第27話:蓮と蠍とお饅頭
ザアザアと小さな滝から水が流れる音がしている。
温泉洞窟の中にある道を進み続けた一行は、ようやく出口に辿り着いた。
闘技場へと繋がる扉が姿を現す。
黒い鋼に金の装飾が施された大きな扉だ。
その上部には、宝石が飾られたケバケバしい看板が掲げられている。
『ゴードンズ・アリーナ』
ライトは看板を一瞥し、すぐに興味を失った。
妖精が寄ってきそうな素材はどこにも使われていない。
ならば、ライトにとっては無価値だ。どうでもいい。
「早く行きましょう、ホタルさん。
リオの迷宮、返してもらわないと」
「ああ、そうだね」
ライトは黒い扉を開ける。
この先は、石造りの建物になっているようだ。
ホタルが後ろを振り返り、ノクタリオへと声を掛ける。
「ノクタリオ! 先に行ってるよ、ノクタリオ!」
「⋯⋯あっ! ま、待ってくださいまし、ホタル~!」
派手な看板に見入っていたノクタリオが慌てて二人を追いかけてくる。
ライトは足並みを揃えようとする仕草もみせずに、エントランスホールを進んでいった。
内装も、扉と同じく黒鋼と金の細工だ。ところどころにアクセントとして、赤い布が垂らされている。
入口から入って正面に受付カウンターがあり、一人の魔族が退屈そうな顔で椅子に座っていた。
「ライト。キミは後ろに」
ホタルが一歩、前に出る。
彼女の長い銀髪の先が警戒で微かに光っていた。
ライトは偵察術を起動して、目の前に佇む魔族を見つめる。
複雑に絡み合った魔力。このパターンには見覚えがある。
キュマイラだ。複数の生物を継ぎ接ぎされた魔法生物。
上半身は人間の若い男だが、下半身は巨大な怪鳥のものだ。
腰の辺りからサソリのようなハサミと、毒針のついた尻尾が伸びている。
頭には二本の長いツノ。偵察術による分析では、あれは黒竜の爪から作られた髪飾りだ。
「ようこそ、ゴードンズ・アリーナへ。
参戦と観戦、どちらをご希望でしょうか?」
受付の男が上品に微笑む。
ノクタリオがカウンターにダンッ!と手を叩きつけながら、大声で答えた。
「責任者に取り次ぎなさい! ワタクシはノクタリオ・シトライエ!
貴殿方による迷宮領域侵犯の件で話があります!」
「⋯⋯お客様。ゴードン様へのアポイントメントはお有りでしょうか?」
「無くても出てくるべきですわ!
ワタクシの管理迷宮に、無断で干渉してきたんですもの! これは緊急事態でしてよ!」
ノクタリオは威圧するかのように大声で叫ぶ。
受付の男は冷やかな目で、眼前の迷宮職人を見ていた。
「アポイントメントの無いお客様をご案内できるのは、闘技施設のみで御座います」
「も~っ! 話の通じない魔族ですわね~!」
「⋯⋯どうしてもゴードン様にお会いしたいと仰るのでしたら、当迷宮で開催中のバトルチャレンジにご参加ください」
受付の男がカウンターからイベントの案内チラシを取り出した。
ノクタリオの後ろから、ホタルとライトが覗き込む。
闘技場で用意された魔獣たちと戦って、勝てたら闘技場のボスであるゴードンとのエクストラマッチに参加できる。
「ふーん? 要は、実力を示せばいいんですのね?
この場で貴方を締め上げて、ワタクシの言うことを聞かせてあげても良いのですけど⋯⋯。
今回はそちらの土俵にワタクシが上がって差し上げますわ!」
ノクタリオがニヤリと笑う。
悪魔社会は実力主義。自身の強さを見せつけられる機会は、彼等の大好物だ。
受付の男が差し出したエントリーシートにノクタリオがサラサラとペンを走らせていく。
受付の男が、ホタルのほうへと視線を向けた。
「貴方も、バトルチャレンジへの参加を希望いたしますか?」
「いいや。私は参加しないよ」
「かしこまりました。では、左側の通路へお進みください。
参加者の用意が済み次第、開戦させていただきます」
男が手のひらで観客席への道を示した。
ホタルはノクタリオの肩を軽く叩いて激励を送る。
「健闘を祈るよ、ノクタリオ」
「ありがとう、ホタル。ワタクシ、絶対に勝ち抜きますわ!」
ライトは特に声を掛けるでもなく、興味無さそうな顔をしていた。
ノクタリオに対して、「頑張れよ」の一言もない。
歩き出したホタルの後にくっついて、共に観客席へと向かう。
通路の先から、アナウンスの声が微かに聞こえた。
「会場の皆様に連絡ばします~。新しいチャレンジャーがエントリーしました~。
間も無くバトルば開始すっけん、お席に着いてお待ちください~」
地方訛りの強い発音。
この声は、どこかで聞いたような気がするが、どこだったか。
ライトは少し考えてみたが、答えは何も出なかった。
そのまま通路を歩き続けて、観客席まで辿り着く。
この闘技場は、中央に円形の舞台がある王道の構造をしているようだ。
舞台を取り囲むように、客席がすりばち状に配置されている。
ホタルとライト以外には、観客らしき姿は見えない。
いるのは、ツノ型のアクセサリーを頭に着けている魔族だけだ。
側に置いてあるワゴンには、弁当やお菓子が売れることなく積まれている。
売り子の魔族は、やってきたホタルとライトの姿を見つけて、ぱあっと顔を輝かせた。
「あっ! お客さんだ! ゴードン・アリーナにようこそー!
良かったら何か買っていってー!
煎餅にキャラメル、ジュースもあるよー!」
ホタルがライトをちらりと見下ろす。
「そろそろお昼ご飯の時間だし、今日はここで買っていこうか」
「そうですね。それじゃあ⋯⋯、どれにしようかな」
「人間さんのゴハンなら、バッファロー弁当がオススメですよー!
ホットチリソースで味付けされた、とっても美味しいお肉なんです!」
売り子の魔族が真っ赤なパッケージを指差す。
見るからに激辛料理が入っていそうな弁当箱だ。
ライトはしかめっ面になった。
「辛いのは嫌だ」
「えー! そんなー! 辛いだけじゃないんですよー!
辛味の中にある美味しさがサイコーで、お酒にもよく合うって評判なんですー!」
「だから辛いのは嫌なんだってば!」
オススメ商品をゴリ押ししようとしてくる売り子に、ライトはきっぱりと断る。
横から見ていたホタルが、くすくすと笑った。
魔術で宙に浮かんでいるホタルの手袋がふわりと動いて、別の弁当箱を指差す。
「ライト。こっちの包み蒸し弁当はどうだい?
温泉の高温蒸気を使って作られた料理が入っているみたいだよ」
「蒸し料理って、具体的には?」
「パン生地でお肉とか野菜とか包んで蒸し上げたお饅頭ですー!
薄皮と厚皮の二種類どっちも入っててオトク!
ここでしか食べられない特製弁当ですよー!」
売り子が笑顔でオススメしてくる。
ライトはワゴンに並んでいる他の弁当と見比べてみた。
人間用のラベルが貼られているものは、後は葉っぱでくるまれた三角形の何かだけだ。
パッケージに書かれた商品名を見ても、ライトにはピンと来ない。
謎の三角と、激辛と、饅頭。この三択なら饅頭が一番美味しそうだった。
「それじゃ、この包み蒸し弁当と⋯⋯。お茶をひと瓶」
「そっちの芋菓子の箱も頼むよ」
「⋯⋯ホタルさん? ボクに何を食べさせようとしてるんですか?」
「食べてからのお楽しみさ。
余っても持って帰れるから、食べきれるかは心配しなくてもいいよ」
ホタルがウインクをしながら言う。
よっぽどライトに食べさせてみたい菓子なのだろうか。
ライトは少しワクワクしてきた。
売り子がホタルから代金を受け取り、商品をライトへと手渡した。
「はい、どーぞ! おかわりが欲しくなったら、また買いに来てくださいねー!」
売り子はひらひらと手を振って、二人を笑顔で送り出す。
ホタルは、「空いているから、前の席に座ろうか」とライトの手を引いて歩き出した。
席に着くと同時に、タイミング良く会場にアナウンスが響く。
「チャレンジャーの入場です~!
赤コーナー、ノクタリオ・シトライエ~!」
ガラガラとゲートが開かれて、ノクタリオが舞台に進み出る。
ライトは拍手も歓声も送ることなく、売店の袋からガサガサと弁当を取り出した。
ホタルは客席に備えつけられているテーブル板を引き出して、セットしてやった。
「わ。何ですか、これ」
「魔界の都市では、よくある仕掛けだよ。
肘掛けのところにテーブルが収納されてるんだ」
「へー、すごい!」
「このお弁当は、紐を引っ張ると魔術が起動して温かくなるよ」
「あ、それはわかります。火傷させてくる罠と同じ反応があったので」
「むぅ⋯⋯。そうか⋯⋯。キミは本当に優秀な偵察者だね⋯⋯」
ホタルは少し惜しそうな顔で言う。
世話を焼けるポイントがひとつ潰れて、悔しそうだ。
ライトは心の中で、仕方ないなぁ、と小さく笑った。
彼女の説明したがりなところが満たせるように、あえて質問を投げ掛ける。
「あったまるまで、どのくらい待てばいいんですか?」
「そのサイズのお弁当なら、一分くらいさ。
開けるときは蒸気に気をつけるんだよ」
「はい。ありがとうございます、ホタルさん」
ホタルの顔に微笑みが戻る。
彼女の笑顔に釣られるように、ライトも笑った。
弁当が温まるまで待つ間、ライトは闘技エリアのほうへと目を向けた。
舞台上では、ノクタリオが魔狼の群れと戦っている。
「オーッホホホ! ワタクシの魔術に跪きなさ~い!」
ノクタリオは群れのボスをビームで居抜き、あっという間に流れを掴んだ。
統率を失った狼たちを簡単に蹴散らしていく。
この様子なら、闘技場のボスのところまで勝ち進むのは容易だろう。
ライトは目の前の包み蒸し弁当に視線を戻した。
ライトの頭に乗っかっていた微精霊のプラムが、ふよふよとテーブルに降りてくる。
「おっと。そういえば、今回はお前も着いてきてたんだったな」
ライトはリュックから、プラム用の魔石を取り出した。
テーブルの上に魔石を置くと、プラムが嬉しそうに駆け寄っていく。
「ホタルさんのお昼ご飯は⋯⋯」
「今回は取らなくても大丈夫だよ。
温泉洞窟で質の良い魔力を吸収できているからね」
「本当ですか?」
「本当だとも」
「それじゃあ、ボクたちだけで食べていきますね」
「ああ。遠慮せず、たくさんお食べ」
ライトの言葉にホタルが頷く。
そろそろ弁当のあたためも終わった頃だろう。
ライトは簡単な聖句を唱えて、浄化魔法で手を綺麗にした。
蒸気で火傷しないように気をつけながら、蓋を開けていく。
ふかふかに蒸された大きな白い饅頭が二つと、中身の具材が透けている薄皮の小さな饅頭が四つ。
湯気の中から姿を現す。
パッケージに書かれていた通りなら、この小さな饅頭はシューマイという名前らしい。
「いただきます」
ライトは、弁当についていた二又のピックでシューマイを刺して持ち上げた。
薄い皮は柔らかいが、中身の具材はプリプリしている。
この食感と味わいは、エビだ。
肉だねの中に、刻んだエビの身が入っている。
「美味しい!」
ライトはもうひとつシューマイを食べた。
つるりとした薄皮と、エビの弾力。小さな塊の中に旨味がぎゅっと詰め込まれている。
「こっちの大きいほうは、どんな味かな?」
ライトは大きな饅頭を手に取った。
蒸気で蒸されて、良い具合にあたたかい。
ライトはそのままかぶりつく。
パンよりも生地の密度が高くて、ほんのりと甘い饅頭の皮。
その内側には、トマトソースで味付けされたひき肉と、とろーりとろけた美味しいチーズが詰め込まれていた。
例えるならば、蒸しピザだ。
「わあっ! すごい! なんだこれ!」
めちゃくちゃ美味しい。
ライトはその味わいに感動しながら、二口目にかぶりついた。
美味しすぎて、あっという間に無くなってしまう。
ホタルは微笑ましそうな顔でライトの食事を見守っていた。
闘技場の中心では、手に汗握る激闘が繰り広げられていたが⋯⋯。
ライトは、この美味い弁当よりも重要なことなど無いだろう、とでも言うかのように夢中で弁当を食べ進めていく。
「あっ! こっちのお饅頭は中身が違う!
結構甘い⋯⋯、栗かな⋯⋯?」
大きな饅頭の二つ目は、どうやらデザート系の味つけのようだ。
ホロホロとした食感の餡がたっぷり入っていて、これはこれで悪くない。
ライトは包み蒸し弁当を完食し、両手を合わせた。
「ごちそうさまでした!」
「ふふ。美味しかったかい、ライト?」
「はい! お腹いっぱいです!」
ライトは浄化魔法で手についた汚れを洗浄し、食べ終わった箱を片付けた。
闘技場の舞台上へと視線を向ければ、ノクタリオがトカゲ型の大きな魔獣を踏みつけて声高らかに笑っている。
「オーッホホホホホ! この戦いもワタクシの勝ちでしてよ~!」
「なんと~! チャレンジャーの全勝ばい~!
ノクタリオ選手に大きな拍手を~!」
アナウンスに促され、ホタルの手袋がパタパタと手を打つ。
観客の数が少なすぎるため、万雷の拍手喝采には程遠かったが、ノクタリオは満足そうだ。
「そんじゃあ、こっからは当迷宮のボスばしとらすエルド・ゴードンとのエキシビションマッチたい!
実況は引き続き、このオイ、クリス・ゴードンがお送りすっとよ~!」
アナウンス担当の半竜人が楽しそうに宣言する。
ホタルは「おや?」と何かに気づいた声を上げた。
クリス・ゴードンは、知り合いの名前だ。
ホタルの住む島に漂着してきた、あの女性。
どうやらここは、彼女の親族が運営している施設だったらしい。
⋯⋯であれば、ボスと呼ばれているエルド・ゴードンの種族も見当がつく。
「ったくよォ⋯⋯。忙しかって言うちょったんに呼び出して⋯⋯」
そんなボヤき声と共に、闘技場へとエルドが降り立つ。
体の大半が黒い鱗で覆われた巨漢。
人間的な上半身とは対照的に、下半身の骨格は太く、覇気に溢れて力強い。
ギロリと睨む瞳は鋭く、頭部にはまるで冠のように黄金色の魔力結晶が生えている。
──鎧鉱竜の半竜人。
その威圧感は、かなりのものだ。
人間の子供が相手なら、ひと睨みするだけで泣き出すだろう。
大人でも、悲鳴を上げて逃げるかもしれない。
しかし、ノクタリオは動じること無くエルドを真っ直ぐ睨み返した。
「ワタクシの迷宮が、貴方の迷宮に侵食されておりますの。
営業妨害の落とし前、キッチリつけてもらいますわよ?」
「あァん? お前さん、この不純物の持ち主か?
わざわざオレの前に現れてくれるたァ、都合が良いな。
ぶっとばして完全消滅させてやるよ」
「両者、戦闘の準備は良かね?
それじゃあ、エキシビションマッチ、はじめ~!」
アナウンスの声に合わせて、エルドが一気に距離を詰める。
ノクタリオは軽やかに宙へと飛び上がり、魔力弾を撃ち込んだ。
「ふん。そげな子供騙しが通用するわけ無かろうが!」
エルドは不敵に笑いながら攻撃を鱗で受け止める。
魔力弾が鱗に衝突した瞬間、小さな魔力の粒に分解されて、鱗の中に吸収されていく。
鎧鉱竜の魔力喰らい。
パキ、パキ、と奪った魔力が結晶化して、エルドの竜尾に生えてくる。
ライトはホタルのローブを引っ張って、小声で尋ねた。
「これ、決着はちゃんと着くんですか?
鎧鉱竜って魔力を食べるから、魔術主体だと倒しきれないし。
リオは空中に逃げるから、エルドのほうも白兵戦に持ち込めてないんですけど⋯⋯」
「⋯⋯ライトなら、どうやって打開する?」
「それがわかってたら、こんな質問はしてません」
「だろうね。でも、そこで考えることを止めずに考えてみたら、閃かないかな?」
ホタルは笑みを浮かべたまま言う。
⋯⋯なんだか、煙に巻かれているような気分だ。
ライトは釈然としない顔ながら、言われた通りに考えてみた。
魔力頼りの攻撃はエルドに全く通じない。
だからと言って、殴り合いを仕掛けてしまえばリオは返り討ちにされるだろう。
エルドの構えは武人のそれだ。プロの格闘家の懐に飛び込んで、打ち勝てるとは思えない。
もしも、勝機があるとするなら──。
その解答に辿り着き、ライトの背筋がゾッと震えた。
「──ホタルさん、ボク、ちょっとトイレに行ってきます!」
ライトは素早く立ち上がり、観客席から抜け出した。
ホタルはキョトンとした顔になりながらも、「行っておいで」と送り出す。
ライトはバタバタと駆け足でエントランスまで走って戻った。
もしも、ノクタリオが勝つために、全ての武器を使うのならば。
夜魔としての武器も使われることだろう。
つまりは⋯⋯、お色気作戦だ。
「余波で魅了されたらマズい⋯⋯。
誘惑の内容次第では浄化の神への誓いに反する⋯⋯!」
強制恋愛など仕掛けられようものなら、加護の消滅で冒険者上の手間が爆増する。
ライトは冷や汗を垂らしながら、エントランスで立ち止まる。
退屈そうに受付の椅子に座っていた魔族の男が、ライトに気づいて微笑んだ。
「おや、ライトくん。どうなさいました?
お手洗いでしたら、そこの通路を進んだ先に御座いますよ」
「いや、別に、そういうワケじゃ無いんだが⋯⋯」
「そうでしたか。でしたら、わたくしと雑談をひとつ、いかがでしょう?」
受付の男は、上品な笑みを浮かべたまま言う。
「雑談? なんでボクがお前と?」
「それは勿論、わたくしが貴方とお話ししたいからで御座いますよ、ライトくん」
「いや、だから、なんで話したいのかって⋯⋯」
「⋯⋯わかりませんか?」
「わかるわけないだろ」
「ふふふ。相変わらず面白い人ですね。
昔と同じ呼び方をすれば、思い出してくださいますか?」
受付の男がじっとライトの瞳を見つめる。
彼は微笑みを浮かべたまま、唇を動かした。
「分枝教徒の小鳥くん。
まだあの大樹に心を奪われているのですか?」




