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第26話:恋バナ好きのマンドラゴラ


 ノクタリオ率いる一行は、温泉洞窟を進んでいく。

 肌にまとわりついてくる蒸気と熱気を気にせずに、歩けているのはホタル一人だ。

 炎属性の魔力を持っている彼女は、熱にも強い。

 ホタルは隣を歩くライトへ視線を向けた。

 ライトは額に汗を浮かべて歩いている。

 足取りはしっかりしているが、疲れていないとも思えない。

 ホタルは彼に声を掛けた。


「大丈夫かい、ライト?」

「⋯⋯はい。早く抜けましょう。

 あと五分くらい歩いた先に、魔力の弱まる場所があります⋯⋯」


 ライトは偵察術で周囲の様子を確かめながら、言葉を返す。

 五分ほど歩けば、涼しい場所に辿り着ける。

 しかし、ノクタリオはぴたりとその場に立ち止まった。


「五分も経ったら、喉がカラカラになってしまいますわ。

 ここで休憩にしますわよ。限界まで働かないのは、あらゆる労働の基本です」


 ノクタリオは空中に魔法陣を描き、自宅の倉庫から冷たい水を取り寄せた。


「ほら。貴方も飲みなさいな」

「⋯⋯代金は?」

「要りませんわよ。雇い主からの支給品ですわ」


 ノクタリオの手が、水の入った瓶をライトの頬へと押しつける。

 悪魔からの施しは無料でないことが大半なので注意すべきだが、本人がこう言っているので大丈夫だろう。

 後から代価をせしめようとしたならば、きっとホタルも黙っていない。

 ライトはありがたく瓶を受け取った。

 ひんやりとした瓶は細長く、すぐ飲めるようコルクが既に抜かれている。

 ライトは瓶の冷たさに癒されながら、口をつけた。

 中身の水もキンキンに冷えていて、最高だ。

 体の中心から過剰な熱が引いていく。

 ライトはあっという間に中身を飲み干してしまっていた。


「はぁー⋯⋯生き返る⋯⋯」

「このキャンディも舐めておきなさい。

 人間は体温の上昇だけでなく、脱水にも気をつけなくてはなりません」

「何これ? ハッカ飴?」

「塩レモン飴ですわ」


 ノクタリオが白いキャンディが入った容器を差し出してくる。

 ライトは繋いでいた手を離して、キャンディをひとつぶ摘まみ上げた。

 口に放り込むと、柑橘の香りと酸味が弾ける。


「んんんっ、すっぱい!」

「この酸っぱさが、暑さで疲れた体に効くんですのよ」

「魔術が使い放題なのって、やっぱ凄いな。

 持ってきてない道具でもこんなに簡単に取り出せるなんて」

「迷宮によっては、管理者権限で転移系の魔術を使えなくすることもありますけどね。

 ティーセットを持ったまま冒険しろとは言えませんので、ワタクシの迷宮ではオールフリーにしてありますわ」


 ノクタリオが自慢げに言う。

 迷宮の中でもアフタヌーンティーは飲むべきだとは、お貴族様らしい考え方だ。

 悪魔たちは人間の在り方を真似しているだけらしいので、厳密には人間じみた選択と表現したほうがいいか。

 ともあれ、ライトはリオから貰った冷水とキャンディで、熱で茹だり始めていた体がかなり楽になった。

 ホタルがライトに声を掛ける。


「そろそろ先に進もうか」

「はい。行きましょう、ホタルさん」


 空になった瓶をノクタリオに渡して、ライトはホタルの手を握り直す。

 五分ほど歩けば、熱気が少しずつ落ち着いて、冷たい水風呂ゾーンに入った。

 涼しい空気が心地いい。

 ここから先は、大量に汗をかくことも無いだろう。

 ライトは浄化の魔法を使って、汗でべとついた肌を清めた。


「管理室まではどのくらいかしら?」

「んー⋯⋯。そこまで遠い感じはしないけど⋯⋯。

 本当にこれが管理室かは、ボクには判別がつかないな⋯⋯」

「ただでさえ、空間が二重になっているからね。

 わからなくても仕方ないよ」

「役に立たない魔法ですわね。貴方、もっと神様に貢ぎ物とかしたらどうなの?」

「それだけで強い加護が貰えるんなら、ボクらは存在してないっての⋯⋯」


 ライトは苦い顔で呟く。

 ノクタリオは、「人間って不便ですわねぇ」と呆れながら、歩みを進めた。

 一行は、冷水の泉に挟まれた一本道を黙々歩く。

 カーブした道の先へ進むと、そこには次なる試練があった。


「なんですの、この池⋯⋯。道を塞いでるじゃありませんの⋯⋯」


 先頭を歩いていたノクタリオが立ち止まる。 

 ホタルとライトは、ノクタリオの隣に立って問題の池を覗き込んだ。

 魔界の蓮らしき植物が浮かんでいる大池だ。

 対岸には桟橋のようなものが見えるが、舟は無い。


「これは、かなり深そうだね。

 私とノクタリオは飛んで渡れるが、ライトはどうするか⋯⋯」

「さっき水を出したみたいに、舟とか出せないのか?」

「無茶言わないでくださいまし。収納箱に圧縮してても送信作業の負担は変わらないんですのよ」


 ノクタリオは呆れた顔で言う。

 どうやら、なんでもかんでも「お取り寄せ」は出来ないようだ。

 ノクタリオは池を指差してライトのほうを見た。


「このくらいの距離なら泳いで渡れるのではなくて?」

「えー? やだ、泳ぐの疲れるしー」

「⋯⋯ワタクシの倉庫から浮き輪を出して差し上げますので、ホタルに牽引してもらいなさいな」


 ノクタリオが虚空に腕を突っ込んで、ゴソゴソと倉庫の中を探し始める。

 ライトはもう一度、池を見た。


「あのー⋯⋯。良かったら、アタチの葉っぱに、乗っていかないー⋯⋯?」


 池の中から、声がする。

 水面に浮かんだ蓮の葉が持ち上げられて、その下にいた何かが顔を覗かせた。

 ニセオオハス・マンドラゴラだ。

 まるで帽子のように頭上を覆っている蓮の葉が特徴的な植物魔族。

 葉っぱを舟の代わりにしようと乗ってきた人間を湖の真ん中で振り落とし、水中に引き込むと言われている。

 ライトは面倒くさそうな表情を浮かべた。


「うわ。無視してたのに話しかけてきた」

「えっ⋯⋯気づいてたのー⋯⋯?

 だったら話しかけてよー⋯⋯」

「すまない、キミは友好的な役回りなんだね。

 迷宮職人に雇われたガーディアンかと思っていたよ」


 ホタルが植物魔族に謝る。

 ライトは特に反省するようなことはない。

 迷宮において、偵察術で見つけた魔族を無視して進むのはよくあることだ。

 もしも戦いになれば、時間も体力も消耗してしまう。

 ライトの下した判断も間違っているとは言いきれない。


「それで、先程の提案だが⋯⋯」


 ホタルが植物魔族へと探るような視線を向ける。

 植物魔族は恥ずかしそうにもじもじしながら、言葉を紡いだ。


「えっとー⋯⋯。あのー、アタチの葉っぱ⋯⋯人間さんを運ぶお舟でー⋯⋯。

 乗っていくのが、正攻法なのー⋯⋯」

「そんなこと言って、途中で水に落とすんじゃないか?

 ボクたちが乗せてもらえるように交渉するなら、よくあることだが。

 お前から乗ってくださいって言うのは、なんか変だろ」

「ええっ⋯⋯! でも、アタチ⋯⋯人を運べってボスに言われててー⋯⋯。

 落とさないって約束するから、おねがいー⋯⋯乗ってー⋯⋯」


 植物魔族がうるうると瞳を潤ませて頼み込んでくる。

 情に訴えかけてくる手口だ。ライトは眉間にシワを寄せた。

 こういう真似をしてくる魔族は、悪魔っぽくて信用しづらい。

 ライトはちらりとホタルを見上げる。


「⋯⋯ノクタリオ。ライフジャケットはあるかい?

 安全ハーネスもセットで欲しい」

「了解ですわ。そのくらいなら取り寄せられます」


 ノクタリオが頼まれたものを倉庫から取り出す。

 オレンジのライフジャケットに、頑丈そうな人用の手綱。

 そして、最初に探していたピンクのフリルつき浮き輪。

 ホタルはこの三点セットをテキパキとライトに装着させた。

 邪魔になるリュックはホタルが預かり、飛翔術で宙に浮かべる。


「よし。これなら途中で水に落とされてしまっても大丈夫だろう」

「ホタルさん、人間を抱えて飛べないって言ってましたけど⋯⋯。

 このロープみたいなのでボクを釣り上げられるんですか?」

「そこはノクタリオに任せる」

「ええ、お任せあれ! ワタクシの翼はホタルのためならいくらでも羽ばたきましてよ!」


 ノクタリオがコウモリに似た形の翼を背中に生やして、パタパタと動かす。


「さあ、池を渡ろうか」

「んふふー⋯⋯やったー⋯⋯人間さん、乗って乗ってー⋯⋯」


 植物魔族が笑顔で手招く。

 ライトは浮き輪を両手で支えて、大きな蓮の葉に乗った。

 ホタルとノクタリオが植物魔族を見張るかのように頭上にぴったりと張りつく。


「それじゃー、しゅっぱつー⋯⋯」


 植物魔族が泳ぎ始めた。

 小舟をゆっくり漕いでいくのと同じくらいのスピードだ。

 穏やかで揺れも少ない。

 植物魔族はすいすいと手足を動かしながら、乗客のライトに話しかけてくる。


「渡る間にー⋯⋯アタチとお話ししてねー、お兄ちゃん⋯⋯。

 お話ししてくれないとー⋯⋯寝ちゃって沈没しちゃうからー⋯⋯」

「お話しって、具体的な話題は?」

「んー⋯⋯そーだなー⋯⋯まずはお名前?

 アタチはニハス。お兄ちゃんはー?」

「ライト。⋯⋯次の話題は?」

「えーとねー⋯⋯コイバナ⋯⋯!

 ライトお兄ちゃんは好きなコとかいるー?」


 ニハスの質問に、上空の二人が顔を見合わせる。

『あの男とコイバナとかしたことありますの?』とノクタリオの視線が語った。

 ホタルは首を横に振り、興味津々といった様子で耳を澄ませる。

 ライトは溜息混じりに答えた。


「無いよ、恋愛とか。浄化の神への誓いに反しかねないから。

 やるんなら冒険者辞めるとき」

「そーなのー⋯⋯? 見たところ、複数の相手から恋心向けられてそーだけどー⋯⋯」

「たぶんそれ、マウラ異端派の連中だよ。あいつらすぐに結婚しようって言ってくるから」


 ライトの返答に、ノクタリオが渋い顔になる。

 ノクタリオは、ライトに恋心を向けている女性をよくよく知っていた。

 なんなら、そのコの恋を応援している。

 ライトを招いたお茶会に、彼女の同席を命じるなどして。

 ⋯⋯なのに、ライトは相手からの好意に気づいていないらしい。


「朴念仁ですわねぇ⋯⋯! 信仰している神とやらのせいなのかしら⋯⋯!」


 ノクタリオは苛立ちを込めて呟く。

 一方で、ホタルは興味深そうに小声で言う。


「ライトの恋愛対象は、冒険者としての活動が困難になったとしても共にいたいと思える相手か。

 彼が冒険好きである限り、お眼鏡に叶う相手はとても少なそうだね」

「んもう! 恋愛軽視なんですからっ!

 人間だったら、もっとロマンスに生きるべきですわよ!」

「⋯⋯キミの好きなロマンス小説は、大半がバッドエンドだった記憶があるのだが⋯⋯。

 あんな凄惨な生き方をライトに押し付けるつもりかい?」

「どんなに悲劇的だったとしても、人間は恋愛重視で生きてるほうが素敵ですわよ?」

「⋯⋯そういう夜魔らしい価値観は、私にはあまり馴染まないな」


 ホタルは苦笑して、ライトのほうへと視線を戻す。

 上空でそんな会話がされている間にも、蓮の葉舟はゆっくりと水面を進んでいく。

 ニハスは次の質問を投げ掛けた。


「ライトお兄ちゃんはー⋯⋯、運命の赤い糸とか信じるー⋯⋯?」

「⋯⋯何だそれ? 初めて聞いた」

「人間さんだと知らないやつー⋯⋯?

 結婚する相手とは見えない糸で結ばれてるから絶対に巡り会えるって話ー⋯⋯。

 昔、魔界で流行っててー⋯⋯」

「ふーん。なんか霊感商法みたいだな」

「人間さんの故郷では、そーいうロマンチックなやつって無いのー⋯⋯?」


 ニハスが尋ねる。

 コイバナがなかなか盛り上がらなくて、残念そうな声色だ。


「ロマンチックな話かぁ⋯⋯。

 ボクの故郷によく来てた吟遊詩人は、そういう恋愛のアレソレみたいな詩ばっかりやってたけど⋯⋯」

「わ。それ、聞きたーい⋯⋯! 歌って歌ってー⋯⋯!」

「いや、無理。あらすじも全然思い出せないし」

「がーん、ショックー⋯⋯」


 ニハスが肩を落とすようにして水中に沈む。

 蓮の葉の縁から水が入り込んできて、ライトは慌てて叫んだ。


「おい、待て、沈むな!」

「あっ⋯⋯! ごめーん、ライトお兄ちゃん⋯⋯!

 アタチ、コイバナ大好きだから⋯⋯聞けないのがショックでー⋯⋯」

「だからって仕事は放棄するなよ⋯⋯」


 ライトが呆れたように言う。

 上空で、ノクタリオが「どの口が言ってるんですのぉ~?」と恨めしげな視線を向けているが、ライトはまるで気づいていない。

 ニハスもあまり本気では謝罪していなかったようで、ケロッとした顔で雑談に戻った。


「ライトお兄ちゃんはー⋯⋯あそこの二人ならどっちがタイプー⋯⋯?」

「だからボクは結婚はしないって」

「あー、そうだっけー⋯⋯?

 おもしろくないなー、ライトお兄ちゃんの生き方ー⋯⋯」

「なんでボクの生き様でお前を喜ばせなきゃいけないんだよ⋯⋯」


 さして盛り上がらない会話を続けているうちに、蓮の葉舟は目的地へと到着する。

 ライトは対岸に跳び移った。

 ジャンプの衝撃で蓮の葉が揺れ、ニハスが不服そうな声を漏らす。


「んもー、乱暴ー⋯⋯」

「すまないね、ウチのライトが」

「いーよー⋯⋯。人間さんっていつもそうだしー⋯⋯」


 ホタルの言葉に、ニハスはあくびしながら答える。

 ニハスにとってはよくあることのようだった。

 ノクタリオが池の縁にしゃがんで、水面のニハスに尋ねる。


「この迷宮には、人間の冒険者がよく来るんですの?」

「来るよー⋯⋯。この先に、ボスの作った闘技場があってー⋯⋯。

 毎週土の日は人でいっぱいー⋯⋯」

「ふむ? でも今日は土の日なのに閑散としているね。

 その話が本当ならば、闘技場を目指す他の挑戦者たちを見掛けてもおかしくなさそうなのに」


 ホタルの指摘に、ニハスも首を傾げる。


「あれー⋯⋯そういえば変かもー⋯⋯?」

「ふん。そんなの、この洞窟がワタクシの迷宮を乗っ取ってきたせいに決まっていますわよ!」

「元々は賑わってたんだろ?

 リオの迷宮に繋がったせいで客が来なくなったんなら、何のためにやってるんだよ」

「それは⋯⋯、ええと⋯⋯、陰謀ですわ!

 ワタクシの躍進を妨げるための陰謀に違いありませんことよ~っ!」


 ノクタリオが、まるで被害妄想を拗らせてしまった乙女のように言い放つ。

 わざわざこんな三流の迷宮職人に嫌がらせする理由など相手方には無さそうなのだが⋯⋯。

 本気で言っているのだろうか?

 ライトは胡乱そうな目でリオを見た。


 もちろん、相手が性格の悪い悪魔なら、格下潰しを趣味として楽しんでいる可能性はある。

 あるいは、ノクタリオが貴族だからという理由で、ネチネチとした攻撃の的にされているのか。

 そもそも、真相が逆で、ノクタリオではなく温泉洞窟のボスを狙った犯行だったのかもしれない。


「まあ、なんにせよ、この洞窟の管理者に会ってみないとわからないね。

 ただの魔術事故という可能性もあるし」


 ホタルが議論を切り上げて、奧へと続く道を見る。

 ライトは不要になった浮き輪セットを外して、ノクタリオへと返却した。

 リュックを背負い直して、ホタルの横に立つ。


「この先に、洞窟の管理者がいるんですか?」

「その確率は高いだろうね。

 本来ならば、今日は闘技場が開かれている日のようだし」

「早く行って、ぶっ飛ばして差し上げましょう!

 このノクタリオ・シトライエ様の迷宮を乗っ取った罪の重さを、思い知らせてやりますわ~っ!」


 ノクタリオが先頭になって歩き出す。

 ライトはホタルが差し出した手袋を再び握り直して、後を追った。


 温泉洞窟の闘技場。

 その管理者はいったい、どんな魔族なのか。

 洞窟の出口は、すぐそこだ。




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