Episode 48:中編
Episode 48:中編
「脱獄の協奏曲と、失われた『カオス』への渇望(T-R-A-I)」
脳筋どもを統率する「論理」
訓練所での生活が3日を過ぎた頃。ホームズの「名探偵の脳細胞」は、この檻の中でも圧倒的な輝きを放ち始めていた。
「おい、新入り! 教官の隠した麻薬のサンプル(訓練用)、どこにあるか当ててみろ!」
シェパードたちが吠える。
ホームズはフッと鼻で笑うと、床の泥の上に、足跡で正確な座標を描いた。
(北東3メートルの風下、教官のブーツの裏に付着した泥の成分。そこに混ざっている。探すまでもない)
「な、何だって……!? 本当にそこから見つかったぞ! すげえ、このチビ、ただのビーグルじゃねえ、天才だべ……いや、天才だ!」
犬たちの間で、ホームズは一躍「監獄のボス(ボス・ビーグル)」として崇拝されるようになった。
しかし、ホームズの心は乾ききっていた。
(彼らは私の『100%正しい答え』にひれ伏している。……だが、かつてのハート君は違った。私が100%正しい答えを出しても、彼女はそれを『200%間違ったボケ』に変換し、誰も想像できない超絶キックで現実を粉砕していた。……私は、あの予測不能な『カオス』が欲しくてたまらないんだ!)
ハート刑事の視察、そして「訓練(TRAI)超翻訳」の不在
「本日、ヤードの代表として、K-9訓練所の視察に参りました、ハナコ・ハート刑事です」
4日目、完璧な制服姿のハート刑事が訓練所へやってきた。
檻の向こう、直立不動の姿勢で並ぶ大型犬たちの先頭に、ホームズは毅然と立っていた。
そして、彼女の目を真っ直ぐに見つめながら、檻の隙間から命がけで4つのブロックを外へと滑り込ませた。
[ T - R - A - I ](トレイン / 訓練所の電波をハッキングするコード)
今の彼女なら、これを「訓練(TRAIN)の進捗コードね」と正しく読み、冷たくスルーするはずだった。
ホームズは、半分諦めながら彼女の冷たい瞳を見つめていた。
しかし――。
ブロックの文字を網膜(写真記憶)にロックオンしたハート刑事の体が、ピクリと震えた。
彼女の美しいポニーテールが、1ミリだけ、不自然な角度で微振動を始める。
「『I』『A』『R』『T』……イアルト。イアルト……。……あ、頭が……」
(……!? ハート君!? 君、今、心なしか逆から読もうとしたか……!?)
「い、いえ、なんでもありません。これは……『国家警察犬としての規律(TRAIN)』のログですね。順調なようで安心しました。……それでは」
ハート刑事は、激しい頭痛を堪えるようにこめかみを押さえ、逃げるように視察室へと去っていった。
(間違いない! 彼女の脳の奥底で、あの『壊滅的なボケの残念』が、私のブロックの文字と共鳴して、元に戻ろうと激しく抵抗しているんだ! 彼女自身も、あの完璧すぎる正論の自分に、内側から窒息しかけている……!)
「ワン!!(全員、聞け! 今すぐここを脱獄する! 私の相棒を、元のバカ……いや、元の最高なバディに戻すぞ!)」
ホームズの咆哮に、訓練所のすべての大型犬たちが「オォォーーー!!」と地鳴りのような遠吠えで応えた。




