Episode 48:前編
Episode 48:前編
「規律の檻と、名探偵の『お払い箱』(T-R-A-I)」
エリート刑事の冷徹な「最適解」
「ホームズ。あなたにとっても、これが一番論理的なキャリアプラン(選択肢)のはずよ」
ヤードのオフィス。
頭を打ってボケが完全になくなったハート刑事は、いつになく冷徹なクイーンズ・イングリッシュでそう言い放った。彼女の手にあるのは、青い公印が押された一枚の冷たい書類。
【警察犬(K-9)特別訓練所・入所手続き書】
(……何だと? ハート君、君は今、この私をどこへ送ると言ったんだ?)
ホームズは信じられない思いで、床から彼女を見上げた。
モリアーティの罠(神経ガス)の危機を知らせるため、テラスハウスを脱出してヤードへ駆け込んだホームズだったが、完璧なエリートと化した彼女は、ホームズが持ってきた新聞の文字データを「ただの徘徊ペットの悪戯」として処理し、すでに独自のデータ捜査で神経ガスのラインを潜入捜査官に遮断させていたのだ。
「今の私は、すべての捜査をノーミスで完遂できる。つまり、警察犬登録のない一般のペットを現場に同行させる合理的理由がゼロなの。
それどころか、あなたほどのIQを持つ犬が、未訓練のまま民家にいるのはセキュリティリスクよ。だから、ロンドン最高峰の『警察犬訓練所』で、国家資格を取得してもらうわ」
(私はペットでもなければ、今さらお手やお座りを学ぶ新兵でもない! 私はシャーロック・ホームズだ!)
「ワン、ワンワンッ!」と激しく抗議の声を上げるが、ガジェットのない生の声は、彼女の冷たい耳には届かない。
「明日、お迎えの車が来るわ。荷造りをしておきなさい」
ハート刑事は、悲しみも怒りも交えない、完璧に正しい公務員の目でホームズを見つめるだけだった。
訓練所(TRAI)での屈辱
翌日、ホームズが連れて行かれたのは、郊外の荒野にそびえ立つ、鉄柵に囲まれた「ロンドン中央警察犬訓練所」だった。
そこにいるのは、屈強なジャーマン・シェパードや、血気盛んなドーベルマンばかり。その中にポツンと入れられた、小さなポケット・ビーグル。
「おい、新入り。お前みたいな愛玩犬が、この地獄の訓練所に何の用だ?」
ボス格のシェパードが牙を剥いて威嚇してくる。
(……やれやれ。大型犬どもの脳筋レベルの縄張り争いに付き合っている暇はないのだがね)
ホームズは監房の隅で、冷え切ったコンクリートの床に、持参した知育ブロックをカチャカチャと並べた。
ここから脱獄し、ハート刑事の脳を元に戻すための構造式を組み立てるために。
[ T - R - A - I ](トレイン / 訓練、連動)
しかし、それを見た鬼教官のドッグトレーナーが鞭を鳴らす。
「こら! 新入りのビーグル! 泥だらけのプラスチックを並べて遊ぶな! 規律に従え!」
自由を奪われ、文字すら「犬の遊び」と一蹴される屈辱。
冷たい檻の向こう、ロンドンの夜空に、一匹の白猫がニヤリと笑ってこちらを見下ろしているのが見えた。
奴のオッドアイは、「どうしたね名探偵。君の自慢のバディは、規律という名の完璧な檻に君を閉じ込めたぞ」と、極上の嘲笑を浮かべていた。
(ハート君を完璧なロボットに変え、私をここに隔離するのか。)




