0055 イベントと限定ダンジョン floor.1
『この扉はロックされています。「水晶の鍵」を使用しますか?』
「はい……っと」
陽毬がインベントリから取り出した水晶の鍵を扉に近づけると、水晶の鍵は一瞬で光となって陽毬の手の上から消えた。
ガガガガガガガガガガ……
ほとんどが苔と蔦に覆われていた大きく重い扉は、鍵に反応し自動で動き始めた。長い期間空いていなかったためか、蓄積された砂埃が舞う。5人は目を閉じ、扉が開いていることを音でしか確認することができなかった。
ドンッ
「ううっ……みんな終わったみたいだよ」
「本当だ、私もっと扉から離れて鍵使えばよかったかも……」
陽毬が目をこすりながら、弱々しく呟いた。
陽毬だけではなく、紬や茜、ナギも目を擦っていた。それほど多い量の砂埃だったのである。
「とにかく先に進みましょ。この先どこで時間を使うかわかったものじゃないわ」
「その通りだな。俺だってさっきから右手がウズウズしてたまらないぜ」
迅は厨二病のように右手首を掴み、「右手が疼くぜ」とキザなセリフを吐いた。
紬は微笑んでいるものの、女子たちからは冷たい視線を浴びせられた。
「な、なんだよ……」
「はぁ、まあいいわ。さっさといきましょ」
茜は迅に呆れるように首を横に振り、ダンジョンの中へと足を進めた。
陽毬も茜についていこうと、小走りで中へと入っていく。
「ナギーいくよー」
「う、うん!」
紬とナギもそんな二人についていくように、ダンジョンの中へと入っていく。
迅は、
「ガチで疼いてるんだって!嘘じゃねえって!……いや、面白くしようと厨二っぽくしたけどよ!?」
一人その場で喚いていた。
もちろん、四人には相手にされずどんどんと置いていかれるだけだった。
「ちょっ……置いてくなぁぁぁぁぁ!!」
◇ ◇ ◇
「みんな来たー?それじゃ、扉開けるよー」
陽毬が全員いることを確認して、通路の先の扉を勢いよく開け放った。
『挑戦者を確認。floor.1のチャレンジを開始します』
部屋中にアナウンスが響き渡った。
アナウンスが終わると、入ってきた扉が勢いよく閉じた。扉には赤いばつ印と立ち入り禁止のマークが描かれている。それは、この部屋から出ることができないことを示すマークだった。
「閉じ込められちゃったよ?ナギたちは何すればいいの?」
「うーん……とりあえず部屋の中を探索してみる?じっとしてても仕方ないよね」
「そうだね、とりあえず探索しよう」
特に説明のアナウンスが流れることもなく、5人は閉じ込められてしまったため、2つのグループに分かれて部屋の中を探索することにした。
「で、なんであんな修羅場みたいな組み合わせにしたのかしら?ねえ、迅?」
茜は含みのある笑顔で迅を見つめた。
迅は耐えきれなかったのか唇を硬く結び、目を逸らした。
「いや、だって面白そうじゃん?」
「はぁ……」
グループ決めの時に迅が楽しそうにしていたため、迅にグループ決めを任せたところ、迅と茜の二人、陽毬と紬、ナギの三人に分かれることになった。
茜からしてみれば紬とあの二人を同時に組ませるなど、修羅場になることが簡単に想像できた。ケンカなどされたらまともにダンジョン攻略が進まなくなる。リスクでしかなかった。
「まあいいわ。私たちだけでもどうにかするわよ。それにしてもこの部屋なんもないわね」
茜が部屋の中を見渡した。
部屋は学校の教室くらい広さしかなく、出入り口以外は灰色の壁が広がっているだけで何もない。何かないか探そうにも何もないのだからどうすることもできない。あきらめずに隅々まで調べている茜とは違い、迅はすでに諦め始めていた。
「やることないし俺は寝るか」
迅はみんなが頑張っているのに、サボろうとしていることに少しの罪悪感を抱き、部屋の隅に移動した。
「うっし、おやすみー」
迅は、倒れ込むように床に寝転がった。
当たり前だが目に映るのは、部屋の天井だけであり、壁と同じ灰色の天井が広がっている。
「ん?」
迅は上半身だけを起こし、部屋の天井を見渡した。
「やっぱりだ。この部屋光源がねえのに、明るい……」
天井のどこを見渡しても、光源となるようなものはない。
このゲームの特徴、というよりフルダイブ型のVRMMOの特徴として、光源がなければ現実と同じように視界が真っ暗な状態になるというものがある。このように光源がなく明るいという状態が起こることは、ありえないことだった。
「影もねえ……この部屋、どういうギミックになってるんだ?」
部屋の中にある物体、紬たち五人の足元には影はなく、壁に手を当てても、体で地面を隠しても影はできない。
「光源がなくて影もできねえ……まるで光がないみてえだな」
迅は自分の言った言葉に大きく目を見開いた。
「光がねえ、それだ!俺天才じゃないか?この違和感は、俺らが暗視状態だったからだ!」
暗視状態。
多くのゲームでもお馴染みのこの状態は、暗闇の中でも赤外線などを用いて物体の形や場所を把握できるようになり、昼間と同じように目が見えるようになる。ただ、暗闇の中であるため、昼間の視界とは違う部分がいくつかあり、その一つが影ができないことだった。
迅は自分の推理に確信を持ち、元気よく立ち上がった。
「おーい、みんな!俺、この部屋のギミックに気づいたぞー!」
迅が小走りでみんなに近づいていくと、紬は満面の笑みで振り返ったが、女子3人は見向きもせず探索を続けていた。
「無視かよ、俺は虫じゃないぞ?無視は虫ってな」
「迅、多分それ逆効果」
「おっと、そりゃ危険だな」
迅の「危険」というワードに反応し、茜が鋭い視線で迅を睨みつけた。
「すまんすまん、真面目にやるぜ。それより、紬、俺この部屋のギミックに気づいたんだぜ!」
「教えて!もしかしたらこの部屋から出れるかも!」
「驚いて腰抜かすなよ?この部屋の中で俺らが見てる景色ってのはな、暗視状態の景色だ」
迅の説明に紬は頭を傾げた。
紬からしてみれば、暗視というのは暗闇の探索を楽にするものであるため、ついているとありがたいものでこの部屋から抜け出すのには全く関係なさそうに思えた。
そんな紬とは反対に、迅の説明で全てに気付いた人物もいた。
「なるほど、よく気付いたわね。それさえ分かればどうにかなるかもしれないわ」
「茜は気づいたの?」
茜は「ええ」と短く答え、天井を見上げた。
「暗視状態は紬みたいに誤解している人が多いのだけれど、何も昼と全く同じように明るく見えるわけじゃないわ。いくつか欠点もあるの」
「欠点ってわけじゃねえかもだけど、俺が暗視に気づいた、影がないってのもそうだな」
「そうね。そういう細かい欠点もいくつかあるのだけど、おそらく今回のギミックに関わるのは最も大きな欠点だと思うわ」
「大きな欠点?」
茜は大きく頷いた。
「私の格好を見てくれるかしら?何かこの部屋に来る前と違うところがない?」
茜に言われ、紬は茜の着ている服に目を落とした。
あまりにもセクシーな格好をしているため、凝視することができず、紬は上から下に目を動かし、すぐに目を逸らした。
「えーっと……少し色が薄い?」
「ええ、その通り。暗視の特徴は色が白黒っぽくなることよ」
改めて茜の服を見てみると、確かに鮮やかな色ではなく、少しくすんだような、昔の白黒テレビを少し感じる色をしている。
そして紬は一つのことに気づいた。
「あっ!もしかしてこの壁とか天井って実は灰色じゃない!?」
「その通りよ」
この部屋は灰色の壁や天井に取り囲まれている。
この前提、思い込みこそが脱出するヒントを封じ込めていたのだ。
「でも、それがわかってもどうしようもできなくない?」
とはいえ、壁や天井が灰色ではないとわかったところで脱出できることには繋がるようには思えない。そもそも暗視状態を解けないし、解けたところで全く見えなくなり状況が悪化するだけに紬は思えてならなかった。
「いいえ、簡単にこの部屋から脱出できるわ。陽毬、状態異常解除魔法をお願い」
「わかった!レティキュア」
陽毬の魔法によって、その場にいた全員の状態異常、暗視が解除されていく。
魔法によって暗視が完全に失われた頃には、誰がどこにいるのかわからず、床すら見えないほど真っ暗な視界になっていた。
「茜、これで脱出できるの?」
「ええ、あと少しよ。ナギさん、雷魔法をお願いできる?」
「う、うん、もちろん。小さいのでも大丈夫?」
「部屋全体が見えるぐらいの威力がベストね」
「わかった」
「ライトニング」
ナギの声と同時に、部屋の真ん中に小さな雷が落ちる。
その雷によって一瞬だが、部屋全体が明るくなり、部屋の壁の色が見えた。
「みんな、見えた?」
「ああ、俺はわかったぜ」
「わかったって何が?」
「紬、今から私に向かって炎魔法を放って」
「え?わかった」
紬は茜の言う通り、火球の準備を始めた。
なぜ火球は放つのか、迅たちは何がわかったのか、紬は何もわかっていなかったが、とにかく茜を信じて声がする方角に魔法を放った。
「火球」
ボワッ
「想定通りね」
紬の放った火球は、茜を目掛けて飛んでいき、茜の横を通り過ぎ、部屋の壁に直撃した。そして、壁に隠されていた隠し松明に火を灯した。
茜はそれをわかって紬に火球を放つように言ったのだった。
松明によって部屋の中は明るく照らされ、紬でもわかるほどに出口の場所を特定できるようになった。
「そういうことか!出口の場所だけ緑色になっていたのか!」
暗視だとわからないようになっていたが、出口のみ緑色に塗られており、壁と同じように隠された扉の場所を示していた。
「さあ、急ぎましょ。ここからがきっと大変なはずだから」
「そうだね!みんないこっ!」
茜と陽毬がまた先に出口へと向かっていく。
「あ、階段!みんなー、2階だよー!」
陽毬が指差す、出口の先には2階に続く階段があった。
「よっしゃ、この調子で行くぞー!」
紬たちは再びやる気を出して、階段を下っていった。




