併記・何に聞こえた?
その後の話、いわゆるエピローグというものは如何で御座いましょう。
ジルボルゼは、足湯に浸かったライトの前に冷えたサイダーのグラスを差し出す。
ライトは炭酸の泡立ちに顔をしかめながら言った。
「酒は嫌いだ」
「これはアルコールでは御座いません。香りを嗅げばわかるでしょう。
子供向けの、ただのジュースで御座います」
「⋯⋯本当ですか、ホタルさん?」
ライトは隣に座っているホタルに尋ねる。
ホタルはグラスを手に取って、香りと魔力を確かめてからライトに差し出した。
「ああ。これはジュースだよ。安心して飲むといい」
「そうですか。それじゃあ、いただきます⋯⋯」
ライトがグラスを傾ける。
口の中でしゅわしゅわ弾けるサイダーに、彼は「ぁわッ!」と悲鳴を上げた。
ホタルがくすくすと笑う。
ジルボルゼは、ライトにからかうような目を向けた。
「ライトくんには少々、刺激が強かったでしょうか?」
「少し待てば、泡が落ちついて飲みやすくなるよ。それまで、これを食べておいで」
ホタルが小さな箱を取り出す。
弁当と一緒に買っていたお菓子だ。
蓋を開けると、薄くスライスされた芋のフライが入っている。
ライトは勧められるまま、一枚食べてみた。
パリッと軽い食感と芋の風味が口に広がる。
味付けは甘じょっぱくて美味しい。
粉末にしたタレをまぶしてあるようだ。発酵熟成した豆のコクをほんのりと感じる。
ライトはあまり詳しくないが、甘めの醤油味だった。
ライトの顔は満面の笑みでパリパリのチップスを口に放り込む。
ジルボルゼが、ライトの様子をじっと見つめていた。
「相変わらず、ライトくんは美味しそうに食べますね」
「⋯⋯ん? キミはただの受付係だと思っていたが⋯⋯。
もしかして、ライトとは旧知なのかな?」
ジルボルゼの呟きに、ホタルが探るような視線を向ける。
ジルボルゼはにっこりと笑って、質問に答える。
「わたくしは、かつて彼と共に旅をしていた者です。
お望みでしたら、ライトくんの昔の話をいくつかご紹介いたしますよ」
「おい、待て。何を勝手に話そうとしてるんだ?」
ライトはジルボルゼを制止する。
しかし、この喋りたがりの元冒険者は止まらない。
聞くかどうかの答えすらホタルが口にするより先に、勝手につらつら話し始める。
「その昔、ライトくんは秘密の多いミステリアスな男であると仲間たちから思われていまして⋯⋯。
我々は彼の腹の中を探るため、簡単な催眠術を施してみたことがあったので御座います」
「えっ。知らん。何それ。そんなこと本当にあったか⋯⋯?
お前、ボクの記憶が無いのを良いことにデタラメ吹き込もうとしてないか⋯⋯?」
ライトは嫌な予感がしてきた。
ジルボルゼは迷い無く、水が流れるように淀み無くエピソードを語り続ける。
「あの時のライトくんのご様子は忘れる筈も御座いません⋯⋯。
魔法使いさんが呪文を噛んでしまったせいで、自白魔法が幻覚魔法になってしまって⋯⋯。
ライトくんは居もしない妖精を幻視して、窓から飛び出そうとしたので御座います」
「魔術事故とは、穏やかじゃないね?」
「ええ。ですが、すぐに事なきを得ましたよ。
わたくしが持っていた御守りの羽根を握らせて、『ほーら、ふわふわの妖精さんで御座いますよー!』とご機嫌取りを致しましたから」
ジルが笑いながら言う。
ホタルは当時の様子を想像して、微笑ましそうに笑った。
「ふふふ。それはなんとも、面白い話だね」
「いや、こんな話、真面目に聞かないでくださいよ、ホタルさん⋯⋯。
コイツ、きっとデタラメ言ってますよ、たぶん」
「いいえ。嘘では御座いません。
わたくし、人間が猫のように羽根を追い回す姿を見たのは初めてでしたから。
あの夜のことはよーく覚えて御座います」
ジルボルゼはきっぱりと言いきる。
その後も彼は、ライトの昔話と称して、延々と幾つものエピソードを語り続けた。
どれもライトならやらかしそうな内容ばかりで、完全に否定できる隙が無い。
ホタルはくすくすと笑いながら、ジルの話を楽しんでいた。
ライトは苦い顔になり、自棄酒を煽るかのように手元のグラスを傾ける。
「こんなヤツの話に夢中になっちゃって、ホタルさんったら、もう⋯⋯!」
頬を膨らませてみても、ホタルとジルボルゼの談笑は続く。
ぱちぱち弾けるサイダーの泡が、ライトは耳にも痛かった。
【第七章・終】




