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Episode 6:後編

Episode 6:後編


冷めた唐揚げと、泥棒鼠ラットの誤算

匂いの足跡ラスト・スパート

唐揚げの紙袋に残された「犯人の指紋」と「クロロホルムの匂い」。

ホームズは今度こそビーグル犬の本能を理性の手綱で縛り付け、

下水道の湿気と排気ガスが混じる路地裏を鋭く駆け抜けた。


(もう惑わされんぞ。私の鼻が捉えているのは、

先ほどの連続誘拐犯『ラット・ジョー』の薄汚い悪臭だ。

鉄サビ、そして……安物のポマードの臭い!)


「ちょっとホームズ、速いってば! 待ってよ〜!」

ハート刑事は息を切らしながら、

スマホのGPSマップとホームズの背中を交互に見て追いかける。


やがてホームズが足を止めたのは、商店街の最果てにある、

いまは使われていない古い地下貯水池の換気口の前だった。

鉄格子の隙間から、ポマードの臭いと、

微かな人間のすすり泣きが漏れ聞こえてくる。


(ここだ、ハート君。ネズミのアジトを見つけたぞ)


「ワンッ!」

ホームズが低く吠えると、ハートは即座に表情を引き締めた。

彼女は腰のホルスターから拳銃を抜き、安全装置を外す。


「ここね……。奥から人の気配がするわ。

ホームズ、あなたは私の後ろに隠れてなさい!」


(いや、私が先導した方が──と言いたいが、

この小さな体では銃弾の盾にもなれん。大人しく従おう)


泥棒鼠ラットの罠

二人が静かに階段を下り、地下の薄暗い空間に踏み込むと、

そこにはパイプ椅子に縛り付けられた、この街の資産家の令嬢がいた。

そしてその背後から、ギラギラとした目を光らせた小柄な男──

ラット・ジョーが、手首にナイフを隠し持って現れた。


「へへっ、警察がこんなに早く嗅ぎつけてくるとはな……。

だが、一歩でも動いてみろ。この女の命はないぞ!」


ジョーは令嬢の首元に刃物を突きつける。

ハートは銃を構えたままピキリと固まった。


「人質を取るなんて卑怯よ! 逃げられないわ、

大人しく投降しなさい!」


「うるせえ! 俺はあの『M』っていうお方から大金を貰って、

この街を混乱させる役目を引き受けたんだ。

こんなところで捕まってたまるかよ!」


(何……? モリアーティだと?)

暗がりに控えていたホームズの耳が跳ね上がる。

やはり、この誘拐犯も奴の手駒に過ぎなかったのだ。


ジョーはせせら笑いながら、空いた左手でポケットから

「あるもの」を取り出した。

それは、先ほど彼が惣菜屋で買った「骨なしジューシー唐揚げ」

の残りだった。


「警察の姉ちゃん、お前もあの店にいたなぁ?

俺を追ってきたってことは、

この唐揚げの匂いを犬にでも追わせたか?

……だが、こいつの本当の使い方を教えてやるよ!」


ジョーは唐揚げを床に転がした。

その唐揚げには、彼が事前に仕込んでいた

「強力な睡眠薬の粉」がびっしりと塗されていた。


「おい、そこのマヌケ面した子犬!

欲しそうに見てただろ? これを食って大人しく眠りな!」


(……私を侮辱するのも大概にしたまえ、泥棒鼠め)

ホームズは冷ややかな目で床の唐揚げを見下ろした。

確かに先ほどは本能に負けかけたが、

一度トリックを見破った名探偵が、

二度同じ誘惑に引っかかると思うのは大いなる誤算だ。


ハート刑事の「写真記憶」が暴く死角

しかし、その唐揚げが床を転がった瞬間、

ハートの頭脳(写真記憶)が別の「違和感」を弾き出した。

彼女の目は、転がる唐揚げではなく、ジョーがそれを投げた瞬間の

「手の角度」と「影の形」を完全にロックしていた。


「……あ、分かった!」

ハートが突然、大声を出す。


「お前、左利きじゃないわね! 唐揚げを投げるとき、

不自然に肩が上がってた。それに、

さっきの紙袋の指紋の向き……あれは右手で持ったときにつく位置よ!」


「あ……? 何を言って──」


「つまり、お前が本当にナイフを隠し持っているのは、

その左手じゃなくて、私たちの死角になっている右手の袖の中よ!」


(ほう……! 実に見事な観察眼だ、ハート君!)

ホームズは心の中で喝采を送った。彼女の「写真記憶」は、

犯人の一挙手一投足のズレを完璧に見抜いていた。


見破られたと知ったジョーが動揺し、

右手の袖から本物のナイフを突き出そうとした、その一瞬の隙。


「ワンッ!!!」


ホームズは弾丸のように地を蹴った。

ビーグル犬の小さな体躯を最大限に活かし、

ジョーの足元へ滑り込む。

そして、彼が踏ん張っていた右足の足首

(ちょうどズボンの裾のあたり)へ、鋭い牙をガチリと突き立てた!


「ギャァァァァッ!? 痛えっ、このクソ犬がぁ!」


ジョーが悲鳴を上げてバランスを崩す。

その瞬間を、熱血刑事が逃すはずはなかった。


「てりゃぁぁぁっ!」

ハートの鋭い前蹴りが、ジョーの胸元にクリーンヒットする。

ジョーは吹っ飛び、右手のナイフをカランと床に落として、

そのまま気絶した。


紳士の選択

「ふぅ……。現行犯で逮捕よ。よくやったわ、ホームズ!」

ハートはすぐさまジョーに手錠をかけ、令嬢のロープを解いた。


令嬢は涙を流しながら、

「ありがとうございます、お巡りさん、それからワンちゃんも……!」

と二人を抱きしめた。


事件は無事に解決し、応援の警察官たちが地下へなだれ込んでくる。

ホームズは喧騒から少し離れ、床に落ちた、

睡眠薬まみれの唐揚げを見つめた。


(やれやれ。どんなに美味しそうな匂いがしようとも、

悪意の混じった肉など、英国紳士の口には合わん。

やはり唐揚げは、正当な報酬としてハート君に買ってもらうに限るな)


フン、と鼻を鳴らして唐揚げに背を向けるホームズ。


その時、地下貯水池の錆びた排水パイプの上から、

パチパチと小さな音が聞こえた。

見上げると、

闇の中から二つの妖しいオッドアイがホームズを見下ろしていた。

白猫モリアーティだ。


白猫は、自分の手駒ジョーが捕まったというのに、

まるで「今回の小テストは合格だ」

とでも言うように優雅に頭を下げると、

パイプの奥へと消えていった。


(モリアーティ……。お前のチェスの駒はすべて叩き潰してやる。

この優秀な相棒と共にな)


「ほらホームズ、帰ろっか! がんばったご褒美に、

さっきのお店で今度はワンちゃん用のササミ、買ってあげるからね!」

ハートが笑顔でホームズを抱き上げる。


(ササミか。悪くない。だがハート君、

次は最初から私の推理を信じるようにしたまえよ?)


「クゥーン」と可愛らしく鳴いてみせる名探偵を乗せて、

パトカーのサイレンが夕暮れのロンドンに響き渡るのだった。

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