0059 イベントと代理マスター
「ふぅ、やっと帰ってこれた」
紬は額の汗をぬぐいながら、自分のダンジョンへと戻ってきた。
両手に革製のグローブをはめており、全身が少し土で汚れている。
「マスター、久しぶり!もうイベント終わっちゃうよ?」
「えっ!?嘘!?」
出迎えてくれたシルトに言われ、ウィンドウを開く。
時刻を見ると、限定ダンジョンを出た22:00にもかかわらず、すでに時針は23:57を示していた。
シルトが頭を抱えている紬を引っ張りながら、管理部屋の近くまで移動すると、管理部屋からカオルとバルが姿を現した。バルはカオルの肩の上に乗り、気持ちよさそうに目を細めている。
「あ、マスター……おかえりなさいぃ……」
「ますたー!!」
カオルは紬を見るなり、安心したのか、へなへなとその場に座り込んだ。
バルはそんなカオルの肩から飛び降り、紬のもとに走ってきていた。
「バルー!よしよし、元気だった?」
「げんきー!」
「よかった。カオルもお疲れ様。ダンジョン管理はどうだった?」
紬はバルをなでながら、カオルの方を向いた。
カオルは紬のことを見つめ、泣きそうな目で話し始めた。
「マスター……ひどいですよ……突然ほっぽり出して置いてくなんて……。私、こんなに大変だって知りませんでしたよ……」
カオルはそれから紬がいなかった一日の間のことを話し始めた。
◇ ◇ ◇
「うーん、これどうすればいいんでしょ?」
カオルは管理部屋の壁に掛けられている大きなモニターを見ながら、ぼそっと呟いた。紬がいない今、このダンジョンを管理するのはカオルである。しかし、カオルは何をすればいいのかわからぬまま、暇な時間を過ごしていた。
「入ってきたプレイヤーたちは魔晶ゴーレムさんとか、グレイトウルフさんとかがみんな倒してくれちゃうから、私が何もしなくてもどうにかなってるんだよな……」
イベント三日目。
一日目、二日目に比べて紬のダンジョンを訪れるプレイヤーはさらに数を増していた。それは数は少ないものの確実に水晶を手に入れることができる、限定モンスタースポナーが一部の上位プレイヤーに気に入られたこと、その上位プレイヤーの邪魔を狙うプレイヤーがいることによるものだった。
「まあ、気楽にやればいいんじゃないかな?」
シルトは困っているカオルを気にかけ、管理部屋の外から声をかけた。
「マスターもそんなに気負わずにやってるしさ。ピンチの時に活躍すれば大丈夫」
「でも、心配になるんです……」
カオルは机に顔を突っ伏し、足をバタバタと動かした。
そんなカオルを心配してか、バルはカオルの頭をポンポンと優しく叩き、手の上に乗った。
「カオルなら大丈夫だよー。マスターもきっとそう思ってるよー」
「そうかなぁ……?」
カオルは顔を上げ、バルとシルトの顔を交互に見る。
シルトはうんうんと大きくうなずき、バルもぴょんぴょんと跳ねた。
『リンタがダンジョンに入りました』
「リンタ……?誰でしょう?」
カオルは勢いよく立ち上がり、モニターを操作し、今ダンジョンに入ってきたリンタの姿を映した。リンタは何の迷いもなく、管理部屋へと一直線に向かってきていた。
「もうくるよー」
「これがピンチの時……よし、やれる!」
カオルは自分に活を入れて、管理部屋から出た。
すでにリンタは管理部屋とつながっているシルトのボス部屋まで来ていた。
「あなた!何者ですか!」
「なんだよ、あいつ説明してないのか……」
リンタは天井を見上げ、はぁと大きくため息をついた。
「俺はリンタ。風のダンジョンのダンジョンマスターだ。紬に仲間にしてもらった新参者だ。よろしくな」
リンタの自己紹介を聞いて、シルトは状況を理解したのか、リンタに近づいていき、手を差し出した。
「僕はシルト。このダンジョンのボスをやらせてもらってるんだ。こちらこそよろしくね」
「おお、お前しゃべれるのか」
リンタは驚きつつも、シルトの手を取り握手を交わした。
それを見ていたカオルは恐る恐るというようにリンタに近づいた。
「私はマスターから一部の管理を任されているカオルです。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく。シルトたちは紬から俺が来ること聞いてなかったのか?」
「うん、特には聞いてないね」
「あいつ……」
リンタは再びため息をつき、ウィンドウのマップをシルトたちに見せた。
「これはこのダンジョンのマップの簡略図だ。管理部屋以外でも見れるように共有しておく」
「ありがとー。これでじぶんがどこにいるかわからなくなるねー」
バルはマップを見ながら嬉しそうに言った。
バルは時々、ダンジョンの中を探索して自分がどこにいるかわからなくなりマイゴーになることがあるのだ。
「カオル、それじゃ管理について教えてもらってもいいか?俺もこのダンジョンについてはまだよくわかってない部分が多いからな」
リンタは頭にかぶっていたキャップを外し、指でくるくると回した。
言動があまりにも大人びているものの、まだリンタは子供である。それをわかっていたカオルは優しく接しようと心に決め、管理部屋に案内した。
「で、これはここと同じで、こういう構造になっていて……。という感じです」
カオルは一通りリンタに説明を終え、リンタの方を向いた。
「なるほどな。すぐに改装できるように割と単純な構造で作ってるのか」
「そ、そうです」
カオルは自分が気付かなかったことを言われ、少し戸惑っていた。
自分より幼い子供にこのままでは管理をとられてしまう。そうしたらまた捨てられてしまうかも……。そんな恐怖がカオルを襲っていた。
「そんな顔すんなよ。俺は別にお前とライバルじゃねえんだから。仲間だろ?」
リンタは自分で言って照れたのか、手で顔を隠した。
「そうですねっ、仲間……ありがとうございます、これからよろしくお願いしますね!」
「おう」
リンタは嬉しそうに頷き、椅子から立ち上がった。
「そういえばもう一人マスターが来ると思うぞ。紬のことだからどうせ仲間にするんだろ」
管理の説明をしているうちにあっという間に昼を過ぎ、三時になろうとしていた。
『業財マシマシがダンジョンに入りました』
「ん?いまなんつった?」
リンタは耳を疑うように、もう一度アナウンスを流した。
しかし、アナウンスは先ほどと同じく「業財マシマシ」がダンジョンに入ってきたことを知らせるだけだった。
リンタはその意味の分からないふざけた名前の奴の顔を拝もうと、管理部屋の扉を勢いよく開けた。
「うわっ!」
「すまんぎょ。おどろかしてしまったぎょね」
扉を開けると、目の前には金色の魚が空中に浮きながら、ぴちぴちと音を立てている。なぜ空中にいながら音を立てているのかもわからないし、そもそも浮いているのかもわからない。リンタには何も理解できなかった。
「ぎょは水のダンジョンのダンジョンマスターぎょ。あと、この子はタマっていうぎょ」
この魚は金ちゃんである。いや、業財マシマシである。
名前がなかった金ちゃんだったが、紬とふざけて餃子屋さんの真似をしていたら、紬が「ぎょうざいマシマシ」と噛んだタイミングで名前がなぜかそれに決定されてしまい、金ちゃんは業財マシマシという名前になったのだった。
ちなみにタマというのは、金ちゃんのごみ屋敷にいた子犬である。
金ちゃんが見捨てられないというので、ナギがダンジョンから連れ出してくれていたのだった。
「金ちゃんとでもよんでくれるといいぎょ。さすがに業財マシマシと呼ばれるのは嫌ぎょ。まあ面白くて好きだけぎょね」
金ちゃんと正式に呼べることになったようだ。よし。
リンタと金ちゃんが会話していると、後ろからげっそりとしているマサムネが歩いてきた。
「マサムネ!大丈夫?」
シルトが心配そうにマサムネに声をかけると、マサムネは小さな声で言った。
「ちょっと疲れたから寝るでござる……マスターは限定ダンジョンに行ったでござるよ……」
「一人ってことですか?」
「いや、ナギっていうプレイヤー一緒だったぎょよ」
カオルとシルトとバルは顔を見合わせた。
当たり前だが、ナギやハル、シズの存在をまだ知らなかったため、紬が大丈夫なのかとみんな少し心配になっていた。
「ふぅ…………すやすや……」
マサムネは管理部屋の端にクッションを置き、頭を乗せ、眠りについた。
カオルとバルは管理部屋に置かれている毛布を優しくマサムネの上にかけた。
「そういえば、えーと、金もマスターなんだろ?説明しなきゃだな」
「えっ!あっ、そうですね!」
カオルは再び金ちゃんにダンジョンの管理の説明をした。
「なるほどぎょ。まあ、わからない部分もあるけど多分どうにかなるぎょね」
「心配ですね……」
カオルは説明を二度もしたことで体力をかなり消費し、すでにフラフラしそうになるほど疲れていた。
『紬が帰宅しました』
「帰ってきた!よかったぁ……」
カオルはバルを連れて管理部屋から出て、紬が来るのを待った。
そして、今に戻る。
「なるほどね、お疲れ様、カオル。とくにぎょ……ぎょうざい……ふふっ……マシマシの扱いは大変だったでしょ」
紬は笑いをこらえようとしたものの、こらえきれずに吹き出し、おなかを抑えて笑い出した。カオルは紬が笑っているのを見て、ようやく帰ってきたのだと分かり、胸をなでおろした。
「そんなに笑うなぎょ」
「ほんとに紬のせいかよ……見損なったぜ」
「いやいや、僕悪くないよね!?」
そうして、新たにリンタと金ちゃん、タマという二人と一匹を加え、紬たちはわきあいあいとした会話を楽しんでいた。
『イベントが終了しました。結果発表をただいまより行います』
「あ!終わっちゃった!!」
こうして紬の三日間のイベントは終わりを告げた。
あと1話!




