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Episode 52:後編

Episode 52:後編


「ストリートのシャコンヌと、名探偵の弦(S-O-U-L)」


教会の外の協奏曲

穏やかな集会が終わり、夕暮れ時。参加者たちの張り詰めた心が静かに解きほぐされた頃、教会の外の広場から、美しくもどこか切ない弦楽器の音色が流れ込んできた。

風に乗って聞こえてきたのは、バッハの『無伴奏バイオリンのためのパルティータ』。


ホームズがソファで、自らの脳細胞を鎮めるために愛聴しているあの旋律だ。

ホームズがトコトコと教会の重い扉を押し開けて外へ出ると、そこには石畳の広場で、熱心にバイオリンを奏でる若い男女のストリートミュージシャンがいた。


男性の奏でる力強く正確な低音と、女性の奏でる繊細でエモーショナルな高音が重なり合い、夕暮れのロンドンの街並みを美しく染め上げていく。

(……あぁ、バイオリンか。なんと見事なボウイング(運弓)だ。この100年後の現代でも、ストラディバリウスの魂はこうして街角に息づいているのだな)


名探偵の渇望:私もまた、弾きたい

その美しい協奏曲を見つめながら、ホームズは自らの小さな前足を見つめた。

(……私も、また弾きたいな)


それは、ポケット・ビーグルの肉体に閉じ込められて以来、彼が心の奥底にずっと仕舞い込んでいた、名探偵としての最も深い「渇望」だった。

かつてベーカー街221Bの自室で、複雑に絡み合った難事件の推理の糸を解きほぐすため、あるいは自らの深い孤独を慰めるために、夜通し爪弾いていた愛用のバイオリン。あの木肌の温もり、指先に伝わる弦の振動、そして脳細胞と完全に同期するあの至高の旋律。


今のこの犬の肉体では、弓を持つことも、正確な指針ポジショニングを抑えることも叶わない。

ホームズは少しだけ寂しそうに目を細め、バイオリンを弾く男女の足元にそっと寄り添った。

すると、その様子を後ろから静かに見ていた先ほどの「新しい仲間たち」が、ホームズの周りに集まってきた。


引きこもりの少女がホームズの背中をそっと支え、自閉症の少女がバイオリンの音色に合わせて正確なリズムで指を鳴らし、アル中気味の老人が、昔のホームズのように深く目を閉じてその音楽に魂を委ねている。

彼らは言葉を使わずとも、ホームズの胸の奥にある「弾きたい」という切ない旋律ソウルを、完璧に感じ取っていたのだ。


ハート刑事の「ソウル(SOUL)超翻訳」

「ホームズ……あなた、本当はあの楽器を自分の手で奏でたいのね」

ハート刑事が、いつになく優しい足取りでホームズの隣にしゃがみ込んだ。今回はルブタンのヒールを響かせることもなく、ただ一人の相棒として、床……ではなく、石畳の上に並んだスプレー缶のキャップ『S-O-U-L』の文字を静かに見つめた。


[ S - O - U - L ]ソウル

ハート刑事は、その文字を上下反転(逆さま)で脳内の写真記憶に優しくロックオンした。

「『L』『U』『O』『S』……ルオス。連動するレン・オン・シンフォニー……! ……あーーーーっ!」


(……! 今日は爆発こそないが、やはり最後は『カオスな翻訳』で締めてくれるか、ハート君。……連動する音、か)


「分かったわ、ホームズ! これは、あなたが直接バイオリンを弾けなくても、私たちの**『魂の波長(SOUL)』**をあの若者たちの楽器と完全にシンクロさせて、心の中で世界一美しい即興曲シンフォニーを鳴り響かせろっていう、バディ・セッションコマンドね!?」


(違う! サイキックなセッションではない! ……いや、待て。ハート君の言っている『魂のシンクロ』……。私が直接弓を引くことはできずとも、私の脳内にある『最高の編曲ロジック』を、彼らの鳴らす音の隙間に『声(咆哮)』として滑り込ませれば、この場所を最高のステージに変えることができる……! ハート君、君の音楽翻訳は相変わらずロマンチストが過ぎるが、私が今求めている『表現の出口ベクトル』の特定だけは、やはり世界一の相棒(ハート君)の直感そのものだ!)


ベーカー街の残響

「ワン!!」

ホームズは、バイオリンの男女が奏でるシャコンヌの転調(短調から長調へ切り替わる瞬間)に合わせて、完璧なタイミングで、世界一知的な「生の声」を夕空へと響かせた。


その一鳴きは、バイオリンの1番線(E線)のフラジオレット(倍音)のように美しく、哀愁を帯びたメロディに完璧な「第3の和音」として重なり合った。


「わぁ……!」


バイオリンを弾いていた男女が、驚きと喜びの表情でホームズを見る。

自閉症の少女の鳴らす指のキャッチ、老人の静かな涙、そして元引きこもりだった少女の初めての拍手。

教会の広場は、ハート刑事の爆発やキックによる大騒ぎとは全く違う、優しく温かい「拍手の嵐」に包まれた。


(フッ……。バイオリンは弾けずとも、私の魂の弦はまだ一本も切れてはいないな。モリアーティの電脳犯罪を暴くのも探偵の仕事だが、こうして言葉を持たない仲間たちと一本の弦で繋がるのも、名探偵としては……最高の『水揚げ』かね)


ホームズは満足そうに首を振ると、ハート刑事のトレンチコートの裾に、嬉しそうに鼻先を埋めた。

「素敵なセッションだったわ、ホームズ! 次のヤードの防犯ポスターは、この教会を背景に『心にいつも、美しい正義のメロディを!』ってキャッチコピーで決まりね!」


ハート刑事が、いつもの眩しい笑顔で親指を立てる。

「ワン!」と、夕暮れのロンドンに響き渡る、世界一知的な生の声。

爆発はなくとも、心と魂のアンサンブルを響かせた凸凹バディと新しい仲間たちの絆は、霧の都の夕闇を、どこまでも優しく照らし出していくのだった。

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