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Episode 63:前編

Episode 63:前編


「霧の中の追憶(M-O-T-H-E-R)――サウス・ケンジントンの養老院と、隠された血統」

1高級タワマンの隣、静謐なる「聖マルタ養老院」

妹キャサリンがキャッシュで購入した高級タワーマンションがそびえ立つ、ロンドンの一等地サウス・ケンジントン。そのきらびやかな超高層ビルのすぐ足元に、深い霧に包まれた古い赤レンガ造りの建物――「英国王立・聖マルタ養老院」がひっそりと佇んでいた。


いつもなら「ノーリミッツ!」と叫んでルブタンのヒールをカチリと響かせるハナコ・ハート刑事も、今日ばかりはトレンチコートの襟を正し、静かに歩いていた。


「ハナコ姉様、ここだべな……。大先生ホームズが生まれたっていう、伝説のポケット・ビーグルの故郷は……」


バーバラも、データノートをそっと胸に抱きしめて、素直な知性で敷地内の静けさを測っていた。


(ふむ。サウス・ケンジントンのラグジュアリーなグリッドの隙間に、これほど厳格なシンメトリー(対称性)を持つ古い施設が隠されていたとはな。大英帝国最高の灰色の脳細胞を持つこの私が、なぜかこの場所の風の匂いにだけは、11ミリの狂いもなく見覚え(記憶)がある……)


「ワン……」と、ホームズはいつもの鋭い咆哮ではなく、どこか哀愁を帯びた、小さく優しい声で呟いた。


ポケット・ビーグルの母「ヴィクトリア」

養老院の美しい中庭へと進むと、そこには入居者である老紳士の膝の上で、静かに丸くなっている一匹の「老いたポケット・ビーグル(メス)」の姿があった。


名前はヴィクトリア。小柄で美しい毛並み、そして何よりも、世界の本質を見抜くような深みのある、冷徹かつ健全な瞳の輝き――それは、名探偵ホームズの瞳と完全に一致シンクしていた。


「あの子だべ……大先生のお母さんだべ」


バーバラが息を呑み、そっとホームズを芝生の上へ降ろした。

ハート刑事は、まるで聖堂に足を踏み入れる修道女のように静かに微笑んだ。


「ポチ君、行きなさい。あなたのその素晴らしい論理ロジックと、街を守る優しいハートの源流が、きっとそこであなたを待っているわ」


血統のパズルと、静かなる再会

トコトコと、11ミリの無駄もない完璧な歩調で、老犬ヴィクトリアのもとへと歩み寄るホームズ。

ヴィクトリアはゆっくりと頭を上げ、目の前に現れた小さな名探偵をじっと見つめた。そして、互いの鼻先をそっと近づけ、大英帝国の歴史を静かに共有するようにクンクンと匂いを嗅ぎ合った。


(……間違いない。私の脳細胞の奥深くに刻まれていた、温かい原初の記憶。母上ヴィクトリア、貴女がこのロンドンの静かな聖域で、世界の調和を見守り続けてくれていたのだな)


キャサリンの住まう都会の喧騒のすぐ傍らで、2人と一匹(そして母犬)が織りなす、最もロジカルで最も温かい追憶の物語が、霧のサウス・ケンジントンで静かに幕を開ける。

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