第28話:神の加護無き偽聖竜
闘技場の受付に、静寂が響く。
ライトは眼前の男を見つめて、静かに返した。
「⋯⋯お前、前職は神官か?」
「ええ、そうです。こんな体にされるまでは、冒険者としても活動しておりました。
貴方と同じ探検隊に所属していたこともあるのですよ、ライトくん」
本当だろうか?
ライトは記憶を探ってみる。
神官で、男で、この喋り方⋯⋯、こんなやつがいただろうか?
ライトには、よくわからない。
少なくとも、妖精絡みで知り合った相手ではないだろう。
偵察術で魔力の波長を調べてみても、他の生物を継ぎ接ぎされたキュマイラの体は歪みが大きい。
人間部分の情報が思うように解析できない。
敵意はまだ無さそうだったが、だからと言って無防備に魔法に集中するわけには行かない。
ライトは、尋ねた。
「お前は、誰だ?」
眼前の男は、相も変わらず微笑んだまま、問いに答える。
「わたくしの名前は、ジルボルゼ。
ライトくんはジルと呼んでくれていました。
マウラ様の教えを信ずる悪魔退治師⋯⋯だった者です」
「ジル⋯⋯え? 誰? 知らない。誰なんだ? 本当に誰?」
ライトは正解がわからずに困った。
先に真相を明かしておくと、ジルボルゼは本当にライトの知り合いだ。
彼は嘘を吐いてなどいない。
単に、ライトの記憶力が妖精に特化しすぎて思い出せないだけである。
ライトが実は悪者に洗脳されていて、などというドラマチックな背景も無い。
彼のことを「どうでもいいな」と思っていたライトが、まるっと忘れているだけである。
困惑している様子のライトに、ジルもまた困惑している。
「ええ⋯⋯? ここまで語っても思い出せないもので御座いましょうか?
ライトくん、貴方はもっと妖精以外にも愛を向けるべきですよ」
「⋯⋯お前のしたい話って、結局は宗教勧誘か?」
ライトはひとまず、主題へ戻る。
目の前の男が何者だったかは、わからなくとも会話は出来る。
ジルは、ライトの質問に丁寧に返した。
「ああ、すみません。少々、干渉が過ぎることを言いました。
先程の発言は撤回いたします。
魔族の体にされてから、布教は控えておりまして。
⋯⋯もちろん、貴方がわたくしによる説法をお望みでしたら、喜んでお話しさせていただきますが」
ジルボルゼが再び、人当たりの良さそうな笑みを形作った。
ライトの口から溜息が出る。
「そんなつまらなさそうな話、誰がするかよ」
「どこがどう面白いのか、解説しながら語りましょうか?」
「そんな話を聞く暇があったら、妖精さんを探し回ってるほうがずっと有意義だ」
「おやおや。もしや、貴方の信ずる分枝教では、合意の上での異教学習は規約違反で御座いましょうか?
僻地の歪曲した文化には詳しくなくて申しわけ御座いません。
わたくしは虚空に向かって説法しますので、偶然お耳に入った体裁でお学びください」
ジルは自分勝手な解釈で、一方的に喋り始める。
布教は控えていると言った舌先が乾かぬうちに、この語り様。
ライトは少しだけ懐かしくなった。
同じチームに所属していた魔法使いが、終わらない宗教勧誘にキレて大暴れした時の記憶が蘇る。
あの時、追放されたパーティクラッシャーの神官がジルボルゼだったのだろうか。
ライトは昔と同じように、目の前で喋り続けている神官への興味を失って背を向けた。
ライトは、こんなつまらない話を延々と聞いていられるような、おとなしい冒険者ではない。
妖精さんでも探しに行こう、と外へと続く扉へ向かう。
──しかし、扉は弾け飛んだ。
ライトの目の前で、鋼鉄の扉がひしゃげて吹き飛ぶ。
まるで、何かが建物の外から体当たりを仕掛けたかのような壊れ方。
「敵襲!」
ジルボルゼがカウンターを跳び越えながら、頭部のツノ飾りをむしり取った。
バラリ、とツノの先端が扇のように薄く広がり、根本から槍の柄が飛び出す。
そんな場所に武器を隠していたのか、とライトは目を見開いた。
二秒と経たないうちに、ジルボルゼは槍を構えて迎撃体勢を整える。
随分と素早く、手慣れた動きだ。そんなに襲撃が多いのか。
外側からぶち破られた黒鋼の扉は壁に衝突してめり込んだ。
ドゴオ!と轟音がエントランスホールを駆け抜ける。
ライトは後ろへ跳び下がりながら、偵察術で敵を見た。
赤いコートを羽織った女だ。色鮮やかな羽根のついた海賊帽子を被っている。
胸元に飾られたブローチは、海神を讃える紋章を描いた貝殻細工だ。
ライトは、警戒を強める。
襲撃者の女は人間に見えるが、魔力は強い。
恐らくは、悪魔と契約をして力を授かっている魔人。
⋯⋯悪魔と深く関わっておきながら、神官の証であるブローチをいつまでも身につけ続けているような連中は、ろくでもない輩が多い。
「武器は曲刀。それと使い魔⋯⋯」
ライトは冷静に戦力を図った。
魔人の横には、一匹の鮫が控えている。
空中を泳ぐ白い鮫だ。ライトを丸呑み出来そうなほどに大きい。
入口の扉を吹き飛ばしたのも、この鮫だろう。
体当たりだけで家でも何でも壊せそうな迫力がある。
ジルボルゼが敵を見つめて、冷ややかにその口を開いた。
「ゴードンズ・アリーナへようこそ、愚昧な挑戦者様。
僭越ながら、舞台への門を潜る資質を貴女がお持ちか、わたくしが選定させて頂きます」
襲撃者の魔人は不遜な笑みを浮かべながら、ジルボルゼを見る。
「ハッ! 門番気取りかい? 出来損ないの聖獣風情が!
アタイたち『叡智の太陽団』からこの研究所を奪い取りやがったゴードンなんぞに懐いて、尻尾を振っちゃってサァ!」
嘲笑混じりの挑発に、ジルボルゼの指先がピクリと動いた。
冷やかな声色が、更にワントーン下がる。
「おや、おや、おや⋯⋯。
お客様は、あの赦されざる異端の魔女のお仲間で御座いましたか。
わたくしの血肉を穢していったあの魔女たちは、ゴードン様により殲滅されたと聞かされましたが⋯⋯」
「おっと、聞き捨てならないねェ!
アタイらは魔女じゃなくて聖女だよ!
アタイたちが異端者だなんて言われてるのは、何もかも、教会のお偉いさんたちによる陰謀さ!」
「人間を拐ってキュマイラに変えるような罪人に、聖女の資格があるとでも?」
「あるに決まってるだろう! アタイは聖女なんだから!」
襲撃者が胸を張る。
少しでも天界信仰学を齧ったことがある者ならば「悪魔から力を得ておいて、何が聖女だ」と一刀両断したことだろう。
ジルボルゼは不愉快そうに顔をしかめて、聖女の定義から説明し始める。
しかし、襲撃者は大声で喚いて、まともに聞こうとはしなかった。
それどころか、論点をどんどんズラしていく。
「ええい、ネチネチうるさいねぇ!
さてはアンタ、異端審問官だねっ?
お得意の暴論が通用しなくて、カチコミに来たとこを返り討ちにされて、キュマイラにされちまったんだろ!」
「魔女に拐われた信徒たちの救出に失敗しただけです」
「ウソウソ! 格好悪いから隠してるだけ!
せっかく聖獣様として生まれ変わるチャンスを与えてもらったってのに、そこには感謝してないのかい!
あっ、そんな性根の腐り方だから、出来損ないの失敗作になったのか!」
「⋯⋯随分とよく回るお口をお持ちで御座いますね」
ジルボルゼが溜息を吐く。
彼は敵への撤退勧告を諦めたようだ。
「マウラ様からの加護を失いし身なれど⋯⋯。
その罪深さに、わたくしが愛を届けて差し上げましょう」
ジルボルゼが槍を構えて、敵に跳び掛かる。
鮫を鳥脚で蹴り飛ばし、竜槍が襲撃者の首を狙う。
ジルの表情にはまるで息子の仇でも見るかのような鋭さがあった。
彼と襲撃者との間には、過去のアレソレで何やら揉め事があったようだ。
だが、ライトにはそんな裏事情は、本当に心底どうでも良い。
「おーい! ちょっと聞きたいんだけど!
この闘技場に人がいないのはお前の仕業かーっ?」
「ああ、そうだよ! ゴードンの野郎は屈強な冒険者を集めて盾にしてたからね!
エンバーに高い金を払って人払いをしてもらったのサ!」
自慢げに襲撃者が答える。
ジルボルゼはピタリ、と攻撃の手を止めてライトのほうを見た。
⋯⋯否。正確には、ライトのいる位置よりも右。
闘技場の舞台に続く道の先から、二人の悪魔が近づいてくる。
「聞いたか、リオ? 全部アイツの仕業だってさー!」
ライトは襲撃者を指差しながら、大声で叫んだ。
「それは、それは。素敵なことをお聞かせくださいましたわね」
「ああ、そうだな。いっちょ共闘といくか」
二人の悪魔が、ニヤリと笑う。
襲撃者の気配を察知し、闘技場の舞台から飛び出してきたエルド・ゴードン。
並びに、それを追いかけてきた迷宮職人ノクタリオ。
手塩にかけた迷宮を滅茶苦茶にされた怒りを全て込めるかのように、二人は威圧的な笑顔のままで敵に殴り掛かっていった。
エントランスで大乱闘が沸き起こる。
「ギャーッ! 暴力はんたーいッ!」
「ワタクシに嫌がらせしておいて、報復が無いとでもお思いかしらッ!」
「テメェのせいで今日の分の売上がパーだ! 覚悟しやがれ!」
魔人の悲鳴がホールに響いた。
使い魔の鮫がビタンビタンとドッジボールのように右へ左へ跳ね回る。
何かの魔術が爆発し、どこからか出てきた星が舞い、⋯⋯なんかもう酷い有り様だ。
ライトは乱闘に巻き込まれないように更に現場から距離を取った。
少し遅れて駆けつけたホタルは、騒がしい喧嘩には目もくれず、まっすぐにライトのもとへと走る。
「ライト、怪我はしてないかい?」
「はい。大丈夫です」
「そうか。それは何よりだ。
⋯⋯流れ弾が来るとマズいから、安全な場所へ移動しようか」
「でしたら、こちらの通路へどうぞ。
旅行者向けの宿泊施設が御座います。
せっかく温泉洞窟へ来られたのですから、温泉に浸かっていってください」
ジルボルゼが闘技場の隅にある脇道へと案内する。
ライトはホタルの顔を見上げた。
「ホタルさんって、炎の魔力を持ってますけど⋯⋯。
温泉に浸かるのは大丈夫なんですか?」
「足湯だけなら平気だよ。⋯⋯キミは?」
「⋯⋯ボクも、足湯だけなら一緒に入っても大丈夫です」
「それじゃあ、ノクタリオの仕事が済むまで、一緒に足湯を楽しもうか」
ホタルが笑みを浮かべながら、手袋を差し出す。
ライトも笑顔で頷いて、彼女の手袋を握り締めた。




