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第24話:キラキラ魔法の人形姫


 オイルワームの腹から吐き出された先は、どこかの空洞だった。

 恐らくは坑道の中なのだろうが、詳しく調べる暇は無い。

 ランタン代わりにトロル族が設置している光の石は、この空洞のどこにも無いが、強烈な明かりが目の前にある。

 炎を纏ったヴォーパルバニー。

 この地の王であるかのように、堂々と。

 魔獣のくせに、まるで人間ように、巨大な玉座に足を組んで座っている。

 あの椅子の材料は、岩盤から切り出した石材だ。

 文化的なデザインになるよう繋ぎ合わせて、白い宝石を随所に飾って、立派な椅子の形にしてある。

 あの獣が自分で作り上げたのか、それとも人形悪魔が用意したものを奪ったのか。

 どちらにしても、この地下空洞の中にあるのは異質な椅子だ。


 ライトは短剣を構えたが、敵は動く気配がない。

 疲れているのか、深く椅子に座り込んだまま、ぼんやりと宙を見つめている。

 ヴォーパルバニーの体から、まるでタンポポの綿毛が飛び立つかのように、炎の端が小さく千切れて周囲へ広がる。

 炎を嫌うオイルワームが、ギィギィと後ずさって逃げていった。


「⋯⋯ここはお前の遊び場か?」


 ライトは視線は動かさずに、背後のメリーに問い掛けてみた。

 メリーはまるで誇らしげに胸を張るかのような声で質問に答える。


「ママと契約してる人間のおうちよ!

 今日はお手伝いに来たの!」

「⋯⋯人間? もしかしてこの魔兎は、元々は人間だったのか?」

「ええ、そうよ!

 ママとワタシで、この人の『強くなりたい』って願いを叶えてあげてたの!

 細かいところが決まらないってママがスゴく困ってたから⋯⋯。

 可愛いウサギさんの姿にするってワタシが決めてあげたのよ!」


 メリーの言葉で、ライトは魔兎の事情をなんとなく察した。

 町の酒場でもよく聞くような、悪魔との契約絡みのトラブルだ。

 人がそうであるように、悪魔だって何の見返りも無い仕事はしない。

 報酬が手間と釣り合っていなければ、契約違反にならない範囲で利益を稼ぐ。

 例えば、こっそりと新薬の実験台にする。魔術修行のための生贄に使う。

 窃盗団に資産情報を横流しして、紹介料を受け取っていた悪魔の話だってある。


 メリーはデータを取るかのように、楽しそうに魔兎を見ていた。

 きっとそれが「ママのお手伝い」とやらなのだろう。

 ライトは改めて、目の前にいるヴォーパルバニーの魔力を探る。


 ⋯⋯魔獣の変位種ならありえるか、とスルーしていた内部構造。

 過剰なまでの魔力生産と、それに伴う肉体の崩壊。

 実体を持っていた人間から、より純粋な魔力だけで構築された霊体へと昇華されていく症状。


 ライトは、この火を知っていた。

 ホタルの炎とは違う。幼い頃に触れたぬくもり。

 故郷の祭殿で燃えていた、魔力過多症の母の手のひら。


 ライトは目の前に佇んでいるヴォーパルバニーをじっと見つめた。

 危機察知の警鐘は、ずっと沈黙を保っている。

 眼前の熱に肌を炙られ、ライトの額に汗が滲んでも、ライト自身には危険は無いと示し続ける。

 燃える魔兎は、ゆっくりと、石の椅子から立ち上がった。


「ワザ⋯⋯、モノ⋯⋯」


 呟くような、微かな鳴き声。

 魔兎の視線は、ライトの握る短剣へと向けられていた。


「⋯⋯お前は、これが何だかわかるのか」


 ライトは短剣に目を落とす。

 どこにでもあるようなデザインの、シンプルで地味な冒険者の武器。

 そう見えるように作られていた、聖明星輝石(エオスメテオライト)の儀礼剣。

 細かい解説は色々あるが──、今はそれは置いておこう。


 魔兎は剣を欲しがるように腕を伸ばす。

 ライトは短剣の刃を持って、柄を魔兎に差し出した。


「コレはお前が思ってるほど、万能の治療薬なんかじゃないぞ。

 魔力放出をサポートしてくれるだけの道具だ。

 魔力の過剰生成で体が壊れてしまうのを、多少は抑えられるけど⋯⋯。

 根本的な解決は出来ない。最後には必ず〝さよなら〟が来る。

 ⋯⋯僕の母さんも助からなかった」

「ワ⋯⋯ザモノ⋯⋯」


 そうなのか、と落胆するように魔兎が鳴く。

 ライトは短剣を差し出したまま、目の前に立つ人を見つめた。

 魔力過多症は、呪いの一種だ。

 魔力を生成するために、体も心も何もかもを食い潰していく暴走状態。

 命を削って生成された濃密な魔力は、肉体の悪魔化を誘発し、人知を超えた能力の開花をもたらすことも少なくないが⋯⋯。

 大抵の場合は、そうして得られた物すらも魔力生成に回されて、最後にはただ一握りだけの魔力が残る。

 神々からの寵愛と奇跡の力でも用いなければ、助かることはまず無い病だ。


「気休め程度でしか無いけど、この剣が欲しいんなら、やるよ。

 お前がわざわざ、こんな島の洞窟に来たのは『トロルの宝剣』を探してたからだろ?

 神話で勇者に奪われた剣が、魔界にあるなんてはずは無いのに、命を諦めきれなくて⋯⋯」

「ワザ⋯⋯、ワザモノ⋯⋯」

「この剣も、お前みたいに諦めきれなかった人たちが『トロルの宝剣』を再現しようとして出来上がったものなんだってさ。

 父さんが僕にコレをくれた時に、そう言ってた。

 だから、お前が諦めないなら、コレはお前の物にしていいよ」


 ライトは優しく見えるように微笑んだ。

 ライトはこれまで、「他者への優しさが欠けている」とたびたび言われてきたのだが⋯⋯。

 人間から魔獣へと変わっていく者が相手ならば、さすがに慈悲の心が勝った。


「ワザモノ⋯⋯」


 燃えている腕がライトの短剣へと伸ばされる。

 震える指先が柄を握り、大切に胸に抱え込んだ。

 誰かの名前を呟くかのような、声が聞こえた。

 人型だった炎の塊が、指の先からほどけていく。

 宝剣を手に入れたところで、既に、人の形を保っていられる時間は残っていなかったのだ。


 肉体だけでなく、魂すらもが魔力へと変換されていき、魔界の大地に溶け込んでいく。

 燃え尽きる命は小さな火の粉を撒き散らしながら、周囲に広がって消えていく。

 走馬灯が映るかのように、炎の中に、どこかの風景が見えた。

 この建物は、教会だろうか。

 炎が揺らぎ、景色が変わる。

 幼い子供が笑いながら、折り紙で作った騎士勲章をこちらへ手渡している様子が映った。

 暖かな家、襲い来る魔獣、そして──蜻蛉の羽根を思わせる銀髪の悪魔と、人形の娘。

 そこにどんな過去があったのか、ライトが全てを知ることは無い。

 ライトはただ、小さくなっていく炎を見つめて、


「⋯⋯星海の船出に、見送りの鐘を。

 我等が大樹に、永久(とこしえ)の光を⋯⋯」


 冥福を祈り、黙祷を捧げた。

 大切に抱かれていた短剣が、両手の消滅と同時に、カラン、と地面に落ちる。

 ライトはゆっくりと短剣を拾って、腰の鞘へ静かに戻した。

 この剣は、あの燃えていた人物の救いになってくれただろうか。


 ライトは一度、深呼吸して、天を仰いだ。


「⋯⋯さて。ここから、どうやって帰ろう⋯⋯」


 アクシデントは全て片付いた。

 後は地上へ帰るだけ。

 ライトは偵察術を起動して、周囲の地形を把握する。


「僕を丸呑みしやがったワームは、そこまで深くは潜ってなかったみたいだな。

 こっちの壁を壊したら、坑道に合流できそうだ」


 ライトは壁に手を這わせながら、帰り道に当たりをつける。

 壁を壊せば帰れそうだが、ではどうやって、壁を壊すか?


「爆弾に使える炎の魔石は、島に来たときに使ったんだよなぁ⋯⋯。

 ホタルさんの船も、あそこに置きっぱなしだし⋯⋯」


 ライトは拳でコツコツと壁を叩いてみる。

 一筋縄では行かなそうな手応え。ライトの筋力では表面を削れるかすらも怪しい。

 トロル族のボディルと連絡が取れるのならば、なんとかなりそうだが⋯⋯。

 ライトは深く考え込む。真面目に頭を働かせようと頑張る隣で、やかましい女の声が響いた。


「もしもし! ワタシ、メリーさん!

 もしかしなくても、お困りよねっ! とっても素敵な商品があるわよ!」

「うーん。困ったな。テントでも張って、おとなしくホタルさんを待ったほうが良いかな?」


 ライトはメリーの声を無視して、考え事に集中している。

 メリーは、めいっぱい背伸びしてライトの耳に向かって叫んだ。


「もしもし! もしもし~っ!」

「うわっ! なんだよ、うるさいな!」

「うるさくないわよ!

 このワタシ、メリーさんのセールストークは百万兆億魔貨以上の価値があるんだから!」

「数の数え方も知らないヤツの話なんかに、価値があるかよ! 静かにしてろ!」

「しないわ! 本当に価値があるんだから!

 パパだって褒めてくれたのよ! メリーさんのお喋り機能は最高の出来だって!

 メリーさんのセールストークをたっぷり聞いて、パパの商品を買いなさい!」


 メリーは自信満々に鞄を開けて、小さな杖を取り出した。

 子供向けのオモチャのような、安っぽい見た目のマジックワンドだ。

 棒の先端に木彫りの飾りを取りつけて、ピンクの絵の具で可愛らしく塗ってある。

 ライトは面倒見臭そうに、メリーの掲げた商品を見た。


「本日ご紹介するのはコチラ!

 『ミラクル◇マジック☆キューティー♡ワンド』!

 誰でも簡単にジョーカーマジックが使えるようになる優れものよ!」

「ジョーカーマジックって何だよ⋯⋯」

「キューティーアリスのすっごい魔法よ!

 でっかいビームが『ドーン!』って出て、山ひとつ消し飛ばしちゃうの!」

「そんなこと、誰でも簡単に出来るのはマズいだろ。

 どうせ子供騙しの光魔法がチョロっと出る程度で──」

「疑ってるわね? いいわよ!

 今ここで、ワタシが実演してあげる!」


 メリーが笑顔でワンドを構える。

 彼女は舞台女優のように、大袈裟な身振りでくるくるとその場で回って、おかしな呪文を唱え始めた。


「キラピカ☆ピカキラ☆リリトルトル──」

「おい、待て! 僕のほうを狙うな──!」

「バットサジット◇スペクトシュート!」


 メリーがビシッ!と決めポーズを取りながら、杖の先端をライトに向けた。

 危機察知の警鐘がライトの脳内に鳴り響く。

 ライトは慌てて脇に避けた。


 閃光が迸り、爆音が轟く。

 ビームなどという言葉では、この破壊力は不適格だ。魔王の砲撃と呼んだほうが良い。

 硬い壁が一瞬でひび割れ、ガラガラと崩れ落ちていく。

 ライトは壊れた壁を潜って、震え上がった。

 坑道に新しい横道が出来ている。先は見えないほど長く、ビームの貫通力が嫌でも伝わる。


「やっぱり、ヤバいヤツじゃないか!」

「そうよ、ヤバいのよ! パパの作ったアイテムは全部ヤバいの!

 さあ、張り切って買いなさい!」

「買わないよ! 地形を破壊するような武器は、国によっては持ってるだけでも犯罪だからなっ?

 僕の故郷でこんなモノ使ったら、重罪人として木に吊るされるぞ!」

「ここは魔界よ! 人間のルールなんてナンセンスだわ!

 いいから早く財布を出して!」


 メリーがギャンギャンと喚く。

 ライトは「付き合ってられるか」と言い捨てて、坑道の外へ歩き始めた。

 背後から呼び止めるような声が聞こえるが、無視。

 偵察術で出口を探して、足を進める。

 メリーはセールスを諦めたようで、追いかけては来なかった。

 ママへの報告が終わってないのを思い出しでもしたのだろう。


 背後からの声が消えた代わりに、前方から音が聞こえる。

 ヴォーパルバニーを遠ざけるための魔法の鈴だ。

 ライトは自然と早足になる。

 オイルワームに呑み込まれたせいで、はぐれていたボディルが道の先にいた。


「ライト! 生きてたんだね!」


 ライトを見つけて、ボディルの顔が明るくなる。

 まるで、迷子になった子供を発見した時の親のような表情だ。

 ボディルはライトの全身を右から左からと眺めて、彼の無事を確かめる。


「怪我はしてないかい? 疲れや喉の渇きはあるかい?

 すぐに家に戻って休もう。ここにはあの燃えてるウサギも出るからね」

「うん。そうだな。今日はもう帰ろう。

 妖精さんも、ちゃんと見れたし。それに⋯⋯」


 ぐうう、とライトの腹が鳴る。

 坑道の中では、太陽の位置はわからないが⋯⋯。

 体感時間では、そろそろ日暮れだ。

 出来ることなら、晩ごはんは安全な場所でしっかりと食べたい。

 ボディルはニカッと笑って、ライトの体を肩に担いだ。


「お腹が減ってるなら、尚更はやく帰らないとね!

 今晩はウチに泊まっていきな! 宝丘の民の特製鍋をご馳走したげるよ!」

「へぇ。それは、良い土産話になりそうだな」


 トロル族の鍋料理。いったいどんな味なのだろう。ライトはちょっぴりワクワクしてきた。

 ホタルは今頃、何をしているのだろうか。

 彼女の仕事は、もう終わっただろうか。

 帰ってきたら、話したいことがたくさんある。

 ライトはホタルが帰ってきた後のことを想像して、頬を緩めた。

 帰路にはもう何もなく、空に輝き始めた星が冒険の終わりを見守っていた。



 ボディルの家にオイルランプの明かりが灯され、辺りを優しく照らし出す。

 ランプ自体に魔法が掛けてあったのか、オレンジ色の柔らかな光は、大きな部屋の隅から隅まで不思議としっかり届いた。

 ボディルが居間に毛布を敷きながら言う。


「アンタは疲れてるだろうから、ここでおとなしくしてな」

「えー、やだ。僕、料理するところも見たい」

「なんだい、嫌いな食べ物でもあるのかい?

 心配しなくても、人間が食べられないものは入れやしないよ」

「⋯⋯魔界って、人間の体には毒になるものの知識がそんなに浸透してるのか?」


 ふと気になって、ライトは尋ねる。

 ライトは旅に出る前に、魔物の生態や食性についての知識を父から叩き込まれたが⋯⋯。

 魔界では、人間に対するアレコレは一般常識なのだろうか?

 ボディルは笑いながら答える。


「そんなことは無いよ。人間の真似が大好きな悪魔族はともかくとして⋯⋯。

 アタシらみたいな魔族連中は、魔法ラジオのCMだったり、旅商人の話だったりから、断片的に知ってるだけさ」

「ラジオって何?」

「そこの棚に置いてある魔道具だよ」


 ボディルが居間にある棚を指差した。

 横長の箱のような形の魔道具が置いてある。

 ライトの目には、守り神の顔を象った置物のようにしか見えなかった。

 瞳のような大きな丸が二つ付いていて、ツノのようなパーツがにゅーっと伸びている。

 不思議そうな顔をしているライトの様子に、ボディルは何故か懐かしそうに笑っていた。


「料理をする間、暇だろうから点けといてあげるよ」


 ボディルがラジオのスイッチをオンにする。

 箱の中からアップテンポな音楽が流れ始めて、ライトは「ああ」と頷いた。


「なんだ、魔力式のオルゴールだったのか」

「いいや、違うよ。こいつは遠い場所で鳴ってる音をここまで運んできてるんだ。

 オルゴールみたいに、楽譜通りの演奏を繰り返してるワケじゃないのさ」

「へぇ⋯⋯。そうなのか。魔界って本当に何でもあるな」


 ライトはじーっとラジオを見つめた。

 形状をもっとよく観察しようとして、ラジオの隣に小さな額縁があるのに気づく。

 魔道具に詳しい者ならば、ピンと来ただろう。写真立てだ。

 ボディルと誰かのツーショット。赤毛の子供が、ボディルと一緒に満面の笑みを浮かべている。

 ボディルの首に掛かっている特徴的な手作りの折り紙ネックレスは、どこかで見たような気がするが⋯⋯、ライトには上手く思い出せない。

 坑道で見た騎士の走馬灯の中に、同じ子供が映っていたが、ライトの記憶には残っていなかった。

 ライトの目を引いたのは、人間の子供が写っているという点だけだ。


「なあ、ボディル。こっちの肖像画は何なんだ?」

「それは写真って言うんだよ」

「そうじゃなくて。描かれてる人のほう。人間だよな?」

「⋯⋯ああ。そうだね。昔、この村にいた人間の子さ。

 怖い悪魔に追いかけられて、海に落ちちまったらしくてさ。

 運良くこの島に流れ着いたから、一族のみんなで保護してたんだ。

 体の弱い子で、長生きは出来なかったんだけど⋯⋯。

 ラジオを聞きながら、ごはんを食べるのが好きな子でねぇ⋯⋯」


 ボディルがまるで子供の頭を撫でるかのように、そっと写真立てに触れた。

 室内に哀愁が漂い始め、⋯⋯しかし、ライトの腹が空気を読まずに、また鳴った。


「おっと、いけない。アンタは腹ペコなんだったね。

 腕によりをかけて作るから、もう少しだけ待ってておくれよ!」


 ボディルが湿っぽい空気を吹き飛ばすように明るく笑う。

 ボディルはキッチンへと向かい、部屋の中にはライトだけが残された。

 ライトは、今はもういない少女の写真を静かに見つめ、そっと両手を合わせて祈った。


「この子の魂は、冥界にあるのだろうけど⋯⋯。

 どうか、星海に旅立ちし小鳥に、大樹の恵みがあらんことを──」


 故郷の遣り方で、少女の安らかな眠りを願う。

 ラジオからは軽快なアコーディオンの演奏が流れていた。




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