Episode 62:前編
Episode 62:前編
「黄金色のサマー・タイム(B-O-U-R-N-E-M-O-U-T-H)――妹キャサリンの来訪と、11kmの対称性」
ウォータールー駅の華やかな風
ある朝、ロンドンのウォータールー駅。
ハナコ・ハート刑事、バーバラ・リンド、そしてポケット・ビーグルのホームズの前に、大きなルイ・ヴィトンのトランクを引いた一人の華やかな美女が姿を現した。
「お姉ちゃん、久しぶりだべ! ロンドンの空気はやっぱり洗練されてるべ!」
彼女の名前はキャサリン・リンド。北アイルランドの広大なリンド・ファームからはるばるロンドンへやってきた、バーバラの実の妹だった。素朴で家庭的なバーバラとは対照的に、最新のトレンドに身を包んだ、ノーリミッツに都会派で華やかな趣味を持つ女の子である。
「キャサリン、よく来たべ! 今日はハナコ姉様と大先生と一緒に、イギリス屈指の美しい高級リゾート地『ボーンマス・ビーチ』へ海水浴に行くべ!」
バーバラが嬉しそうにデータノートを小脇に抱えて飛び跳ねた。
「キャサリン、さあポチ君、特急列車に乗って、2時間の最高にロジカルなバカンスへ出発よ!」
ハート刑事は、意気揚々と切符を掲げた。
(ふむ。リンド・ファームの血を引きながらも、完全にロンドンのラグジュアリーなグリッドに魅了されているようだな。だが、たまの休息だ。大英帝国最高の脳細胞を持つこの私も、今日ばかりは潮風に耳を委ねるのも悪くない)
「ワン!」
黄金色の11kmグリッドと、キャサリンの「重大発表」
列車に揺られること2時間。
3人と一匹の目の前に広がったのは、環境基準をクリアした、広くて柔らかい黄金色の砂浜が、奇跡的なシンメトリーを描くように約11kmにわたって続く「ボーンマス・ビーチ」の絶景だった。
比較的温暖な気候の中、ハート刑事は水着の上にトレンチコートを羽織るというノーリミッツなスタイルで浜辺にパラソルを立て、ホームズは砂浜に前足をかけて美しい水平線を眺めていた。
「やっぱり海の波のリズムは、パブのステップとぴったりシンクして最高だべ!」
バーバラが黄金の砂の上でトントンと軽快なダンスのステップを踏む。しかし、隣で高級な日焼け止めを塗りながらスマホをいじっていたキャサリンが、ふう、と都会的なため息をついた。
「お姉ちゃん、実は私……もう実家の牧場の暮らしには飽きちゃったんだべ。毎日毎日、羊の数を数えて左右の対称性を整える生活は、私のラグジュアリーなライフスタイルには11ミリも合わないべ。だから……」
キャサリンは画面をバーバラとハート刑事、そしてホームズの目の前に突きつけた。そこには、ロンドン中心部の一等地にそびえ立つ、最新のタワー型高級マンションの物件概要が映し出されていた。
「私、ロンドンに移住するべ! もうこの高級マンションの最上階をキャッシュで買ったべ!」
「な、なんだべってーーー!?」
バーバラはノートを落としそうになりながら素直な瞳を丸くした。
それぞれのロンドン・ライフへ
(なるほど。お姉ちゃんのバーバラ君は、ファームの経験を活かしてホネホネビルの古き良き管理人の道を選んだが、妹のキャサリン君は、都会のコンクリート・ジャングルで最先端のトレンド(グリッド)を追い求める道を選んだか。実に非対称で、実におもしろい姉妹のロジックだ)
「ちょっとキャサリン、お姉ちゃんとは全然趣味が違うべ! 私は藁のベッドが一番落ち着くべ!」
「私はラグジュアリーなシルクのシーツじゃないと眠れないべ!」
賑やかに言い合うリンド姉妹の後ろ姿を、ハート刑事は天真爛漫に笑いながら見守っていた。
「いいじゃない、二人ともロンドン市民ね! これからはノーリミッツに毎日会えるわ!」
黄金色の11kmの砂浜に、優しく響く波の音。
穏やかで美しいボーンマスの夏の日差しの中で、リンド家に巻き起こった新たな「ロンドン移住パズル」の幕が、今静かに上がるのだった。




