“焦り”の匂い。これは……かつて白猫の電脳犯罪に使われた『指輪』の匂いだ)
ハート刑事が、指輪を見つけ
「え!? また指輪!?」
ハナコ刑事が水面から拾い上げたのは、細かく引き裂かれた金属片だった。
(そうだ。白猫は風を鋭い刃のように扱い、指輪のデータコアを物理的に破壊したのだ。
情報を隠すためか、あるいは私にその威力を誇示するためのチェックメイトか……。
奴の風は、自然の気まぐれなどではない。冷酷な刃物だ)
風の罠が動き出す・タイムリミット
その瞬間、噴水の周囲の空気が激しく震えた!
ビュオォッ!!!
「きゃっ!? なにこれ、風が……!」
突風が噴水の水を巻き上げ、激しい水煙のグリッドを形成する。
ホームズは水飛沫の倒れ方から、瞬時に気流のベクトルを読み取った。
(左からの風は弱い、右からの風は強い。そして……上からの風!)
風が噴水の上空で渦を巻いたその中心に、再びあの白い影がいた。木の上から飛び降り、風のクッションをパラシュートのようにコントロールして、噴水の縁へ着地したのだ。
ハート刑事は息を呑んだ。
「え……空中を滑るように飛んだ……!?」
白猫は冷たく知性を宿した瞳でホームズを見つめると、再び尻尾をゆっくり揺らした。
左へ一度。右へ二度。最後に大きく一度。
(ふむ、最後の挑発。これは……“次の事件の座標”を示しているな!)
白猫は再び風の渦を纏って上空へと跳び、ロンドンの街のビル群の彼方へと消え去った。
「ホームズ! 追わないと――!」
ホームズは静かに首を振った。(無駄だ、ハート君。奴は完全に気流のセーフティ・ネットに乗っている。今は追えない)
風の地図が示すもの
噴水の縁に残された指輪の欠片。芝生に描かれた風の線。そして、天気欄に残された気圧の歪み。
大英帝国最高の脳細胞を持つホームズは、それらのピースを脳内で完璧なシンメトリーへと組み合わせた。
「ホームズ……次はどこに行けばいいの……?」
ハート刑事は、少し不安そうにサマーニットの袖を引いた。
ホームズは水面に映る、歪んだロンドンの空を見つめ、静かに、しかし力強く吼えた。
「……ワン」
(風の線がクロスするロンドンの中心点……次の事件は、ロンドンの全気流をコントロールするインフラの心臓部、“ウェザー・タワー”で起きる。ハート君、私たちの休日モードはこれにて終了だ)
ホームズは、石を咥え地面に
(W-O-T)風の塔とつづった。
ハート刑事はゴクリと息を呑んだ。
ロンドンの冷たい風は、一人と一匹を巻き込む、かつてない大規模な電脳気流テロの匂いを運んでいた。




