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Episode 7:後編

Episode 7:後編


「愛のポチ(POCHI)と、死の毒(POISON)」

宿敵からの『テイスティング』

(間違いない。このアーモンド臭……シアン化合物の毒だ!)


デパートの床にこぼれたワインの前に立ち尽くすホームズ。

その時、売り場の陳列棚の上から、カサリと小さな音が響いた。


見上げると、高級ブランデーの箱の隙間から、

あのオッドアイが冷ややかにこちらを見下ろしていた。

白猫モリアーティだ。

奴は前足で、一本の未開封のワインボトルを器用に転がした。

ボトルは棚から落ち、絨毯の上で鈍い音を立てて止まる。


(モリアーティ! 貴様、今度は何を企んでいる!)


白猫はホームズの焦りを楽しむように喉を鳴らすと、

そのまま棚の裏へと姿を消した。

ホームズが落とされたボトルに駆け寄ると、ラベルの裏側に、

鋭い爪で引っ掻いたような「M」の文字。

そして、ボトルのコルクには、

極小の注射針の跡が残されていた。


(……待てよ。このワインは、今日これから始まる

『特別チャリティ・オークション』の目玉商品……

ロンドン市長や政財界の重鎮たちが一堂に会する場だ。

奴の本当の狙いは、地下の試飲コーナーではなく、

地上のVIPたちか!)


2. 再び、アルファベットの戦場へ

「あ! ホームズ、こんなところにいた! ダメじゃない、

立ち入り禁止の場所に──って、そのワインが気になるの?」


ハート刑事が息を切らせて駆け寄ってきた。

ホームズは必死に訴えかける。

しかし、犬の咆哮では「毒が混入されている」

という事実は伝わらない。


(くそっ、言葉が……! いや、私には『あれ』がある!)


ホームズはダッシュでハートのバッグに飛びついた。

今朝、ハートが「おもちゃに」

とバッグに放り込んでいたアルファベットブロックの巾着袋だ。

ホームズはそれを牙で引き裂き、

中身を床にぶちまけた。


ガシャガシャと散らばる木製ブロック。

ホームズは素早い身のこなしで、

鼻先を使って瞬時に文字を並べ替えた。


[ P - O - I - S - O - N ](ポイズン / 毒)


ホームズは文字を前足で叩き、ハートを真っ直ぐ見つめた。

「ワンッ! ワンワンッ!」

(見るんだ、ハート君! 今度こそ正しく読みたまえ!)


ハートは床のブロックを凝視した。

彼女の写真記憶が、並んだ文字の配列を脳内に焼き付ける。


「『P』……『O』……。

ああっ! ホームズ、あなたってば!」


ハートは胸に手を当て、

ウルウルとした瞳でホームズを抱き上げた。


「『ポチ(POCHI)』の『O』と『I(愛)』を、

さらに『S(素敵)』に『N(二倍)』にしてって言いたいのね!

『ポチの愛は、素敵さ二倍(POISON)』!!

なんて深いの……! あなた、本当に私を愛してくれてるのね!」


(なぜだぁぁぁぁぁ!!!

英語の構文としても無理がありすぎるだろうが!!!)


ホームズは肉体精神ともに崩壊しかけた。

名探偵の渾身のダイイングメッセージ

(生存メッセージだが)

は、熱血刑事のウルトラポジティブフィルターによって、

完全なるラブレターへと変換されてしまった。


写真記憶の「超解釈」

しかし、ハート刑事の天才たる所以はここからだった。

彼女は「POISON」という文字の羅列と、

ホームズが執拗に前足で引っ掻いている

「Mのラベルのワイン」の残像を、脳内で高速で重ね合わせた。


「……待って。ポチ(ホームズ)がこんなに必死に愛を叫ぶなんて、

逆におかしいわ。ポチの愛……素敵さ二倍……二倍……

ニバイ……シアン化……。あ!」


(……繋がったのか!? どんな思考回路だ!?)


「このワイン、さっき地下の防犯カメラの映像で、

怪しいバーテンダーが『二回(二倍)』も触っていたボトルだわ!

しかも、そのバーテンダーの胸ポケットのチーフの折り方が、

データベースにある『国際毒物シンジケート』

の暗号の形とミリ単位で一致してる!」


ハートは目を見開いた。


「このワイン、ポイズンが入ってるんだわ!!

オークション会場が危ない!」


(……結果オーライ!!!)

ホームズは心の中で叫んだ。

解釈のプロセスは完全に狂っているが、

結論だけは100%正しい。

これぞハート刑事の恐るべき直感力である。


乾杯の直前

オークション会場の華やかなステージ。

まさに今、ロンドン市長が壇上で「チャリティの成功を祝して、

乾杯!」と、グラスを掲げようとしていた。

そのグラスに注がれているのは、あの『M』のワインだ。


「ストーーーップ!!!」


会場の重い扉を蹴破って、ハート刑事が乱入した。


「ロンドン市警です! そのワインには毒が仕込まれています!

飲まないで!」


「な、なんだね君は!?」

騒然とする会場。SPたちがハートを取り押さえようと動く。


その隙を突き、ホームズは絨毯の上を弾丸のように滑り込んだ。

壇上のテーブルへと一気に跳躍し、

市長の手元へ向かって吠え立てる。


「ワンッ!」


ホームズの突撃に驚いた市長は、思わずグラスを取り落とした。

ガシャン! と小気味よい音を立てて割れるグラス。

床に広がった紫色の液体から、強烈なアーモンドの臭いが立ち上る。


「うわっ! な、なんだこの臭いは……!?」

会場にいた専門家が叫んだ。「シアン化合物だ! 避難しろ!」


「本当に毒が……!

あの女刑事と犬が、市長の命を救ったんだ!」


会場が拍手と大歓声に包まれる中、

ハートはジョーの仲間とおぼしき偽バーテンダーを、

鮮やかな一本背負いで床に叩きつけていた。


紳士の新しい名前

事件は無事に解決し、デパートの屋上。

夕日を浴びながら、ハートはホームズを優しく撫でた。


「ありがとね、ホームズ。

あなたの『愛のメッセージ』のおかげで、

市長さんを助けられたわ」


(フッ……まぁ、

君のあの恐るべき暗号解読力(?)のおかげでもあるがね。

今回は大目に見よう)


ホームズが誇らしげに鼻を鳴らした、その時。

ハートがクスクスと笑いながら言った。


「でも、これからはあなたのこと、

時々『ポチくん』って呼んじゃおうかな。

だって、あんなに可愛いブロックを並べてくれたんだもん」


(……それだけは勘弁してくれ、ハート君。

私はホームズだ。シャーロック・ホームズなのだ……!)


夕暮れのロンドンの空。遠くの煙突の上で、

一匹の白猫が退屈そうに欠伸あくびをして、

闇へと消えていくのが見えた。


ブロックを手に入れた名探偵。

しかし、バデェ(相棒)との意思疎通の壁は、

むしろ高く、そして愉快にそびえ立つのであった。

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