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Episode 47:後編

Episode 47:後編


「正論のクイーンズ・イングリッシュと、名探偵の空白(O-F-F-I)」


完璧な刑事の誕生と、静まり返るテラスハウス

「おはようホームズ。朝のシスコシステムズのセキュリティチェックと、広報課の予算申請書の修正はすべて完了しているわ。今日の定例会議は私が単独で出席するから、あなたはテラスハウスでゆっくり休んでいてちょうだい」


退院から数日。ハート刑事の変貌ぶりは、ヤードの誰もが目を見張るものだった。


頭を打った衝撃で脳の「ボケ回路」が完全に消失した彼女は、毎朝、ミリ単位の狂いもない完璧なスケジュールでテキパキと仕事をこなし、驚異の写真記憶を100%「正しい捜査と事務処理」だけに使い倒していた。


そして何より――ホームズを現場へ連れて行かなくなった。


「プロ捜査官として、民間……いえ、警察犬登録のないペットを凶悪犯の潜伏先に同伴させるのは、コンプライアンス(法規)違反ですから」


かつて「ホームズ、事件よ! ノーリミッツに突撃よ!」と叫びながら、彼を小脇に抱えてルブタンのヒールでドアをブチ破っていた面影は、どこにもない。

ガチャン、と静かに閉まるテラスハウスのドア。


一人残されたリビングで、ホームズはポツンと床の知育ブロックを見つめていた。

(……静かだな。あまりにも、静かすぎる)


名探偵の不安:このままで良いのだろうか

毎日が退屈な留守番だった。

ホネホネビルの「ホームズ・オフィス」は、バーバラの手によって順風満帆に回っている。そしてヤードの事件は、ボケのなくなった超エリート・ハート刑事によって、ホームズの助けを借りるまでもなく淡々とスピード解決されていく。


(大英帝国の平和は守られ、ハート君も優秀な刑事として周囲の信頼を勝ち取っている。……だが、私のこの胸の煤けたような焦燥感は何だ?)


ホームズは、前足でカチャカチャとアルファベットブロックを並べ替えた。


[ O - F - F - I ]

今のハート刑事なら、これを見て「ええ、オフィスの件ね。何か問題でも?」と1秒で正解を出すだろう。


そこに、「クコルブ! 空間結合!」と叫んでポニーテールを振り乱す、あの愛おしい暴走カオスはもう存在しない。


(彼女のあの壊滅的なボケこそが、私という『名探偵の論理』を現実に繋ぎ止めるための、唯一無二のトリガーだったのではないか? 私を単なる『賢いペット』ではなく、対等な『相棒バディ』として必要としてくれたのは、あのハチャメチャな彼女だけだったのではないか……?)


このままで、本当に良いのだろうか。

名探偵ホームズは、平凡なテラスハウスのソファの上で、人生最大のアイデンティティ・クライシス(自己喪失)に陥っていた。


一通の論理的なメールと、残された「白い毛」


その日の夕方、ホームズの端末にハート刑事から一通のメールが届いた。

行間から温もりを削ぎ落としたような、極めて事務的で論理的な文面。


【件名】本日の業務報告及び帰宅時間について

本日の強盗致死事件の容疑者追跡は、過去の犯行手口(写真記憶)との照合により、17時までに完全逮捕に至りました。これからヤードの報告書を作成するため、帰宅は19時30分となります。夕食のドッグフードは自動給餌器のタイマーを18時にセットしてあります。


(……完璧だ。推理の入る隙すら、1ミリも残されていない)


ホームズはため息をつき、画面を閉じようとした。


――しかし、名探偵の眼光が、メールに添付されていた「現場の写真データ」の隅に写り込んだ、ある微細な物体を捉えた。

逮捕された強盗犯の衣服に付着していた、数本の**「美しい白猫の毛」**。


そして、その毛の根元には、あのベーカー街で嗅いだ、モリアーティ独自の「遅効性神経ガス」の分子データが、最新高解像度カメラによって皮肉にも鮮明に捉えられていたのだ。


(モリアーティ……! 奴はわざとハート刑事に車をぶつけてボケを治し、私たちの『バディとしての機能』を内側から解体したんだ! そして、私が牙を抜かれて燻っているこの瞬間を狙って、ハート君をヤードの地下書庫ごと、神経ガスで葬り去る気か!)


強盗犯の逮捕は、ハート刑物をヤードの奥深くへおびき寄せるための、完璧に計算された「前座チェック」に過ぎなかったのだ。


ベーカー街からのダッシュ

(ハート君……! 君がどんなにスマートで冷徹なエリートになろうとも、君の命が狙われているなら、この名探偵が留守番などで収まっているわけにいかん!)


時計の針は18時45分。神経ガスの散布まで、あと30分もない。

ガジェットのないホームズは、クローゼットからハート刑事が忘れていった「1枚の新聞」を口で引っ掴むと、窓の鍵を前足で器用に跳ね上げた。


(待っていろ、ハート君。君のそのスカした『大人の正論』を、私の論理と、君自身の本来の『大暴走カオス』で、もう一度ぶん殴って元に戻してやる!)


「ワン!!!」

テラスハウスの窓から、夕暮れのロンドンの街へと力強く飛び出すポケット・ビーグル。

相棒を救うため、そして「凸凹バディ」の魂を取り戻すため、名探偵ホームズの孤独な、しかし熱い逆襲の戦いが、歴史的大決戦へと向かって走り出す!

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