補填・日常と言えばそうだけど
その後の話、いわゆるエピローグというものをしておこう。
ライトは食卓に置かれた鍋を見て、無言で暫く天を仰いで、もう一度、鍋の中を見た。
大粒の巻き貝と、海草と、魚の肉で作ったツミレ。
魚介の旨味が溶け出したスープの美味そうな匂いがしている。
けれど、ライトが気にしているのは、きっとそこでは無いのだろう。
ボディルは笑いながら、ライトが見つめていた具材を皿によそった。
まるで丸太を輪切りにしたような見た目の、不思議な食材。
小柄なライトの口でも食べやすいように、ボディルはハサミで切り分けていく。
ライトは細切れになった丸太の破片を見つめて、何とも言えない顔をしていた。
「ほら、お食べ! 宝丘の民の『特製オイルワーム鍋』だよ!」
「⋯⋯どう見ても、丸太だったんだが⋯⋯」
「見た目が気になるなら、目を瞑ってでも良いから、お食べ!
オイルを搾った後のワームは、こうして鍋で煮込んで食べたり、家の壁に使ったりして、最後まで有効活用するんだ。
ちゃんと食べないと、オイルワームが夢に出てきてアンタのことを食べちまうよ!」
「ボクはさっきまでオイルワームに丸呑みされてて⋯⋯、いや。そういうのはどうでもいい。
これは大樹とは無関係なんだな?」
ライトは念入りに確認する。
ボディルは「心配性だねぇ」と笑いながら、自分の皿にも肉をよそった。
ライトはスプーンの先でオイルワームの断片をつついてみる。
たっぷりと出汁を吸い込んだ塊は、例えるならば凍り豆腐だ。
ライトには全く未知の食材に見えてしまっているが⋯⋯。
危機察知の魔法には何の反応も無いし、浄化の魔法を使ってみても皿から逃げ出していくことは無い。
毒味を担当することもある偵察者としての目線で見ても、安全性は確認できている。
ライトは勇気を振り絞って、オイルワームをスプーンに乗せた。
「いただきます⋯⋯!」
まぶたを瞑って、口に運ぶ。
まず真っ先に広がったのは魚介ベースの出汁の味。
しょっぱさと旨味の混ざり合ったスープの中に、乾燥させた豆の風味を微かに感じる。
「⋯⋯うーん。なんか、ちょっと、物足りないなぁ⋯⋯」
ライトは他の具も掬って食べてみる。
磯臭い感じがして、なんとなく食べづらい。
港町にある食堂で食べた魚のスープよりも、素材のクセが強い気がした。
微妙そうな顔をしているライトに気づいて、ボディルが「あっ」と声を上げた。
「いけない。スパイスをひとつ入れ忘れてた。ちょっと待っといで!」
ボディルが慌てて立ち上がる。
すぐにキッチンへ向かおうとしていた彼女は、しかし、居間の出口で足を止めた。
ゴンゴンと玄関扉のノッカーが音を立てている。
鍋の魔力を見ていたライトは、そのまま玄関に意識を向けて、パアッと顔を輝かせた。
「あっ! この魔力は、ホタルさんだ!」
ライトは勢い良く立ち上がり、ボディルの脇をすり抜けて、玄関の扉に素早く飛びつく。
「ホタルさん! お帰りなさい!」
ここはホタルの家では無いが、自然とそんな言葉が溢れた。
元気そうなライトの姿に、ホタルはホッとしたように目元を緩めて微笑んだ。
「ただいま、ライト」
「聞いてくださいよ! 今日は凄い妖精さんに会えて⋯⋯!」
「そうか。それは、是非ともゆっくり、お茶でも飲みながら聞きたい話だね。
⋯⋯でも、その前に。この家の方に、ご挨拶をしてもいいかな?」
「ダメです。ボクの話を聞いてください」
「ふふふ、そうか。ダメか。キミは本当に、面白い子だね」
ホタルの手袋がライトの頭をぽんぽんと叩く。
ライトは普段通りの感触に嬉しそうに瞳を細める。
ホタルも優しく笑みを返して、家の中へと視線を向けた。
ライトを追いかけてきたボディルが、二人の会話に割り込むべきか、困ったような顔をしている。
ホタルはボディルに向かって軽く会釈して、光の魔法で宙に文字を描いた。
『私の契約者が世話になったね。
後で改めて、お礼に来るよ』
ボディルは頷いて応える。お客様のお帰りの時間だ。
ボディルはそっと居間へ戻って、ライトのリュックを取ってきてやった。
ライトは夢中で、ホタルに今日の冒険で見た妖精の話を聞かせている。
ホタルは相槌を打ちながら、左手の手袋で彼のリュックを受け取って、もう片方の手袋で彼の手を握り、帰路に着いた。
転移術の炎が二人を包み込む。
「そう言えば⋯⋯、護衛の代金、手渡したっけ?」
「⋯⋯ライト? まさか、払ってないのかい?」
「いやぁ⋯⋯。そういうの、物凄くどうでもいいことなので⋯⋯。
渡したかどうか、記憶に無いです」
ホタルの視線が、ボディルの家があるほうを向く。
どうやら、お礼の品だけでなく、料金未納の謝罪も一緒に持っていくことになりそうだ。
ライトは悪びれた様子も無く、ホタルの顔を見つめている。
「はぁ⋯⋯。全く、キミというやつは⋯⋯」
ホタルは仕方なさそうな顔で、いつものように微笑んだ。
【第六章・終】




