Episode 60:後編
Episode 60:後編
「聖地のゲームセット(W-I-M-B-L-E-D-O-N)――11ミリのスマッシュと、勝利のウォーター」
最終セット:44球の乱射シーケンスと、残された「11秒」
ウィンブルドン地下の薄暗い管制室。目の前には、白猫の電脳パルスによって限界まで高熱を発し、激しく明滅する「自動供給マシン」のメインサーバーが鎮座していた。
「ハナコ姉様、大先生! センターコートへの44球の爆弾ボール乱射まで、あと**【11秒】**しかないべ! 防御壁がガチガチで、ヤードの測定器じゃハッキングのコアが見えないべ!」
バーバラがデータノートを抱え、正確なステップで室内の熱量グリッドを測りながら叫んだ。
地上からは、自動マシンがガシャガシャと不気味な装填音を立てる音が響いてくる。
(ふむ。白猫め、私が上空のボールに気を取られている間に、地下のインフラを完全に制圧したつもりか。だが、彼が組んだ乱射アルゴリズムには、ウィンブルドンの美しい『8ミリの芝生の調和』から見れば、決定的な『非対称』が存在する!)
「ワン! ワンワンッ!」
ホームズは、火花を散らすメインレバーの右側、左右の圧力バランスが歪んでいる一点を鋭く睨みつけて吼えた。
バーバラのグリッド解読
「大先生、わかったべ! そのレバーの傾き、パブの閉店ステップの角度から見て、左右で『8ミリ』だけ非対称だべ!」
バーバラが完全に見抜いた。
「白猫のAIは、私たちがテニスのスコア計算に気を取られて、このインフラの歪みに気づかないと思ってたんだべ。でも、その歪んだ右のレバーを完璧な水平位置へ叩き込めば、8秒の乱射シーケンスは逆流して完全シャットダウンするべ!」
(その通りだ、バーバラ君! ウィンブルドンの伝統の重みと、白猫の冷徹な電脳コードは、この『8ミリの生命の調和』までは支配しきれん。ハート君、いや……私の相棒としての最高のスマッシュを見せてくれ!)
「ブロックのパズル(W-I-M-B-L-E-D-O-N)が教えてくれたのは、聖地の美しさを守るための、完璧なレシーブの形だったのね!」
ハート刑事はルブタン・スニーカーの真っ赤なソールを床に力強く響かせ、
「バーバラちゃん、8秒のカウント開始! 白猫の歪んだサーブ、ノーリミッツに打ち返してあげるわ!」
「いくべ! 3、2、1……今だべ!」
3
センターコートの終局
「てりゃぁぁぁーーーーっ!!!」
ハナコ刑事の閃光のようなヤード流・ピンポイントヒールスマッシュが、非対称な右のレバーへと炸裂した!
1ミリの狂いもなく、左右のデータ弁が完璧な水平位置でロックされる。
ガチリ!!!
「……9、10、11秒! 自動供給マシン、完全フリーズだべ!」
バーバラの叫びと同時に、真っ赤に点滅していたモニターが一斉に静かな純白のセーフティ画面へと切り替わり、44球の爆弾ボールはただの「白いテニスボール」へと完全に初期化された。
(そこだ、大英帝国の論理と、ウィンブルドンの格式の、合同チェックメイトだ!)
「ワンッ!」
ホームズは、地下から地上へ伸びるデータケーブルを鋭い牙で一撃破砕! 接続を断たれ、パニックを起こした白猫の電脳スパイたちは、ハート刑事のキレのある高速飛び回し蹴りによって、全員が地下の床へと沈んでいった。
栄光のウィンブルドン、そしてペントハウスの休息
翌朝、見事に晴れ渡ったウィンブルドンのセンターコート。
グランドスラム決勝戦は無事に開幕し、超満員の観客の歓声がロンドンの青空に響き渡っていた。
「あー、すっきりしたべ! やっぱりウィンブルドンの芝生はお日様の匂いがして、ホネホネビルの藁のベッドを思い出すべ!」
バーバラが特等席で伸びをしハート刑事も「これで大英帝国のスポーツの秋もノーリミッツに安心ね、ポチ君!」といつもの天真爛漫な笑顔を咲かせた。
ホームズは二人の傍らで、静かに冷たいウォーターを飲みながらコートを見つめていた。
ふと、審判台のパラソルの上、白線を見下ろしながらウィンブルドン名物の「ストロベリー&クリーム」を優雅に前足で転がしている「一匹の白猫」の後ろ姿が見えた気がした。
奴は、自分の精緻な電脳サーブが、バーバラの素直なリズム、ハナコの豪快な脚力、そして名探偵の冷徹なロジックによって完璧に破られたことを悟り、フッと満足そうに尾を揺らすと、白いラインの向こうへと消え去っていってしまった。
(モリアーティ……。どれほど完璧なサーブを仕掛けようとも、この聖地に流れる『調和の真実』を忘れた貴様のロジックは、最初からアウトオブバウンズ(ライン外)だったのだ。今回のゲームも、私たちの勝ちだ)
「ワン!」
夜、ホネホネビルの最上階ペントハウス。
ふかふかの藁のベッドに潜り込んだホームズとバーバラ、そしてハート刑事の2人と一匹は、「今日もお疲れ様だべ、大先生」「ワン」と静かに目を閉じる。
名探偵と踊るビル管理人の、最高にロジカルで温かい「秘密の癒やしタイム」は、ウィンブルドンの勝利の余韻と共に、どこまでも優しく続いていくのだった。




