第23話:トロル坑道の大歌女
地の底から、怪物が這い上がってくる。
地面は硬い岩盤と言えど、その正体は魔力でコーティングされただけの砂粒だ。
凝固剤となっている魔力を根こそぎ奪ってしまえば、後は砂へと戻るだけ。
地上へと向かうことは不可能ではない。
妖精を見つけてはしゃぐライトと、それを見守るボディルのちょうど真下から、魔力を求める音がした。
ギィィイイィィイイ──。
怪物の嘶きが岩盤を構成する砂粒を揺さぶり、砕けた魔力が口へと落ちる。
歌声の共鳴振動でワイングラスを割るかのように、音に合わせて大地が崩れた。
怪物は、更なる魔力を求めて地上のほうへと這い上がってくる。
暗い地底の絶叫霊とすらも呼ばれる化け物。
足裏にまで接近されて、ようやくボディルは敵に気づいた。
「ちぃッ!」
膝を踏み台に貸していたライトの体を抱えて、ボディルが跳び退く。
その直後、地面がひび割れて流砂と化した。
「構えな! 敵が来るよ!」
ボディルがライトを下がらせて、ハンマーを構える。
ライトはすぐに偵察術を起動した。
柔らかな砂の中から、怪物が飛び出す。
鉄錆色の巨大なミミズ。トロル族の大柄な体よりも、更に大きくて太い。
頭の先っぽが、がぱり、と開いて涎のようにぬるついた体液を垂らす。
あれだけ大きな口ならば、人間を丸呑みにするのも容易いだろう。
ライトは偵察術で感じ取れた魔力の波長に顔をしかめる。
「この魔力⋯⋯、例のオイルワームってやつか⋯⋯!」
「剣先が滑るから気をつけな!
それと、火は近づけるんじゃないよ! アイツら、火を見ると逃げ出すからね!」
「戦うのか?」
「あのウサギのせいで、商売上がったりだからね! 狩れる時に狩っておかないと!」
「好戦的な護衛だな⋯⋯。怪我でもされたら、帰り道でボクが困るのに⋯⋯」
ライトは溜め息を吐いた。
ボディルは、無傷で勝てば問題ない、とでも言うような顔で勇ましくオイルワームに向かっていく。
銀色のハンマーが敵の脇腹を殴りつけ、ミミズの頭が大きく揺れる。
口から溢れていた体液がびしゃびしゃと辺りに飛び散った。
体液は見るからにぬるぬるとしていて、踏んだら滑って転びそうだ。
「ギシャァアア!」
オイルワームが叫びながら、尻尾を振り回して攻撃してくる。
地を薙ぐような一撃に、ライトは跳んで対処した。
巨大な頭に比べると、尾は蛇のように細く窄まっている。
長縄跳びのようにタイミングよくジャンプできれば、避けるのは難しくないだろう。
「オラァ! ぶっとべェ!」
「待て! 打ち返したら──、アアァァアア!」
ライトが跳んで避けた尾に、ボディルのフルスイングがぶち当たる。
弾かれた尾はライトのほうへと往復してきた。
血気盛んな彼女が華麗なカウンターを決めてきたせいで、ライトはもう一度跳ばねばならない。
ライトは慌ててジャンプした。
しかし、かっ飛ばされた尾は、先程よりも力強い。速度も遥かに向上している。
全力で跳んでも、間に合わない。
ライトの足の先端がミミズの表面に引っかかり、体が大きく一回転した。
完全にバランスを崩したライトは、そのままべしゃりと地面に叩きつけられる。
ライトの口から、痛みに呻く声が零れた。
「オラオラァ! さっさとくたばりなァ!」
ボディルはライトのことなどまるで気に掛けてくれていない様子で、敵に殴りかかっている。
よほどオイルワーム狩りが好きなのか、とんでもなく楽しそうだ。
「ギィィイイィィイイ!」
やられっぱなしになるまいと、オイルワームが大きく吼える。
坑道の天井が音波で砕け、ボロボロと砂粒が落ちてきた。
ボディルが振り回しているハンマーの風圧で、砂埃が舞う。
酷い環境だ。ライトはリュックサックの側面に吊るしてあるゴーグルに手を伸ばした。
砂埃が目に入らないよう、ゴーグルでしっかりと目を覆う。
魔法で弾いてもいいが、同時にやるべきことが増えると、そのぶん事故率も上がる。
ライトはバンダナを口元に巻いて、砂埃から喉も多少保護しておいた。
いっそ、この隠し部屋から通路まで下がって、戦いが終わるまで待機したほうがマシな気もするが⋯⋯。
「ライト! アンタも戦いな!」
ボディルが指示を飛ばしてくる。
ライトは苦い顔になった。
「ここに来る前は、命を大事にしろって感じだっただろ! なんでボクまで戦わせるんだよ!」
「早く倒しちまうのが一番安全だからだよ!
クダ巻いてないて、さっさと攻撃! ほら、早く!」
「⋯⋯あーもう! わかったよ! やればいいんだろ!」
ライトは舌打ちしながら敵に目を向ける。
せっかく楽しく妖精観察してたのに、コイツのせいで台無しだ。
さっさと倒してしまいたいが⋯⋯、短剣で刺そうにも隙がない。
下手に近づけば、振り回される尾に潰されるのが目に見えている。
いつものように、魔石を投げて攻撃しようにも、炎はダメだと言われている。
ライトはボディルに質問を投げた。
「アイツに効く魔法は何だ?」
「氷だね! 十個の心臓を全部まとめて凍らせてやれば動きが鈍る!」
返ってきた説明に、ライトは頭を抱えたくなる。
氷はともかく、十個の心臓?
魔石を使って発動できる魔法効果は、ささやかなものだ。
体内の臓器を凍らせるには、近くにきっちり当てねばならない。
しかし、ライトが現在持っている魔石の数は、たった三つだけ。
「ひとつの魔石で、心臓を三個⋯⋯。まとめて凍らせるために、石をぶつけるべき場所は⋯⋯」
ライトは偵察術を起動して、敵の魔力から肉体の構造情報を割り出す。
魔獣の体内は、魔力の巡り方を見れば、臓器の配置がなんとなくわかるのだ。
「当たりはかなり狭いけど、これならギリギリ⋯⋯!
失敗しても爆発が起きるわけじゃないし、ここはひとつ、狙ってみるか⋯⋯!」
ライトはポーチから氷の魔石をひとつ取り出した。
敵はちょうど、ボディルに頭突きを仕掛けようとして返り討ちに遭ったところだ。
ハンマーで打ち返された頭部が壁にめり込み、動きが止まる。
この高さに頭が固定されたのならば、ライトの短剣でも胸まで届く。
絶好のチャンスだ。
ライトは素早くオイルワームに駆け寄った。
地面のオイルと流砂を避けて、巨体に近づく。
オイルワームが瓦礫の中から頭を引き出してしまう前に、終わらせよう。
ライトは氷の魔石を握り、振りかぶった。
「それっ!」
着弾と同時に、小石の中の魔力が弾ける。
「ギィィ!」と敵の悲鳴が響く。
効いているようだ。ライトは短剣を抜いて、オイルワームに肉薄する。
オイルワームの体表は、ぬるぬるとした質感で刃が滑りそうだが⋯⋯。
凍った場所なら、思い切り突き刺せるはずだ。
上手く穴を開けられたら、そこに残りの魔石を叩き込もう。
先程よりももっと深く。体の内側から凍らせてやれば、きっと敵の動きは止まる。
ライトは足に力を込めて、相手の懐に飛び込んだ。
「せぃッ!」
硬いアイスクリームへとスプーンを無理やり押し込むように、体重を乗せて力尽くで刃を沈める。
ともすれば短剣が折れそうなほど、全力で。
オイルワームが尾を振り回し、坑道の中が大きく揺れた。
大地を砕くあの音が、悲鳴に混じって辺りに轟く。
周囲の壁が砂になって崩れ落ち、めり込んでいた敵の頭が微かに自由を取り戻す。
まずい。またヤツが暴れだす。
ライトは敵の体に足の裏を押し当てて、壁を蹴る力を利用しながら手早く短剣を抜いた。
視界の端で、ボディルがハンマーを振るのが見える。
「やかましいんだよッ、オケラモドキがッ!」
怒声と同時に、オイルワームの尾が横薙ぎに殴りつけられて吹き飛んだ。
当然、尾と繋がっている胴体もその勢いに強く引っ張られ、壁にめり込んでいた頭が抜ける。
⋯⋯ボディルには、共闘している意識が無いのか?
ライトは舌打ちしながら、遠くに飛ばされたワームを追った。
意志疎通の手間を省略しているのはライトのほうも同じだが、自分のことは棚に上げている。
いつでも振り回して良いハンマーと違って、こちらは回数制限のある魔石。
その上、効果時間という制限もあるから、優遇されて然るべきだ⋯⋯とライトは考えているが。
それは連携をスムーズに行うための情報共有をサボってもいい理由にはならない。
少なくとも、「戦略の説明は省略するが邪魔はされたくない」という最低限の前提くらいは、事前に伝えておくべきである。
考えればすぐわかることを、考えていられる余裕なんて、戦闘中にはまるで無いことも多いのだ。
⋯⋯それはそれとして。
初撃の氷が溶けきる前に、残りの魔石を投げ込まなければ敵の動きは止められない。
ボディルのハンマーに何度殴られていても、オイルワームに疲弊は見えない。
周囲の壁や天井から魔力を食らって回復し続けているのだろう。
床に積もっている砂が、徐々に再結合を果たし、小石へと変わり始めているのも厄介だ。
ライトは石でつまづいて転ばないように、気をつけながら駆けていく。
何も気にせず最短距離を走れないのがもどかしい。
この坑道では、時間を掛ければ掛けるほど、地面の状態が悪化して戦いづらくなっていく。
空を飛ぶことが出来ないライトは、足を奪われる仕組みとの相性がとにかく悪かった。
撒菱のように散らばる小石は、危機察知の魔法を使った時のノイズにもなる。
「さっさと相手を仕留めないと⋯⋯!」
ライトは氷の魔石を握った。
ボディルは自由にハンマーを振るって、暴れている。
振り回されたハンマーの風圧で地面の小石が飛ばされ、石礫となりライトを襲った。
⋯⋯ここにいたのがホタルなら、ライトに攻撃の余波が及ばないよう、気をつけながら戦ってくれるのに。
ライトはやりづらさを感じながら、飛んできた石ころを避けた。
このままでは、こちらの体力ばかりが削れて討伐に失敗してしまいそうだ。
「ボディル! アイツの頭を押さえてくれ! 心臓に魔石を叩き込む!」
「あいよォ!」
ボディルがオイルワームの頭を目掛けて真っ直ぐに走る。
足元に散らばる石は踏み潰し、流砂は筋力に物を言わせて、力強く進んでいく。
彼女はハンマーを構え、まるで杭を打つように敵の頭を地面へと打ちつけた。
ズドォン!と轟音が響く。
敵が怯んだこの隙に、ライトは氷属性の魔石を胸の傷口へ押し込んだ。
「ギヒィシャアア──ッ!」
オイルワームの体内で、氷の魔力が破裂する。
今日一番の悲鳴がライトの耳に突き刺さり、オイルワームがビタンビタンと地面の上をのた打ち回った。
でたらめに暴れる動きはすぐに勢いを失い、ガタガタと寒さに震えるような状態へと移行する。
叫び声が息切れを起こしたように小刻みになる。
成功だ。全ての心臓を凍らせて無力化させるには至っていないが、動きは十分に鈍くなった。
これなら、勝てる。
後は氷が溶けきる前にボディルと二人で倒せば良い。
そう思いながら短剣を構え直したライトは、──不意に息を詰まらせた。
警鐘。脳裏に鳴り響く危機感。ぞわりと背筋を駆け上がる悪寒。
ライトの体に、最大級の予感が走る。紙に落命を予言されたかと思うほど、強大で深刻な危機察知。
「ヤバ⋯⋯ッ!」
ライトはとにかくその場から離れようとした。
理解より先に直感に従う。
けれども、それでも間に合わない。
オイルワームの最後の足掻き。
心臓を幾つか凍らされて、敗北が確定しつつあるあの魔法生物が、叫びながら地面に飛び込もうとする。
暴走列車のように突っ込んでくるそれは、ライトがそこに立っていることなど気にしていない。
大地を砕く絶叫を発するための大口が、開いたままに迫り来る。
ライトの足が流砂に沈む。警鐘と悲鳴が脳内を染める。生温かい闇が落ちてくる。
巨大なオイルワームの口が、ライトの体を呑み込みながら、地面に潜った。
丸呑みにされ、土くれと共に怪物の喉の奥へと吸い込まれていく。
辺りは暗い。湿った土の匂いがライトの口元を覆うバンダナ越しに微かに届く。
ライトと共に呑み込まれていた足元の瓦礫が、蠢く喉の内壁に揺さぶられてガラガラ崩れる。
上も下もわからない。重力の方向すらも曖昧な空間にライトの体が投げ出された。
ライトは冷静に、偵察術を起動して状況を確かめようとする。
デカいミミズに食われて終わりなど、嫌な結末にも程がある。
ライトはまだまだ妖精が見たいし、大きく育ったプラムに乗って空を飛ぶ夢も叶っていない。
そして何より、胸に浮かぶのは──
「さっき見た妖精さんの話を、まだホタルさんに話してない⋯⋯!」
ライトは腰にぶら下げていた小さな御守りを握り締めた。
この御守りは、ホタルからのプレゼント。
ライトが一人で出掛けても、悪い魔族に襲われないよう、魔除けの魔力が籠った御守り。
ライトはホタルの優しい光を思い出しながら、必ず帰ると胸に誓った。
そのためにも、改めて暗闇の中を見る。
物理的な視界は暗いが、偵察術から見える世界には、魔力の色が伝わってくる。
ライトは意識を集中し、脳内に立体の地図を描いた。
オイルワームが食らった土くれ、凍ったままの心臓の気配⋯⋯。
魔力の風が運び込むデータを頭の中で組み立てていく。
どこにあるはずの出口を探す。
冷たく、硬い、陶器のような質感が、不意にライトの右頬に触れた。
「うわっ!」
ライトは飛び上がって驚く。
危機察知には反応が無かった。
しかし、それゆえに、ライトは深く分析をせず遠くの気配に目を向けてしまった。
自分の目の前にそれが〝いる〟ことを、ライトは意識していなかった。
「まあ! いま、何か聞こえたわ?
もしもし! ワタシ、メリーさん!
アナタの近くにいると思うの!」
可愛らしい女性の声。
それと同時に、暗闇の中で何かが動いた気配がした。
誰かがいる。それも、ライトのすぐ側に。
ライトは明かりを確保するために、光の魔法を再展開する。
「──聖なる光の神よ、我に慈悲をお与えください」
ぽわり、と灯った光に照らされ、誰かの姿が闇の中から浮かび上がった。
人間の子供ほどのサイズの人形。確かメリーと名乗っていたか。
彼女はライトの姿を見て、驚きで目を丸くした。
「ア、アンタは⋯⋯、あの時の⋯⋯!」
「あの時? ボク、お前と会ったことあったっけ?」
ライトはメリーの顔を見つめた。
女性型の精巧な陶器人形だ。プラチナブロンドの髪は、魔法で作られた合成繊維のような独特の光沢がある。
衣装はいかにも人形らしい、フリルたっぷりの豪華なドレス。
自律的に動いて喋れるところを見るに、パペット族の悪魔なのだろう。
⋯⋯しっかりと観察してみても、ライトの記憶に彼女はいない。
ライトは短剣を構え直した。
魔族の中には、知り合いの振りをして冒険者たちの警戒を解かせようとするズル賢い連中もいる。
ライトはメリーに容赦なく疑いの眼差しを向けた。
オイルワームに喰われた者同士だからといって、仲良くしてやるつもりはない。
メリーは地団駄を踏むように手足をバタバタ動かして、子供みたいにわめき始めた。
「ちょっと! なによ、その顔は!
もしかして、この『べっこう堂』のメリーさんを忘れたのっ!」
「お前、他人に覚えてて貰えるような偉いヤツなのか?」
「キーッ! ムカツクぅ! 前に訪問販売してあげたでしょ!」
「知らん。記憶に無い。嘘つくな」
ライトはハッキリ言い切った。
メリーがライトと出会っているのは事実だったが、彼の記憶には残っていない。
そもそも、一週間前にやってきた訪問販売員の顔など、しっかり覚えているほうがおかしい話だ。
今回の件に関しては、ライトはあまり悪くない。
しかし、メリーは思考回路が幼いようで、自分が記憶しているものを相手が覚えていないのは無礼だ、と考えてしまっているようだ。
メリーは子供っぽい言葉遣いでライトのことを罵倒し始めた。
「バカ! キライ! サイテー!
アンタなんてキライよ、キライ!」
「そうか。ボクもお前のことなんてどうでもいいから、バラして小石に変えてもいいか? 手持ちの武器が減ってきててな」
「サイッテー!」
メリーが平手を振りかぶり、ライトにビンタしようとしてくる。
ライトはひょいっと首を動かして、メリーの攻撃を容易く避けた。
「ボクに触るなよ。バイキンがついたらどうするつもりだ」
「メリーさんは汚くないもん! 今日はまだお外で転んでないから!」
「転んでなくても、悪魔は基本的にばっちいだろ。変な毒とか出すやつ多いし」
「ばっちくなーいー!
メリーさんはパパのキラキラプリンセスなの!
キラキラしたのしか出ないんだからー!」
メリーがぶんぶんと腕を振り回す。
彼女の周囲で魔力が渦巻き、怪しげな魔法が起動する。
ライトの感じ取っていた魔力の濃度と属性が、メリーの魔法に影響されて変容を始めた。
ぐにゃりと世界まるごとが捻じ曲がるかのような歪み。本能的な嫌悪感。
お化け屋敷に迷い込んだ時にも似ている、ゾッと体が冷える感覚。
「うわっ! これ、まさか、上級変異錬金術かっ?」
ライトは慌てて、メリーの側から離れようとした。
上級変異錬金術は、周囲の物質を別の物へと作り替えていくトンデモ魔術だ。
ホタルの書庫で見た魔術大全に、簡単な解説が載っていた。
その気になれば、妖精を人工的に作り出すことすらも出来る、という一文だけはライトもよくよく覚えている。
ライトにはどう頑張っても使えなさそうな魔術だったので、そこから先の記述はほとんど読んでいないが⋯⋯。
『規格外の古代魔術』とまで評されていたものが、いま目の前で発動している。
「メリーさんはパパの大切なプリンセスなの!
アンタなんか、キラキラのミルキーウェイに沈んじゃえー!」
メリーの声に合わせて、空間が更に捻じ曲がり、虚空から無数の宝石が生まれる。
光り輝くダイヤモンド。とっても大きなホワイトパール。
魔除けのためのムーンストーン。幾何学的な四角い年輪のビスマス骸晶。
次から次へと作り出された宝石が、ライトに向かって押し寄せる。
ライトはジャンプして躱そうとしたが、体がほとんど浮かばなかった。
この空間は、オイルワームの体内だ。
どんな仕組みかはわからないが、重力が曖昧で、思う通りに移動が出来ない。
恐らくは、誤飲した生き物に内側から攻撃されることが無いように、胃の中心部に向かって引力を発生させているのだろう。
ライトは足元に押し寄せた宝石の山を強引に掻き分けて、埋まりかけの足を引き抜いた。
そうしている間にもメリーは宝石を生み出し続ける。
磁石に鉄クズがどんどん引っ付いていくかのように、宝石の山が膨らんでいく。
「ああ、もう! すごい量だな!
⋯⋯いや、待てよ?」
ライトは、閃いた。
この宝石に埋まらないようにするのは、それほど難しくない。
ライトが逃げれば逃げるだけ、足元の山は大きくなる。
⋯⋯これは、使える。
ライトは密かに笑みを浮かべた。
見たところ、メリーは疲弊していない。高度な魔術を扱っているが、魔力には余裕があるようだ。
この調子なら、まだまだ宝石の生成は続く。
ライトはチラリと空を見上げて、出口までの距離を測った。
メリーが悔しそうにしながら、ライトに向かって大声で叫ぶ。
「も~! にげるな~!」
「逃げてなーい! お前がヘタクソなだけだー!
どうせなら、このミミズでも食えないくらいにデカい宝石を作ってみろよー!
お前みたいな半人前には無理だろうけどー!」
「キィーッ! またバカにして~!」
ライトの挑発にメリーが怒る。
協力してオイルワームの胃から脱出する方法を探す道もあったというのに、ライトはそれを選ばなかった。
わざとメリーを怒らせて、彼女の魔術を利用する。
膨らみ続ける宝石の山が、オイルワームの腹の直径に近づいていく。
「ギィィィイイイ──!」
苦しむ声が頭上から聞こえた。地中をのたうち回るかのような振動が、ワームの腹の中まで伝わる。
気球が空へと飛び立つ瞬間のように、ライトの足元が上向きに引っ張られるのを感じる。
天を仰げば、外の光が確かに見えた。
宝石の山が、引力を失ってザラザラと崩れ始める。
ライトは川のように流れていく宝石の波に乗って、オイルワームの体内から外へと飛び出した。
「よしっ! これで、家に帰れ──」
笑顔でガッツポーズをしようとした、その瞬間。
ライトの目の前に、燃え盛るヴォーパルバニーの火の粉が舞った。




