Episode 53:後編
Episode 53:後編
「地下に眠る漆黒のギネスと、百年のタップチェックメイト(T-A-P-S)」
100年の封印、開かれし暗黒の貯蔵庫
「ええっ!? パブの壁がパカッと割れて、地下への隠し階段が出てきたべ!」
バーバラがバウロン(太鼓)を抱えたまま、目を丸くして驚きの声を上げた。
開かれた隠し扉の奥からは、ヴィクトリア朝時代の煤けた匂いと、微かな「古いガス」の臭気が漂ってくる。ホームズはハート刑事の腕からトコトコと床に着地すると、鋭い眼光で暗闇の奥を見据えた。
(……やはりな。19世紀、モリアーティがこの地区のインフラを牛耳るために建設した、旧式の圧力ガス貯蔵庫だ。
驚いたことに、百年以上の時を経てなお、信管のシステムだけが2026年の最新電脳コードとリンクして生きている。
もし、このパブの熱気と振動が間違った周波数で伝わっていれば、ガスが大爆発してホネホネビルごと吹き飛んでいたところだ)
「ちょっとホームズ、この奥から変な電子音が聞こえるわよ。
……まさか、またあの白猫の仕業!?」
ハート刑事がルブタンのヒールをコツンと鳴らし、警戒態勢に入る。暗闇の奥では、モリアーティの残党が設置した電脳ガスコントローラーの赤いランプが、不気味に明滅していた。
ハート刑事の「タップ(TAPS)超翻訳」
(起爆まであと45秒。ガスを安全に空中へ逃がすには、貯蔵庫の『緊急排気バルブ』を物理的な音響振動で粉砕し、同時にメインシステムをジャミングするしかない。……しかし、私にはそれを伝えるガジェットがない!)
ホームズは素早くカウンターへ駆け上がり、ビールのコースター『T-A-P-S』を前足でカチャカチャと並べ替えた。
[ T - A - P - S ]
(ハート君、さっきのバーバラ君とのステップの余韻を脳内で逆回転させるんだ! 必要なのは、床下を揺るがす正確無比な『逆位相の振動』だ!)
「『S』『P』『A』『T』……スパット! 酢豚・パーフェクト・アタック(酢豚・P・A・T)!! ……あーーーーっ!」
(……酢豚!? アイリッシュ・パブでアイルランドの話をしているのに、なぜ突然中華料理の甘酢あんかけが出てくるんだ!! 普通に『TAPS』の……いや、待て。甘酢あんかけの、あのドロリとした粘性……衝撃を吸収し、包み込んで無効化する……!)
「分かったわ、ホームズ! これは、地下のガス爆弾を**『甘酢でコーティングされた巨大な具材(SPAT)』**に見立てて、私のルブタンのヒールで、排気バルブの錆びついた中心核を『ズドンと一撃で圧殺』しろっていう、超重量級・減速ステップコマンドね!?」
(違う! 料理ではない! ……いや、待て。ハート君の言っている『中心核の圧殺(減速アタック)』……! あのガス貯蔵庫の排気バルブは、特定の周波数の強い衝撃を与えることで、安全弁が強制解放される仕組みになっている。彼女のルブタンのピンヒールで、バルブの真ん中にある『真鍮のビス』を正確に踏み抜けば、爆発のエネルギーを完全に外へ『排気』できる……! ハート君、君の酢豚妄想はもはや料理長も激怒するレベルだが、破壊すべき『共振点』の特定だけは、やはり世界一の名探偵(私)と1ミリの狂いもない!)
ホネホネ・アイリッシュ・グランドスラム
「ロンドン市民の憩いの場と、バーバラの美味しいビールを、爆弾魔のガスなんかで汚させはしないわ! 酢豚・アタック・フィナーレ!!」
ハート刑事は、ポニーテールを激しく回転させながら、隠し階段をノーリミッツに駆け下りた。
彼女の脳内(写真記憶)では、地下貯蔵庫の配管マップと、バルブの中心核
(真鍮のビス)の座標が完全に立体化されている。
残された時間はあと10秒――。
(バーバラ君、楽師諸君! トラッド・セッションを最高速で鳴らせ! 音の壁で彼女の衝撃を増幅するんだ!)
「ワン!」
ホームズの咆哮に合わせ、バーバラがバウロンを「ドンドンドンドン!」と激しく打ち鳴らし、フィドルとティンホイッスルが最高潮のリズムを刻む!
そのコンマ数秒の瞬間、ハート刑事の直立不動の上半身から繰り出された、時空の気圧すら変えるほどの強烈なルブタン・タップが、排気バルブの真ん中へと炸裂した!
「てりゃぁぁぁーーーーっ!!!」
ズガァァァァン!!!
彼女の規格外のピンヒールが、真鍮のビスを完璧に踏み抜いた。音響共鳴によって古いロックが木っ端微塵に粉砕され、「プシューーーッ!!」という凄まじい音と共に、溜まっていた旧式ガスは安全な排気ダクトを通ってロンドンの大空へと一瞬で霧散していった。
電脳コントローラーの画面には「圧力ゼロ。システム強制終了」の文字が浮かび、赤いライトは静かに消灯した。
妖精たちの祝杯
「やったべー! ハナコ姉様、大成功だべ!」
バーバラがステージから飛び降りてハート刑事とハイタッチを交わす。パブにいた客たちも、何が起きたかは分かっていないものの、地下から響いた最高のタップ音と事件解決(?)の熱気に、これ以上ない大歓声を上げた。
夜風が吹き抜けるホネホネビルの地下パブ。
ホームズは再び陽気な起業家たちに「最高のCEOに乾杯!」と抱きかかえられ、空中をフワフワと舞いながら、黒ビールのきめ細やかな泡をペロリと舐めた。
(ふむ……。19世紀のモリアーティの遺産を、アイリッシュ・タップと、ハート君の『酢豚翻訳』で粉砕するとはね。名探偵の歴史の1ページとしては、少々カオスが過ぎるが……)
ホームズは、隣で「やっぱり踊った後のギネスは最高ね、ホームズ!」とジョッキを掲げているハート刑事の足元へトコトコと寄り添い、満足そうに目を細めた。
(まあ、この賑やかで温かいビルの夜が守られたのなら、今夜の『水揚げ』としては、文句なしの満点かね)
「ワン!」と、音楽とステップが響き続けるホネホネビルに、世界一知的な生の声が一鳴き。
地下の脅威をステップで踏み潰した凸凹バディとバーバラの絆は、軽快なフィドルの音色に乗せて、ロンドンの夜をどこまでも陽気に沸かせるのだった。




